アイドル
今回も長めになっています。
翌日。
教室の自分の席についた僕が、携帯端末で検索したワードは……『クインテット・ローズ』。
それが昨日、僕達の邪魔をしたアイドルグループの名称。
正直、僕はアイドル界隈には疎いうえ無関心なので、嫌々調べるのが苦痛でしかなかった。
女性ファンが吠えてた通り、今週のCD売上ランキングでは堂々の三週連続第一位。
……しかし、ファンは一人で何枚も買ったりしているんだろう。
近頃、CDを買うよりも、ネットでダウンロードする方が主流。
CDを買う点においては、一位を独占して当然。
グループ名にあったように『薔薇』をモチーフにした衣装とカラーで統一。
メンバーはそれぞれ――
赤薔薇担当、グループのリーダー・赤峰心。
白薔薇担当、二枚目ポジションの白崎竜司。
黄薔薇担当、ムードメーカーの浅黄直人。
紫薔薇担当、中性的な容姿の紫山睦。
緑薔薇担当、ワイルドな体育会系の宇緑翔太。
その中の『紫山睦』がゲーマーなのをきっかけに、サービス開始して間もない『マギア・シーズン・オンライン』を五人で始め、運動神経の良さを利用し、逆刃鎌でのパフォーマンスを思いついたようだ。
例のファンも、事前にSNSで予告されていたのを見て、新規ログインした者ばかり。
新規プレイヤーが増えたはいいものの、彼ら……いいや。
彼女たちはゲームを楽しむ為に始めた訳ではないうえ、あの民度の悪さだ。
本当にうんざりする。
極めつけは、逆刃鎌だ。
まだ、墓守系プレイヤーに対して弊害はないが、いづれ逆刃鎌自体を恨まれるようになり、攻撃対象がレオナルドか。最悪、僕にまで被害が及びかねない。
……過剰な心配かもしれないが、あの様子では否定できないのが悔やまれる。
とにかく、今日は木曜日。
マルチエリアではなく花畑で採取可能な基礎薬品の素材を大量に確保して欲しいと、レオナルドに頼んだ。
地下倉庫が埋まる勢いでも構わない。そう、僕は告げ口したくらいだ。
レオナルドも事態を理解しているようで、放置製造で在庫を確認すると既に5000近い量がある。
メッセージに「もっといるか?」と一応レオナルドは尋ねていた。
それを微笑ましく思った僕がメッセージを返そうとした時に、タイミング悪くあの男子が僕に話しかける。
「あ! レンレン~!! 昨日、マギシズで凄いこと起きてたでしょ?」
相手が上機嫌なだけに、僕の心情はますます不機嫌だった。
一旦、携帯端末をしまってから返事をする。
「うん。そうみたいだね。僕のギルドでも色々噂になってたよ」
「あははは~! 意外にアイドルのSNSって見ないもんか~、バッカみたいに文句言ってて、あれ酷いよねー。ちゃんと予告しておいたのに!!」
全人類が『クインテット・ローズ』を知っているかのような口ぶりで、僕は「そうだね」と適当に返事をする。
この男子が、彼らを擁護する態度なのが不可解だ。
だが、理由はすぐに分かった。奴は僕に耳打ちしてくる。
「俺さ~なおっちとリア友なんだよねー!」
「……なおっち?」
「あ、レンレン知らないかー。直人っちのことね! この子、この子!! 前の中学で同じクラスだったんだ~」
端末の液晶画面に表示した画像は『浅黄直人』だった。
偶然にしては、薄気味悪い。つまり、コイツは僕達にとっては敵か。
僕は、男子が有名人とのエピソードを自慢げ語るのを、適当な相槌を打って聞き流した。
◆
レオナルドはまだ薬草調達の為に、花畑エリアを往復し続けていた。
一般人が少ない時間帯だが、レオナルドと同じく備蓄目的で何度も足運ぶプレイヤー達が多くいる。
『ソウルオペレーション』の手慣れた操作で、楽に草花を刈り、次の採取地点へ移動していくレオナルド。
他プレイヤーの会話が時折、耳に入る。
「SNSみたか? アイツら……また、やるらしいぜ。しかも花畑で」
「なんで、ここなんだよ!」
「鉱山は地形がアレだし、草原は羊がうろちょろしてるからじゃね」
「薬剤師やり始めたばっかりなのに……最悪」
「ファンが糞だろ、少しはマナーってもんがねえのか」
「マジ民度悪すぎ。こっちも人の事、言えねぇけどさ。アイツら、ゲーム目的じゃないんだぜ?」
「絶対なんかやらかすよ」
レオナルドは、思わず溜息ついて手元を止めた。
彼は考える。どちらもゲームが好きか、アイドルが好きかの違いだ。
好きなものの為に行動や感情を震わせて、争いに発展しようとしている。
一方で、レオナルドは内心ではアイドル達をこう思っていた。
(アイツらの逆刃鎌の操作、上手いんだけどなぁ……)
それを影口叩くプレイヤーに言ったら言ったで、トラブルになる。
分かっているので、レオナルドは胸の奥に秘めるしかなかった。
◆
「よし、と」
レオナルドは『ワンダーラビット』に戻り、地下で薬草を麻袋に詰めていると、ルイスからメッセージが届いた。
[薬草はもう十分だよ。ありがとう]
[庭の生垣に薔薇を植えておいて欲しい。種類は赤と白だけで構わない]
了解。レオナルドはメッセージで短く返信。
最近になって、店のコンセプトが『不思議の国のアリス』だと理解したレオナルドは、ルイスの要望に納得していた。
庭も最初は薬草ばかりだったが、少しずつ『アリス』っぽく変化している。
レオナルドが庭に転移すると、そこではジャバウォックが歌いながらダンスを踊っている。
ジャバウォックがレオナルドに気づき、動きを止め、じっと視線を向けたが、歌とダンスを再開した。
「あ、そうだ」
レオナルドは、ルイスが作った『セット』を店から持ってくる。
ジャバウォックが歌とダンスを続けているのを確認し。
庭に店内と同じテーブル席を設置。そこにある茶と菓子を並べた。
用意したのはアフタヌーンティーセット。
レシピ通りに時間を測って淹れた『オレンジ&レモンティー』。
三段重ねのティースタンドに載せられているのは、上から順番に『なんでもない日のケーキ』『木苺のスコーン』『桑の実のサンドイッチ』。
――そう、イベントレシピのセットだ。
他プレイヤーが一向に、イベントレシピを発見できていない点。
レオナルドは暖炉からレシピを発見したが、そこだって他プレイヤーも探している。
彼らと違う点は、たった一つ。ジャバウォックの存在。
様子を伺う必要なく、ジャバウォックがテーブルに置かれたアフタヌーンティーセットを見て「あっ!」と反応し、テーブル席に駆け寄る。
「これ、お茶会でよく食べてた奴だ~!」
「お、やっぱりそうか。……食う?」
席についたジャバウォックが、お菓子類を素手で掴んでいると。
レオナルドは、町に続く道の向こう側から白い影を見た。
段々と近づいてくる人物の正体が分かり、レオナルドは目を覚ましたように庭の柵から身を乗り出す。
「カサブランカ!?」
紛れもなく、バトルロイヤル時と同じ衣服を着た白い怪物・カサブランカがいた。
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