変化
説明多めの内容です
新薬騒動から一週間経過すると、様々な変化がゲーム全体に見られる。
初期より薬剤師のプレイヤー層が増えた。
イベント後から増加の傾向にあった薬剤師だが、お菓子作りが気軽に楽しめると女子層が興味を持ち、始めているようだ。
新薬中心の店が多くなり、今も情報戦が続く。
喫茶店を開業するにあたって、他にも準備が必要になる。
店の内装、テーブル席、従業員、喫茶店らしく独自の制服などなど………
アンティーク雑貨や制服、カーテンにテーブルクロス等の作製は刺繡師系。
テーブル席などの家具や食器類の作製は鍛冶師系が受け持つ。
つまり、新たな需要が増えた事で生産職全体が活気づいていた。
勿論、他ジョブも無視してはおけない。
とくに貢献度狙いのギルド連中は、新薬作製可能な薬剤師確保に必死らしい。
そうなると、新薬作製に必要な素材集めも激化。
最近までレア鉱石確保と妨害で勤しんでいたギルド連中も、今では花畑等に居座り、新薬作製妨害を行っている。
裏を返せば、今ならレア鉱石を確保するチャンスでもある。
そして、僕達も変化した。
『ワンダーラビット』の二号店建設と店内拡張の為、ランクアップするべく、真っ当な商売を始めた。
スタイルは、完全紹介制予約形式にした。
手始めに小雪と茜、ミナトの三人。彼らから信用できるプレイヤーに紹介して貰って……
現時点の顧客は、小雪たちを含め十数人。
売上もほどよく、ランクが8に到達。
店と庭を拡張。
工房が基礎薬品製造や新薬作製キットなど器具でごった返してきたので、仕切りを作って見栄えよくする。
仕切りの一部に取り入れたカウンターテーブル越しで作業したり、レオナルドと対話できるようにした。
地下も広くなり、以前より多く素材が備蓄可能になった。
僕は注文された新薬の作製を行っていた。
あれから、最後の作製キットも入手。
全季属性の僕は気にせず作製していたが。
どうやら、薬剤師の属性次第で完成する新薬の効力にも影響があるらしい。
最後の作製キットで全季特有の特殊器具があった。
簡単に説明すると、季節を繊細に調合し合う事で、あらゆる季節属性のプレイヤーが効力を得る、夢の様な高級品が完成する代物。
春なら秋、夏なら冬で中和し、バランスを保てる仕組みだ。
当然だが食すプレイヤーの季節属性次第で、配合は全く異なる。
僕も注文客の属性に合わせ、素材を配合、新薬を作製する。手間暇かかるので、大量生産は難しい。
カウンターテーブルで行っていたラッピング作業を終えたレオナルドが、メニュー画面を開き、転移の準備を行う。
「じゃあ、これ。ミナトさん達に届けてくる」
「うん、よろしく」
レオナルドが転移したのを見届けて、僕はもうひと頑張りだと言い聞かせる。
残るは、小雪の分だけ。
彼女は決まった時間、無人販売所に現れるので、そこで手渡せばいい。
作業を行っていたカウンターテーブルに視線を向け、僕は一瞬だけフリーズしてしまう。
複数作製し終えた練り切りが収められた箱。
そこに入っていた筈の繊細な一品『はさみ菊』だけない。
あった場所がポッカリと空洞化している。
「………」
チラチラと視界の端に映る薄水色髪。
僕が目を伏せ、憤りを抑えてから、作業に戻る動作を見せると、カウンターテーブル越しからひょこっと顔半分が現れる。
じっとお互いに見つめ合う。
長い一息を漏らして、僕が練り切り作製に取り掛かる。
すると、僕の向かい側にあったレオナルド用の椅子に奴は腰かけてきた。
ジャバウォックだ。
身丈に合ったファーのついた白マント、白の貴族服の恰好をしている。
もう一週間経過しているが、未だ立ち去る気配がないどころか。こうして、僕達の前に姿を見せるようになった。
鼻歌を口ずさみながら、僕の作業を眺めるジャバウォック。
ここから見えないが足を揺らしているようで、体も小刻みに揺れていた。
一定時間、獲得する素材をコモンのみにする任意発動の『フィーバータイム』を一回得られる練り切りが完成。
小雪の様な銃使い系で最も大変な素材集め。
銃弾には集めやすいコモンを大量に求められるので、人によってはありがたい効力。
ジャバウォックを警戒しながら、箱に練り切りを収めたが、奴は無反応。
しげしげと練り切りを観察していた。
「………」
次は同じ効力でレア、Sレア、SSレアのみに限定する練り切りを作っていく。
僕が順序良く作り、完成し、箱に収めるのを目で追うジャバウォック。
最後に……これだ。
一定時間、プラチナのみ出現する『はさみ菊』の練り切り。(もしかしなくても)先ほど、ジャバウォックに食べられてなくなった奴だ。
素材の一つ『月下美人』は夜、花開いた状態でなければならない。
加えて、この練り切りの『フィーバータイム』はたった十秒だけ。
試行錯誤しても、僕の技術ではこれ以上延長は難しい。
だが、たった十秒だけでも、プラチナの素材を入手可能とする夢の時間を追い求めるプレイヤーは数多くいる。
丁寧に花びらを揃え完成した高級品質の『はさみ菊』。僕は完成したそれを箱へ収めた。
瞬間。狙っていたようにジャバウォックが『はさみ菊』に手を伸ばす。
僕が即座に、箱を自分の所持品に移動させた。
無事、ジャバウォックの魔の手から『はさみ菊』は逃れた。
「あっ」
真顔で声を漏らすジャバウォック。訴えるように、真顔のまま僕をじーっと見つめ続けた。
何が「あっ」だ。希少なものばかり狙って。
代わりに、僕は様々な果物とクリームを巻いたホール状態のロールケーキを出した。
僕とレオナルドの分をカットし、皿に乗せる。
「食べていいよ」
「わーい」
ジャバウォックは、残ったロールの方を素手で掴んで丸齧り始めた。
口の周りがクリームだらけのジャバウォックを、配達を終えて戻って来たレオナルドが驚く。
慣れた僕は、紅茶の用意をしながらレオナルドに告げる。
「僕と君の分はそこにあるから、紅茶を淹れるまで食べてていいよ」
「お、おお……ロールケーキかぁ」
「ロールケーキの効力はドロップ率上昇だよ。今日は基礎薬品の素材集めから始めよう。備蓄が少なくなってきたんだ」
「わかった。あー……茜さんからお前の武器預かって来たぞ。あと、新しい棚とか家具。ミナトさんからはカーテンとかテーブルクロス」
「そこの空きスペースに全部置いておいてくれ。ああ、君の武器も完成してた?」
「おう、一応見るか?」
「うん」
レオナルドが品々を置くのを眺めていたジャバウォック。
奴は、ロールケーキを口一杯に頬張りながら喋った。
「んふんふ」
「あ?」
反応を示したレオナルドが思わず顔を上げると、ジャバウォックがもごもご喋り続ける。
「ふんふふ、うんふふんうふんふふふ?」
「食べてから喋れよな……」
やれやれ呆れながらレオナルドは、ジャバウォックの隣に置かれた椅子に腰かけ、ケーキを手に取る。
漸く飲み込んだジャバウォックが改めて尋ねた。
「お店に誰もいれないの、どうして?」
「え。えーと……」
唐突に真面目な質問をされたものだから、レオナルドは返事が遅れる。
僕が紅茶を淹れたカップをカウンターテーブルに置き、答えた。
「誰にも邪魔されないで、ゆっくりできるからだよ。こうして、僕達でお茶を楽しむ事ができる」
「ふーん」
感心あるのか分からない反応のジャバウォックだったが、こう付け加えた。
「パパもこうすれば良かったのに」
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