レシピ
レオナルドがログインする頃には、いくつも練り切りが完成していた。
中でも小さな鋏で細かい花びらを作る繊細な『はさみ菊』。我ながら良い仕上がりで満足だ。
丁寧に整形・細工を終えた練り切りを仕切りのある箱に収めていく。
茶道の時間で腐るほど目にした練り切り。
だが、こうして自分の手で作ってみたい欲求は、心のどこかにあった。
眠そうに欠伸をしながら、登場したレオナルドが練り切りを目にして、面白そうに覗き込む。
「おお、なんだこれ」
練り切り自体初めて見るらしいレオナルドは、僕に尋ねた。
子供っぽい反応をする彼を微笑ましく見つめながら、僕は返事をする。
「おはよう、レオナルド。これは『練り切り』だよ。和菓子の一つでね。こうして細工していくと、効力が変化するんだ」
実際に、僕が作業するのを眺め、改めてレオナルドが完成した練り切りに対し、複雑そうな表情をした。
「はぁー……全部手作業なのか、それ。食うの勿体ないな」
僕が最後の一個を完成させ、箱に収め終えてからレオナルドに頼む。
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいよ。レオナルド、作り置きしていた『おはぎ』と『練り切り』をテーブルに運んでおいてくれないかい。僕はお茶を入れるから」
「…………」
「うん? どうしたんだい」
「いや……『おはぎ』?」
レオナルドが視線で僕に訴える。
作業台に放置していた『おはぎ』の皿。そこで山になるくらいあった筈の『おはぎ』は、二つしかなかった。
僕は苛立ちを抑えながらも、目を伏せて頭を抱えた。
件の座敷童子――ジャバウォックに差し出す意味で、あえて『おはぎ』をそのままにしていたつもりだったが。
ほとんど持っていくなんて、やり過ぎにもほどがあるだろう……!
加減を知らないのか!?
まあまあ、とレオナルドはポツンと残された二つの『おはぎ』を皿に乗せた。
「俺達の分を残してくれたんだな」
「君は知らないだろうけど、結構な量あったのさ。それをほとんど……」
「そ、育ち盛りって奴? 『練り切り』もあるんだし、こっち食おうぜ」
「はあ……そうだね」
『梅茶』を用意し、テーブルについた僕らは『おはぎ』と『練り切り』を食べる。
『練り切り』に関しては、まず一つ。
レオナルドが「スゲー色」と厄介な水色と白の色彩の『はさみ菊』を選ぶ。
確か『魔力水』で使用する『ネモフィラ』から抽出したエキスで着色したものだ。
それを食したレオナルドは、練り切りの甘味に美味しそうな表情を浮かべた後、青の花びらが周囲を舞い始める。
効力確認すると、レオナルドは驚く。
「ルイス! すげーいいぞ、これ!!」
[春エリア内でのみMP無限状態 ※クエスト終了まで継続]
効力は確かに驚く内容だった。
そして――『はさみ菊』のような完成度の高い『練り切り』を作れる人材が、求められる状況になる事も予想できる。
僕が食した桜の『練り切り』は[春エリア内でのみスタミナ無限状態 ※クエスト終了まで継続]であった。
「……よし、レオナルド。レシピ探しに向かおう」
昨晩、急いで用意した僕の仮面と衣装を装備。
それから、白で染めた木製の逆刃鎌をレオナルドが装備した。
白の逆刃鎌は、僕が乗る用だ。
僕がレオナルドと同じように立つのは、難しく。
今日のところは峰に座り、柄と峰に手を添えて浮かぶスタイルを取る事にした。
ふと彼が、僕の様子を伺い。心配そうに話しかける。
「ルイス。上手く乗れなかったのが、そんなにショックだったのかよ?」
「勘違いしないで欲しいのは……悔しい意味でショックは受けていないのさ」
「? そっか」
◆
この時間帯はまだ夜に分類されている。
今、マルチエリアで警戒するべきはPKプレイヤーよりも、妖怪。
昼間と違い、視界のどこかに妖怪の姿が数体見られる。
僕らは逆刃鎌の浮遊移動を駆使し、僕が『麻痺粉末』など妨害系の薬品を使用する事で、極力戦闘を回避しながら目的地を巡って行った。
簡単にレシピイベントの概要を説明していこう。
ある錬金術師が春エリアのラスボス『マザーグース』との友好の証として考案した特別なレシピ。
悪用される可能性を考慮し、弟子にも教えず、レシピだけを春エリア内に隠した。
様々巡って僕らが入手したレシピは
・なんでもない日のケーキ
・木苺のスコーン
・オレンジ&レモンティー
・桑の実のサンドイッチ
最後の『桑の実のサンドイッチ』のレシピが入った箱と一緒に写真とメモが残されていた。
[予備の『食器』はここに保管してある]
「全部揃えると、なんか起きんのかな?」
面白半分に尋ねるレオナルド。
僕が「そうだろうね」と返事をしながら写真を確認した。………ここは記憶に新しい。
新しすぎる。
そんな予感もあったが、避けられないらしい。僕はレオナルドに教える。
「レオナルド……この写真にある景色。春エリアの最終面にあるところだよ」
「……え。それって」
「最近、ムサシが『バンダースナッチ』を倒して、攻略が進んだ『マザーグース』に向かう道中ステージの一つさ」
「あ……あれ、倒さねぇと駄目なのかぁ~!」
長い事、難攻不落だった『バンダースナッチ』。
攻略方法がムサシの活躍で判明し、話題を呼んでいたのはレオナルドも知っていただろうが。
故に、あの『バンダースナッチ』を僕達で倒さなければならない試練に項垂れる。
正直、二人でどう攻略しようか模索すらしていない相手だ。
僕らは逆刃鎌に乗り、最深部を目指しながら話し合う。
「まずは『ブライド・スティンク』を倒さないとね」
「ムサシの動画見てたけど、あれも結構ヤベーよなぁ……逆刃鎌でやり過ごすしかないか」
地平線の彼方。空色が徐々に明るさを取り戻すのが見える。
夜明けと共に妖怪の姿も、消えていく。
レオナルドが夜明け空を指差し「ルイス、綺麗だぜ」と感動していた。
しかし、呑気で穏やかな時間は、唐突に終わる。
逆刃鎌をコントロールするレオナルドが、僕の逆刃鎌を上空高く浮上させた。
僕が下へ視線を動かすと、地上に魔法発動のエフェクトが。他ジョブのエフェクトも複数。
まさかと思った瞬間。
地上にあったエフェクトが幾つか消滅した。
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