リジー・ボーデン[二周回目]
割と長いです
次は二面ボス『リジー・ボーデン』。
薄気味悪い枯れ木の森にポツンと鎮座する大きな館。
妖精『しき』の助言を終えて、僕達が向かったのは――裏庭。
一応、草花が腐った花壇や植木鉢、適当に並べ、埋め込んだ煉瓦、洒落た柵や置物を配置されているが、どれもセンスがない。
丁寧に物を扱っていない証拠に、凹んだバケツに先端が欠けたシャベルが散らかっていた。
そして……ガーデニングテーブルがある。
錆びついて、正直座りたくないほどだったが、きっとここがアフタヌーンティーセットを置く場所。
僕が準備を整える間、レオナルドは庭を眺めながら感心した。
「こんなところあったんだ」
「最初、来た時は裏庭なんて見向きもしなかったからね。攻略サイトのマップであることは知っていたけど、使い道は考えた事なかったよ」
「でも、アイツら館ん中いるよな? どうやってこっちに気づくんだ??」
「不定期に、リジーが二階の窓から裏庭を見るようだよ。他プレイヤーからはネタ要素扱いされてるね」
紅茶もいい頃合いになったので、僕らは席について待機した。
露骨だが、二階の窓を見上げてみると、ちょうどリジーが怯えた様子で顔を引っ込めるところ。
臆病者を装ってる彼女が来ることは無い。
先に来るのはボーデンの方だ。
ガンガンと館の壁面を叩く音が聞こえだす。
こうして聞いてみると、リズムを刻んで叩いている。何故かジャバウォックと似ている。
鉈で壁面を叩きながら裏庭に姿を見せる男――ボーデン。
リジーと同じように顔面包帯巻きで片目だけ覗かせる。その瞳は黄金色だ。
包帯からはみ出る金髪は、こうして正面から観察しないと気づかない。
衣服はボロボロ。
何年も洗っていない悪臭。白半袖は変色して薄茶に、茶色の長ズボンも穴や黒の汚れそのまま。
包帯も恐らく同じで、鼠色に変色していた。
「おい、テメェら。ここで何やってる」
ボス戦では泣きべそかいてるボーデンの声しか聞かなかったので、普段は野太い威圧感あるのかと僕も少々驚く。
しかし……まさか、このまま対話するのか?
イベントだから、適当に話が進むと想像していたばっかりに。
僕も返事に躊躇していると、レオナルドが助け舟を出してくれる。
「味見だよ」
「はぁ?」
「茶会で食べて貰う奴だから、味見しとかねぇと駄目だろ?」
ボーデンがテーブルに置かれてあるものを知り、目元を歪ませる。
「茶会だぁ? 爺さんは同盟は破棄しただろうが。しかも、テメェらの方が爺さんをブチ切れさせやがった。こっちもとんだ迷惑だぜ!」
妖怪図鑑の情報で大凡の顛末を把握している。
僕は咳払いして話に加わた。
「『マザーグース』と和解できるんじゃないかと馬鹿な妄想をしている人間が、まだいるんだ。驚くことにね。僕は無謀だと思うよ。このまま行っても殺される。僕達は捨て駒って訳さ」
ボーデンは鼻で笑う。
「バッカだな! 行っても爺さんに殺されておしまいだぜ」
それを聞いてレオナルドは、落ち着いた様子で判断を下した。
「なら……やっぱり行くの止めるか」
レオナルドが僕に目で訴えているので、僕も目を伏せ「そうだね」と同意する。
「これも適当に処分しとかないと」
「俺達で食っちまうか」
僕の向かいで、モグモグとサンドイッチを食べ始めるレオナルド。
それを怪訝そうな様子で伺うボーデン。
ふと、レオナルドが食べかけのサンドイッチをボーテンに差し出す。
「食うか?」
自棄にボーデンは動揺している。
レオナルドの食べかけだからではなかった。むしろ、彼が食べたから毒は入っていないと理解している。
レオナルドが付け加えた。
「俺達がマザーグースんところ行かなかったってバレたら、上から叱られるから秘密にしてくれ。お前が食ったのも秘密だ」
「………」
「だから、変な心配しなくていいぞ」
レオナルドの手元からサンドイッチを奪ったボーデンは、口元の包帯を解く。
リジーは口裂け女のように、大きく裂けているらしいが、一方のボーデンは裂けていない。
包帯を解いた方がよっぽど良い。割と整った顔立ちでボーデンはサンドイッチを貪り食って一言。
「はぁあぁぁあぁぁっ! 無茶苦茶うめー!! 俺達だけ仲間外れにして美味いもん食いやがって、アイツら!!」
「お、おいおい、慌てて食うなって……」
警戒心が嘘のようにボーデンが、スコーンやケーキを手づかみで食いだすのをレオナルドが宥めた。
流石に僕も皿とフォークを差し出す。
「これ使っていいから――」
「あー嫌だ嫌だ嫌だ! 人間サマのマナーに倣えってか!? 面倒なんだよ! 人間に合わせるなんざ真っ平御免だ!!」
マナー以前に手が汚れるだろう。
僕が内心で指摘した矢先、汚れた手を自分の服で拭き出したので、僕は絶句してしまう。
対して、ボーデンは「これで問題ないだろ」と言わんばかりの態度。
……マザーグースは、本当に良心あった妖怪だと理解した。
こんな奴を茶会に出すのは論外だ。
尚のこと、マザーグースを一方的に毛嫌った人間たちが愚かだと思い知る。
故に、茶会から追い出されていたボーデンは餓えた獣のように菓子をがっついていた。
彼の様子を窓越しで眺めていたのだろう。
おどおどしく姿を現したリジー。
彼女の恰好も大体はボーデンと同じだったが、服や包帯は綺麗だ。
キチンと洗っているのだろう。
ボーデンと違って、彼女は積極性を見せない。警戒心は彼女の方が強いからだ。
リジーに気づいたレオナルドが、僕に「新しいの出そうぜ」と提案する。
二人組のボスだから多めに持ってこようと考慮したのが正解だった。
新しい菓子を皿に持って、リジーが座れる椅子の前に置く。
僕らがリジーに声かける前に、リジーはボーデンに小声で話しかける。
「ちょっと……」
食べるのに夢中だったボーデンは、驚いて飲み込んだせいで、激しく咳き込む。
リジーは嫌々しい様子で続けた。
「駄目じゃない……お父さんに何言われるか………」
「るっせーなぁ! 爺はもう、俺達の事どうでもいいっつっただろ! 好き勝手やっていいんだよ!! これ全部食っていいらしいぜ!」
ボーデンの話を聞く限り、彼女も菓子が欲しい。というより。
茶会に出席する兄弟達に羨ましい感情を抱いていそうだ。
彼女の場合、ボーデンのようなマナー云々ではなく、外見の――裂けた口が問題だからだ。
ボーデンも、リジーを鬱陶しいよりかは、彼女よりもマウント取れた気分らしく。
上機嫌で僕が用意した菓子の載った皿をリジーに差し出そうとしていた。
だが、最悪な事に、彼の肘が盛大にティースタンドへ衝突。
巻き込む形でティーポットもろとも、地面に叩き落した。
全員があっと目を見開いた瞬間。
半ば期待感を抱いていたらしいリジーが逆上した。
「なぁに、してくれてんだぁ! この出来損ないがぁッ!!」
途端、ボーデンの態度は以前僕らが見たしょぼくれた駄目男になる。
「ち、ちがっ。い、今の、たまたま、わざとじゃ……」
「周り注意しねぇから、こーなるんだよ! ホンット、馬鹿! アホ! 役立たず! 言われた事も守れない!!」
度重なる暴言に耐えれなかったボーデンは、また半ベソかいて館へ逃げ込んだ。
「逃げんじゃねぇ!!」と吠えるリジー。
レオナルドは反射的にボーデンの後を追った。
普通に館へ入ってしまえば、ボス戦が始まってしまうのだが……これでは始まらないだろう。
僕とリジーが、裏庭に残された。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
見ての通り、長くなってしまったのでリジー・ボーデンのところは分割です。
投稿も遅れてしまい申し訳ありませんでした。