異端
レオナルドは嫌味のつもりはなかったが、ホノカはそうではなかったらしい。
「なら、試しに手合わせしてやるよ」
鬼気迫る表情のホノカに、レオナルドも動揺する。
とは言え、ホノカのジョブ・拳闘士は攻撃力高めのステータス。
体力を高めていないレオナルドが、一撃でも受ければ大ダメージ。
流石のホノカも、最低限考慮をしたルールを提案した。
「制限時間は10分。こっちは攻撃しない。お前が一発でも攻撃当てれば勝ちだ。鎌は攻撃力低いから、文句ないだろ」
「ああ、わかった。俺も頭狙わないように気を付ける……それで、いいよな?」
「……チッ」
気に入らない態度でレオナルドから距離を取るホノカ。
身構え「いつでも来いよ」と声低く呼び掛けた。
練り切りに夢中だったミカン達も、何事かと顔を上げる。
事情を把握していた凪が、ホノカやレオナルドに代わって彼女達に説明する中。
レオナルドは、無難に手持ちの鎌全てを『ソウルオペレーション』で装備。周囲に展開するように出現させた。
(どうすっかなぁ……)
試しにレオナルドは『季節石』で作られた青薔薇の逆刃鎌に乗り、ホノカに接近。
同時に残り三本の鎌で、ホノカの四方を囲うように操作。
だが、ホノカも見抜くだろう。鎌同士でぶつかり合わないようにコントロールしている事を。
ホノカは、前方から迫るレオナルドが乗る逆刃鎌も軽く受け流した。
受け流すと同時に、鎌の軌道を変えて来るホノカ。
レオナルドの体と逆刃鎌は、無重力空間で回転するように宙をくるくる吹き飛んでいく。
彼女が真っ先にレオナルドを狙ったのは、残り三本の鎌のコントロールを崩す狙いがある。
しかし、期待も虚しく、鎌は正確にホノカ目掛け迫った。
舌打ちながら、ホノカは同じように鎌を受け流し、鎌同士を衝突させた。
そんな状況でも、レオナルドは『ソウルターゲット』を併用しながら体勢を整え。
ずっと、思考を巡らせていた。
(アイツ、自棄に武器を警戒してる……っていうか、あんな丁寧に受け流し、してなかったじゃねーか)
そもそも、今の時間帯は平日の午前。
ルイスから聞いた話では、SNSで公開されている情報が正しければ、ホノカは中学生。
イベント結果が原因で不登校に追い込まれたのか。
精神面をどうにかしたい、というレオナルドの質問は彼女の怒りを買うものだったのか。
……にしては、違う。
いじめられている人間を目にした事あるレオナルドは、そんな気が一切感じられないと思う。
少なくとも、別の理由で精神的な問題がある。
たとえば、有名人が抱えるプレッシャー。無難に考えればそこへ行きつく。
強くなって、周囲の期待に答えなければならない使命感。
イベントに見せなかった受け流し技術。あれは現実の修業で身につけたものに違いない。
一体、どれほど努力し、修行に取り込んだ事か。
レオナルドはそれが羨ましい。だが、彼女自身は?
レオナルドは必死に考える。
ホノカを探す手段ではなく、この状況をどう打開するべきか。
勝つか、負けるか。
他人の都合ばかり気にする時点で、彼の性格は全く改善する傾向にならない。
それでも、今回ばかりはホノカから手合わせを挑まれた。
だからこそ、考えている。
彼女はレオナルドの心理を読み取る力を試している。
戦闘経験の積み重ねで強くなるのが普通で、心理を読み解くだけで勝てれば努力なんて無意味になる訳だ。
努力が報われると信じているなら、尚更。
レオナルドは再びホノカに目掛け突撃していく。
散らかっていた鎌も『ソウルオペレーション』で再浮遊。
ホノカが身構えた。所謂、ファイティングポーズを取っているのだが、あの姿勢が武器を受け流すには最適なのだろう。
今度はホノカの真正面を狙って、鎌を回転させながら飛ばす。
レオナルド自身が乗る逆刃鎌を傾け、ホノカの動向を伺うと彼女は『大気蹴』で空中を駆けた。
あえて、彼女は言う。
「視界を隠すなんて、甘い手が通用すると思ってんのか!」
やはり、単純なステータス差があるとレオナルドは感じた。
これでも逆刃鎌はほぼほぼ最大速度。『ソウルターゲット』と併用しようとすれば、軌道が読まれる。
レオナルドが彼女を追跡する。
空中を駆けるホノカは悠々と鎌の猛攻を回避している。
最初の挙動は緊張を含んでいたのか、疲労が蓄積するにも関わらず、動きが滑らかだ。
イベント時と変わらない。
上下左右の攻撃を『波動』で弾き飛ばすなど、調子も上がっている。
気づかぬ間に、二人の手合わせを見物するギャラリーも増えて、サクラが応援する声も聞こえる。
「いけいけ~、ホノカちゃーん!」
「やっぱ、普通につえーよなぁ。ホノカって」
「それに比べて魂食いの攻撃、全然追い付いてねぇな」
様々な歓声を耳しつつ、レオナルドは乗っている青薔薇の逆刃鎌の柄を掴み。
今度は『ソウルターゲット』を発動させながら、メニュー画面を開いた。
そして、ホノカと並走するまで近づく。
ホノカは不敵に笑い、レオナルドに挑発するようになる。
「まだやる気か? お前の攻撃パターンはもう読めてんぞ」
「これさ。俺もあんまりやりたくなかったけど……」
メニュー画面からアイテム一覧を表示するレオナルド。
瞬間。
レオナルドが急加速した原因を、ホノカは理解できなかった。
正真正銘、最高速度で捨て身の突撃をかますレオナルドはちょっとしたロケットのような勢いだった。
受け流す余裕なくギリギリで回避したホノカは、回避した先で待ち構えている『死霊の鎌』の刃に自ら体を食い込ませてしまう。
急加速したレオナルドに気を取られてしまい、動きも、回転もせず、空中に停止しているだけの鎌が近くにあるなんて想像もつかなかったのである。
そして、ギャラリー達もホノカの敗北以上に呆気取られる物を目にした。
「な……なんか落ちてきてんだけど」
「木? さっき落ちたの、水か?」
「あのでけーの武器じゃねーか!? アイツ、武器捨てたのか!? 速度出す為に……」
「武器以外の、あれ全部素材じゃん!」
「あの魂食い――素材抱えてたから遅かったってことかよ!?」
そう、全て捨てた。
重量になる素材や武器は、あの瞬間に全て捨ててしまった。
妥協し易いのが取り柄のレオナルドだからこそ、呆気なく決行できる所業だった。
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(日付過ぎてますが)本日は投稿が遅れて申し訳ありません。
次回は明後日投稿になります。