ロンド・トゥ・ロンロン・ヌルヌドゥソン[二周回目]
かなり長めになっています
僕はボーデンが置いて行った菓子の載った皿を、リジーに見せつけて言う。
「紅茶は用意できなくなってしまったけど、これを。この場で食べるのが嫌なら、後で食べて貰っても構わないよ」
だが、リジーは菓子自体には興味がないようだ。
僕の表情を伺って、包帯の向こう側で笑みを浮かべているらしく、目元が笑っている。
「私のこと……気使ってくれてる……?」
「僕は普通の対応をしているだけだよ。君たちに嫌がらせした人間は、人間相手でも同じ事をする非常識な人間だったのさ。人間として根本が間違っている」
煉瓦に衝突して割れた食器が残されたままだった。
紅茶で濡れた椅子とテーブルは僕の衣服、エプロンで拭いて。
破片が残っているので、リジーを近づけないようにし、回収。破片はエプロンでくるんでおく。
……クエスト終了後、食器は元に戻っているだろう。
リジーは僕の一連の行動を興味深く眺めてから、上擦いた声で話す。
「貴方みたいな事してる人間……初めて見たの」
「違うよ。君が見てきた人間が間違っているだけさ。ああ、僕達は『春の層』の人間じゃないから。そこは間違わないで欲しい」
「別の季節の層から来た?」
「うん。流石に、あの事件以降、上の方々も『春の層』の人間に不信感を抱いているようだからね」
僕は改めてリジーに尋ねた。
「やはり『マザーグース』の機嫌は最悪かな? 僕達は上から『行け』と命じられたんだ」
「駄目! 行かない方が良い……お父さんは……それはもう、大変よ……」
必死に訴えるリジーの反応は言わずもがな。
最終ボスの『マザーグース』がどのような形態か知っている。
彼女は嘘をついていない。
レオナルドが戻るのに時間がかかるようだ。僕が適当にリジーを対応しようとすると。
彼女は、僕が拭いた椅子に腰かけ上機嫌に語る。
「わたし……お茶会に参加したかっただけなの……綺麗なドレス着て……なのに、この顔だから駄目って」
リジーは、典型的な口裂け女のように包帯を解いて見せつけて来る。
耳まで裂けた口は、間近で見るほどグロデスクで人によっては嫌悪感を抱くだろう。
しかし、それ以外はボサボサの金髪ロングヘア。黄金色の瞳はボーデンと共通だった。
せせら笑いながら、彼女は問う。
「酷いでしょう……私のことをキレイじゃないって思ってる?」
「いいや。もっと酷いものを沢山見ている」
「ほんとう?」
「僕が恐怖してると思うかい」
彼女は黙りこくる。
「君たちは不運だっただけさ。よりにもよって非常識な人間相手に同盟を持ち掛けてしまった。それでも『マザーグース』は誠心誠意をアピールすれば、認められると思った」
あるいは善良な妖怪だったからこそ、どんな人間も信用しようとした。
どんな人間でも、認めてくれると妄想を描いていた。
相手を選ぶ事を知らなかった……マザーグースを非難する発言は、最低限に抑えよう。
「悪くは言わないから、ここから離れるのを勧めるよ。行く先がないのに不安はあるだろうけど『春の層』の連中が、何をしでかすか分からない。君たちがここに住んでいるのも、とうの昔に知られているからね」
すると、リジーは大きく裂けた口で三日月を描くように笑みを形どった。
「ああ、凄いわ! とても素敵! 貴方、本当に私が怖くないのね!! 違うわ、そうじゃないわ。全然違うわ。そんな事じゃないわ。何とも思ってない! 恐怖どころか感情が無いの!!!」
「――――」
「ふふふ。信じるわ、貴方のこと信じるわ。煩悩塗れだったアイツらと全然違うもの」
「……………そうかい」
呑気にリジーが菓子を食べていると。半ベソかいてるボーデンを引き連れ、レオナルドが戻って来た。
先程の話を聞かれなかったのは、幸いか。
上機嫌になったリジーを不思議そうに眺めつつ、レオナルドはボーデンに促す。
ただ、謝罪する相手はリジーではなく、僕の方だった。
「食器割ってわる……ごめんなさい」
変に子供っぽいのは、外見に似合わず精神年齢が幼いのだろうか。
僕は一息つき返答した。
「大丈夫だよ。それより割れた食器で怪我はしてないかい」
ボーデンに変な顔されて首を横に振った。
妖怪に心配するのが奇怪なのだろう。それでも普通の対応はして然るべきだ。
あの非常識なアイドルファンが反面教師になっている。
レオナルドが普通にボーデンを誘導してくれた。
「ほら、座ろうぜ。まだ菓子残ってるぞ」
こうして漸く全員が席についた瞬間。『スペシャルクリア』のメッセージが表示されたのだった。
◆
三面ボス『ロンド・トゥ・ロンロン・ヌルヌドゥソン』。
僕もレオナルドも、回避の特訓で散々訪れた因縁の相手でもある。
梅の木々がある渓谷が舞台。呪われた石橋……から少し離れた所に、人工的に作られたテーブル席が三つある。
ここからは眺めが良い。
テーブル席自体、年期が入っているので、ロンロンが住み着く前はハイキングコースだったか。
あるいは、薬草取りに薬剤師たちが足運び、休息を取る場所だったのかもしれない。
無事元に戻っていた食器を使い。
僕が慣れた手つきでアフタヌーンティーセットの準備をする中。
レオナルドは、僕の向かいに座りつつ怪訝そうな顔で言う。
「どうすりゃいいんだ。設定見る限り、アイツは食べれないよな?」
「うん。橋が本体らしいから、あの人型は思念体のようなものだ。レオナルド。奴の相手は僕に任せて欲しい」
「ん? お、おう。分かった」
僕が自棄に積極的に名乗り出たから、レオナルドは何故だろうと疑問を浮かべているのだろう。
理由は一つ。
ロンロンは間違いなく、春エリアのメインボスでトップクラスの屑だからだ。
レオナルドは屑の相手に慣れていると聞くが。
恐らく、ロンロンは屑は屑でも、詐欺師まがいの屑だ。相手が悪い。
僕がセッテングを終えて席につく。
しばらく何も起きず、暇を弄んだレオナルドがリジー・ボーデンの所で食べれなかったケーキに手をつけた。
すると、石橋が振動を起こす。何十回も聞かされた忌々しいオルゴールを奏で始めた。
反射的に僕らの意識は石橋へ向けられる。
『おやおや。こんなところで間食ですか? 随分と呑気な方たちだ』
最早、故意に狙っていたのだろう。
レオナルドは声上げて驚いたが、僕は既に予感があった、
背後には僕らが散々会った、白と赤のメッシュが入った青髪に、シルクハットを被り燕尾服の恰好。
肉体が半透明に透けた青年・ロンロンがいる。
対話の余地が無い相手だ。
僕は台本通りに台詞を読み上げるように、話を始める。
「見ての通り、これを処分しているんですよ。使用済みの痕跡も残しておかないと、上から何を言われるか……」
『ああ、どこかで見覚えがあるかと思えば! その食器は「なんでもない日のお茶会」で使用する一級品ではありませんか!!』
ロンロンは如何にも、それを使うなんて無礼だと窘める雰囲気を醸す。
僕は構わず話を続けた。
「たった二人で『マザーグース』の機嫌を伺えと命じられ、命が惜しくて悪いでしょうか? 『マザーグース』の元には行きませんよ。茶会の用意を整えましたが、追い出された事にします。証拠がてら山頂付近に自生する『枝垂桜』を採取して、大人しく下山するつもりです」
落ち着いて返答した僕の様子を観察し、ロンロンは苦笑する。
『いやはや、全く! あまりに潔い!! 悪くありません。逆に正しい。上手に誤魔化せば首の皮一枚繋がり、保身も完璧! 貴方達の完全犯罪が完遂するのを切実に願いましょう!!』
上機嫌かつ饒舌に語るロンロンは、歌っているようだ。
調子良くなった奴は、案の定、こんな提案をする。
『でしたら、私の石橋を渡ってください。「マザーグース」様に危害を……いえいえ、ああなった彼は止められません。私が気前よく通そうが通さないが、大差変わりありませんから』
レオナルドは思わず「いいのか?」と聞き返すが、僕は即座に言う。
「ご心配なく。僕達、飛んでいきますから」
『…………はい?』
ロンロンの表情が固まり、耳を疑っていた。
『いまなんと?』
「飛んでいきます。その方が速いので。レオナルド、長居は無用だ。さっさと済ませよう」
『仰ってる意味が理解できませんね。貴方たち、墓守と薬剤師でしょう? どうやって飛ぶんです??』
当然、逆刃鎌の知識……発想なんてゲームの世界観には存在しないのだろう。
ロンロンからは、至極真っ当な反論が吐かれた。
レオナルドはどこか気まずそうに、自分と僕の分の逆刃鎌を『ソウルオペレーション』で操作。
互いに慣れた様子で逆刃鎌に乗る。
申し訳なく、レオナルドが振り返ってロンロンに説明しようとした。
「今、こういうの流行ってんだ。コントロール大変なんだけど……」
彼の言葉は止まった。
不愉快な形相で顔を歪めているロンロンを見れば、誰だって話しかけたくないだろう。
レオナルドの代わりに、僕が別れの言葉を告げた。
「僕たちはこれで失礼します」
察したレオナルドが逆刃鎌をコントロールし、人間体のロンロンとオルゴールが鳴り響く石橋から離れるように移動する。
渓谷を浮遊移動し、徐々に遠ざかった。
レオナルドは若干心配していたが『スペシャルクリア』の表示に一安心する。
「あれで良かったのか……失敗かと思ったぞ」
「君の方こそ、呑気に誘導されそうだったじゃないか。奴は人間を石橋の素材としか見てないんだよ」
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