相談
最初に足を踏み入れた『菜の花高原』も、今では懐かしい景色に見えるレオナルド。
マルチエリア巡りを終えてから『バンダースナッチ』に向けて、メインクエストが中心。
イベントレシピを回収する為、ルイスと共に訪れて以来だ。
新薬が広まってからは、薬剤師と同行する戦闘担当のプレイヤーのパーティが多くなったと聞く。
レオナルドが、菜の花が咲く小川上空を逆刃鎌で飛行。
『おれづみの水』を採取するポイントに、薬剤師らしいプレイヤーが見えた。
他にも鍛冶師や刺繡師もおり、採取の順番待ちの列が僅かにある。
採取はせず、レオナルドはそのまま通過する。
今となっては依頼人が素材を代わりに採取・自前で渡してくれるようになった。
試行錯誤に素材が必要となる場合があるが、今日は『おれづみの水』を採取する必要はない。
「……いねーのかな」
レオナルドは、他の採取エリアに移動。
途中、茜に頼まれていた木材と新薬の素材『春小麦』を採取。しかし、目的のものとは遭遇できない。
『睡蓮』を採取できる湖にも、いない。
ルイスから湖から取れる『木漏れ日の水』を頼まれていたので、レオナルドはスタック上限まで採取。
次に向かうのは『冬の名残』。
レオナルドがPK集団の襲撃にあった場所だ。
数少ない冬の素材を採取できるポイントなので、混むところ。
ルイスから頼まれた素材があるので、レオナルドも寄らざるを得ない。
現場に到着すると、案の定、どの採取ポイントよりも行列が発生していた。
並ぶしかないか。
レオナルドがそう思った矢先、聞き覚えある声が耳に入る。
「あ! この間の『ワンコ』だ~!!」
(わ、ワンコ……)
声の主がサクラのものだと分かったが、ワンコの渾名には滑ってしまうレオナルド。
振り返ると、列から離れ元気よく駆け寄るサクラ。
遠目に見えるのはミカンと凪、あと同行しているのは他のギルドメンバーだろう。
そして、ホノカがいた。
ホノカは以前と同じ容姿で、至って普通な様子。
レオナルドも心配損だったかと安堵した。
一方、サクラの後を追ってホノカもレオナルドに近づき、彼女に忠告する。
「おい、気ぃつけろよ。前会った奴と同じ奴か分かんねぇだろ」
彼女の指摘にサクラが驚いた様子だが、レオナルドも考慮はしていた。
証拠として持ってきた『サクラのフロート』を取り出す。
サクラも察したらしく、喜んで『サクラのフロート』を受け取り食べると、満足気な表情を浮かべる。
「んー! 前、食べたのと同じ味!!」
勝手に食べるサクラに、ホノカは呆れていた。
◆
「うっわ! スゴ!! なにこれ……」
素材採取を終えて『冬の名残』から離れたレオナルドとホノカ達。
彼女達にレオナルドが渡した箱の中身は、特製の『練り切り』セット。
丁寧かつ繊細な最高クラスの練り切りにミカン達も驚いていた。
レオナルドが説明する。
「ルイ……俺のフレンドが、SNSに紹介されてた皆の『季節』を通りに作ってくれたんだ。ちゃんと説明欄に、どれがどの『季節』の奴とか書いてあるから」
なんて内容に、彼女達は聞く耳を持たない。
念の為、盗賊のプレイヤーが効力と素材を確認したりするが、ざわつきは止まらない。
「チートじゃないの!? プラチナ素材の出現率アップとか!!!」
「え、えええええ」
「むっちゃ丁寧じゃん! 花びらとか、見てるだけで目が痛くなるし!?」
「素材が無理……花咲いてる状態の『月光花』。夏の激ムズエリアでしか取れない奴」
『フロート』を完食したサクラが、皆の注目する練り切りを見ようと身を乗り出す。
「ちょっと~! わたしも食べる~~!!」
鍛冶師のミカンが彼女を制して「サクちん! これ今、食べちゃ駄目な奴!!」と警告した。
魂食いの凪がレオナルドに頭下げた。
「ありがとうございます。こんな貴重な品を頂けるなんて……」
「いや、これはこの間の礼だよ。サクラには助けて貰ったからな」
だが、沈黙を貫き。
意味深にレオナルドを睨んでいたホノカが、咳払いをした。
「………ウチにどういう要件だよ」
「え?」
レオナルドが思わず聞き返してしまった。彼女はどうやらレオナルドを警戒しているよう。
ホノカは警戒心を剝き出しに、話を続ける。
「こんなアホみてぇに媚び売るなんざ、何か裏があるんだろ」
「いや~……」
本当のところは『何もない』。
強いて言うならサクラが身勝手で不登校気味な少女なら、ログインしているだろうと思い。
心配がてら、レオナルドは訪れただけ。
ホノカと一緒に、ギルドメンバー総出で行動しているだけで一安心だった。
……まぁ、不登校な点は不穏要素として改善されていないが。
レオナルドは頭をかきつつ、ふと思いつく。
「ホノカに強くなるコツを教えて貰いたい……かな」
「ふうん?」
「ああ、でも技術とかじゃねえんだ。『精神』を強くするコツ?」
途端に、ホノカの目が大きく見開く。
ルイスが作った練り切りに夢中なミカン達を他所に、話を聞いていた凪が首を傾げた。
「せ……精神?ですか」
「俺、精神面が弱いんだよ。プレッシャーとは別で、諦め易い?妥協し易い?性格だから。なにをどう変えて行けば、精神的に強くなれるのかなって」
すると、ホノカは頭を抱えていた。
一体どうしたのか、レオナルドが彼女に尋ねようとしたが、向こうが遮るように言う。
「嫌味で聞いてんのか」
「? 俺は割と真剣だよ。昔っからこんな感じだったからさ」
「自覚してんなら、後は自分でどうにかできんだろ」
「う……うーん。理屈通りなら、お前の言う通りだけど……」
それが出来ないから聞いてる。
レオナルドは複雑な胸の内を明かすに明かせない。
カサブランカや、自分を襲って来たPK集団のようになりたい、なんて非常識な事を言えば疑心の目で見られる事くらい分かる。
逆に、ホノカが自棄な感情をぶつけるようにレオナルドへ言い放つ。
「普通聞くなら、戦闘のコツを聞くだろうが。んだよ、精神って……戦闘面は自信あんのか? オイ」
「えーと……まあ……対人戦だったら。逆に、妖怪みたいなNPC相手の方がキツイかな」
「……はあ?」
ホノカはレオナルドの言葉を理解できない様子で、素っ頓狂な声と共に眉をひそめる。
唸りながら、彼は答えた。
「いやさ。相手が人間だったら。あ~、こういう事やりてぇんだな。こういう事、考えてそうだなって読めるんだよ。感情があるからさ。でも、NPCとかAIって感情ねぇだろ?」
凪も驚きつつ、レオナルドの話を汲み取る。
「つまり……戦闘に心理学を応用しているんですか?」
「心理学って大層な奴じゃねーよ。大学でも専攻取ってないぜ。経験則って奴?」
「な、成程」
だが、レオナルドが鍛えたいのは戦闘技能ではなく精神だ。
今の自分を変えるには、どうするべきか。
カサブランカのようになる為に、独善的な屑に近づくにはどうすればいいのか。真剣に悩む。
置いてきぼりを食らったホノカは、歪んだ顔を浮かべて呟く。
「…………マジで言ってんのか」
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大変な時期ですが、健康に気を付けながら頑張りましょう。