弱い人間
意外にゆったりと足取りで、顎に手を当てながらカサブランカは『ワンダーラビット』の前に現れる。
彼女は、直前まで素知らぬ態度でレオナルドを無視していた。
どう話を切り出そうか悩むレオナルド。
カサブランカは普通ではない人間。
普通に話しても、彼女は楽しくないだろうとレオナルドは思っていた。
一方で、カサブランカが平静かつ淡白に尋ねる。
「何故、イベントに参加しなかったのですか?」
「あっ……悪い。実は初心者だから参加すんなって絡まれちまったんだ。ちょっと有名な奴に」
気まずそうにレオナルドが答える。彼も思い出す。
カサブランカは、レオナルド達がイベント参加するかと期待していたのだ。
トラブル回避したはいいものの、カサブランカの期待を裏切った事には変わりない。
彼の返事を聞き「そうですか」とメニュー画面を開くカサブランカ。
改めて、レオナルドは彼女に謝罪した。
「バンダースナッチの事とか教えてくれたのに、ごめん」
「もう結構です。貴方の様な弱い人間には興味ありませんから」
「いや、俺も強くなってきてるんだ」
「力量ではなく精神の問題です。今後の保身に入っても、愚かではありません。人生を謳歌するには最善の選択です。しかし、私の求めている強者の精神ではない」
「………」
「恐らく二度と会う事はないでしょう。さようなら」
幻影の如く、彼女はどこかへ転移してしまった。
最後まで以前は浮かべていた微笑みは無く、淡白な表情のまま。
本当に失望して、興味を無くした。
どこかですれ違っても、草原エリアの時のように話しかけてはくれないだろう。
想像するとレオナルドは、心に穴が開いた空虚を感じる。
今日までイベントに参加すれば良かったと後悔しなかったが、今になって初めて思う。
モグモグと口一杯頬張るジャバウォックを眺め、レオナルドは重い溜息をつき、尋ねた。
「美味いか?」
ジャバウォックは、口一杯に頬張りながら頷いた。
それからも、ガツガツと食らい続ける。
レオナルドはルイスに頼まれていた薔薇を植える作業に戻った。作業中にふと呟く。
「自分勝手で独善的。ああいう人間になれたらなぁ」
人によっては冗談じゃない、馬鹿な事を言うな、他人を思いやれ、など数多の注意をされるだろうレオナルドの願望。
しかし、彼はそれが真実だと思っていた。
他人を犠牲にし、弱者から搾取し、自分だけが利益を得る。身勝手で自己中心的な屑。
誰がどれだけ否定しようが、正義と善を掲げようが、現実ではそんな屑が幸福になれる。
少なくとも、現代社会では独善的な方が良い。
そう、レオナルドは独善的な屑に憧れていた。
だから、屑相手ばかり交流を深めた。
結果、自分は屑になりきれないと半ば悟った。
屑には屑なりの執念や私怨、欲望があるのに対し、レオナルドには一切ない。
彼の中に腐った小さいプライドの一つすらないのだ。屑になれる訳がない。
ルイスが以前、レオナルドに指摘した『他人に物を与える事で、自分が満たされた気になれる』のは、まさしく正解だった。
何もないから、どうなっても構わない。
「俺にはそういうのがねぇから。逆に、どうやったら夢中になれるもん見つけられるか、知りてえよ。な?」
レオナルドはジャバウォックに話を振ると、向こうは笑顔で答えた。
「僕は食べるの好き~」
「……そっか」
ジャバウォックだって見つけられるものを見つけられない。
レオナルドはまた溜息ついた。
一通り作業を終え、レオナルドは立ち上がる。今日は向かわなければならない場所がある。
MP回復の『魔法水』と砥石の他に、ルイスに作って貰った新薬入りの箱と『サクラのフロート』を所持品に加え、仮面と青のフードコートを着用。
いつも通り、ジョブ武器『死霊の鎌』と鉄製の逆刃鎌を装備。
それと茜に作製して貰った新たな逆刃鎌を二本装備した。
一本は純銀製の逆刃鎌。
鉄製よりも高価で、重量もあるがその分、頑丈さと攻撃力は高い。
もう一本は『季節石』というプラチナ素材で作製した一級品の代物。
七色の光沢がある刃と柄。
本来の『季節石』は透明なので派手な外見になるところを、刃は『瑠璃石』、柄は『大理石』から抽出した色素で染められている。
ルイスが赤薔薇の衣装を纏っていたのを見て、茜は対照的な青薔薇の装飾をつけた。
『季節石』は頑丈にも関わらず軽い。50%以上『季節石』で作製すると、スキル枠が五つになる。
『大鷲の加護』が三つと『盗難防止』『物忘れ防止』のスキルが付与されている。
『物忘れ防止』は、万が一レオナルドが倒されても、武器を落とさない加護だ。
茜がこれほど高価な武器を作り、レオナルドにプレゼントしたのはルイスが作製した新薬の礼。
それと、彼女が「簡単にゲームやめるんじゃないよ!」とレオナルドを釘刺したのは、彼が木製の逆刃鎌を壊しまくっているからだろう。
「……いるかなぁ」
居て欲しいが、居て欲しくないような。
もどかしい気持ちでレオナルドは『菜の花高原』へ転移した。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
大変な毎日ですが、お互いに頑張りましょう。