悪戯
今回は少々長めです。
僕がログインして目にした光景は、倉庫や棚に収まりきれなかったらしい素材の山。
狭くなった店内のテーブル席で突っ伏しながら、メニュー画面を開いていたレオナルドが「よう」と体を起こして挨拶する。彼は周囲を見回し、気難しい表情をした。
「色々話したい事あるんだけど……まぁ、なんだ。これが限界?」
啞然としていた僕が「ちょっと待って」と倉庫や地下を確認した。
倉庫に空きは残されているが、これは僕らの衣服や武器などをしまう為の余裕だ。
一番数を占めているのは、基礎薬品系の素材の備蓄とストック。
現状を理解し、僕は悩む。
僕は一先ず、前回のリベンジ『菜の花』の調理に取り掛かる。
『おれづみの水』で煮ると、やはり水の性質と合ったようで腐ること無く、青々とした状態で成功。
菜の花で作るのは『キッシュ』にしよう。
タルト生地で作った器に、よくキッシュに用いられる、ほうれん草の代わりに菜の花を、卵と生クリームに代わる素材の他に、木の実類も混ぜてみた。
最後にミニオーブンにキッシュを投入。あとは焼き上がりを待つだけ。
……以上の調理をしながら、僕はレオナルドからマルチエリアでの話を聞かされる。
レオナルドの話を聞いて溜息を漏らしてしまった。
僕は『魔力水』とINT強化系とSTR強化系の薬品の放置製造をセットしつつ、彼の行いを咎める。
「何故、よりにもよってサクラ相手に関わったんだ」
「まあ……ルイスは好きじゃないんだろうけど、俺はサクラみたいな奴とは普通に付き合えるよ。それに仮面被ってたから、俺だって気づいてなかったぜ」
僕なら忌々しい因縁の相手を前にすれば即、離脱するが。レオナルドは違う。
第一、レオナルドはムサシ相手でも離脱しない。彼から見ればサクラなんて、ごくありふれた、通行人に過ぎないのだろう。
とは言え……僕は強くレオナルドに注意した。
「君が勝てたのは、相手が君の動きを読めなかったからだ。墓守系のプレイヤーがPKを仕掛けるのは滅多にない。逆刃鎌の軌道も、彼らからすれば未知数……今回のPKで調子に乗らないでね」
「あー……はい。そうだよな。今度マルチ行く時は、気を付ける」
レオナルドも項垂れて、落ち込んだ様子で反省している。
だが、僕がマルチエリアの予測を見誤っていた部分があったのは事実。
「午前中は、意外にPKプレイヤーが多いんだね。その辺りを考慮しなかったのは、僕の落ち度だ」
「いいや、人は少なかった方だとは思うぞ。……なあ、茜さんの言う早朝ってどうだ?」
「そうだね……」
僕はレオナルドが取ってきてくれた『睡蓮』で工芸茶を作る。
使用したガラスの装飾が施されたティーポットは、レオナルドが『山桜の街道』で適当に選んだ食器類の一つ。セットのティーカップ二つと一緒に、テーブルへ運んだ。
「当分、素材集めはしなくていいかな。倉庫や店に収まり切れない。今の店のランクだと、これ以上の改築は無理なんだ」
「倉庫も?」
「課金すれば倉庫の容量や店を広くできるけど、僕はするつもりはないね」
「俺も課金はちょっと……」
珍しくレオナルドは、拒否を示す。
彼の場合、課金に気が引けるのではなく、金銭的な問題が関与してそうだ。
僕も長く続けるか分からないゲームに無意味に金を突っ込むほど、短絡的ではない。
僕はレオナルドと向かい合うように席へ座ると『睡蓮』の工芸茶の色合いを観察。
淹れ頃になるまで、待つ。
それまで、僕はレオナルドと会話をした。
「ただ……新薬の情報が広まって、他プレイヤーが嗅ぎ回る前に、これだけはクリアしておきたいかな」
「おー、それか」
レオナルドが発見した新薬のレシピ。エリアごとにある隠し要素の一つ。
「君がレシピを見つけた店の情報を基に、他エリアでレシピを見つけていく謎解きだ。こういう時に考察サイトの情報は助かるね。店主の生年月日とか、何故か残されてあるから、暗証番号に使うかもしれない」
「物好きもいるもんだなぁ……」
「多分、次はここ。店内に飾られていた写真。写っている梅の木があるエリアは特定されてるよ」
勿論、そこを捜索したプレイヤーはいるが、イベントやアイテムを発見されなかった報告ばかり。
だが、彼等はレシピを入手してから向かっていない。
イベント発生の伏線回収をしてないだけだろう。
そうこうしている内に、花開いた『睡蓮』の工芸茶。
早速、カップに注いで口にする僕ら。……何か違和感を覚えた。レオナルドも首を傾げる。
効力を得たエフェクト――素材となった花が散るなど――が、今回は発動しなかった。
ステータスを確認すると原因が判明する。
[夏と春エリア内でのINTが少し上昇。 ※クエスト終了まで継続]
「夏……確かに、睡蓮は現実だと夏ごろ開花するイメージが強い。ただ『菜の花高原』でしか採取できないんだ」
「んん?」
「……つまり『睡蓮』を夏エリアの庭で乾燥させれば良いのさ」
「えーと……夏エリアにも店、建てなきゃいけないってことか?」
レオナルドの意見は正しい。
むしろ、僕もそうではないかと疑ったところだ。同時に厄介な要素でもある。
仕方がない。睡蓮に関しては後回しにしよう。
丁度良いタイミングで『菜の花のキッシュ』が焼きあがった。
僕がキッシュをテーブルに置き、切り分け、二人で念願の一品を食そうとした瞬間。
ドン! ガラガラガラッ…… ガシャン!
地下から物が崩れ落ちる派手な騒音が聞こえてきた。
「な、なんだ??」
レオナルドが、思わずキッシュから顔を上げた。
僕も手に取ったフォークの動きを止め、地下室に続く床扉に視線を向ける。
嫌な予感を覚えた僕は、即座に地下へ転移すると――
地下の棚が全て倒され、棚に収められていた素材の瓶が中央で山のように積み重ねられていた。
異常極まりない。
レオナルドの仕業とは思えない。まるで子供の悪戯だ。
僕がふと周囲を見回した時、黄金色の瞳とバッチリ目が合わさる。
「……………」
人間とは不思議なもので。
予想だにしない事態や存在に出くわすと脳の処理が追い付かず、フリーズしてしまう。
僕でさえ『ソレ』を目撃し、声すら出せなかった。
大量の瓶と棚に隠れて、ひょっこり顔を覗かせる薄水色髪の子供が居る。
性別は顔立ちを見る限り男児。
顔半分、黄金色の瞳だけしか見えないので、表情は分からないが、僕が現れたのを不思議そうに観察している。
「ルイス、どうなっ……うわ!?」
そこにレオナルドも追いかけて転移し、現状に驚いていた。
僕が再度振り返った先に、子供の姿はない。念の為、僕はレオナルドに問いただす。
「レオナルド。君、子供を連れ込んだりしてないよね」
「は、はぁ? しねぇよ!? つーか、店ん中に誰も入れたくないってルイスの話、覚えてるからな」
レオナルドが真面目に主張した。そればっかりは、守っていると彼も口調が強い。
僕はメニュー画面を開き、店内状況を確認しようとすると
たたたたたた………
誰かが上を走り抜ける音が聞こえる。
レオナルドも耳にしたようで、何とも言えない表情で僕に訴えた。
店内には、僕とレオナルドしかいないとデータ上は表示されている。
そして、メニュー画面の『図鑑』にNEWの点滅がある。
「はぁ……何故こうも、君は厄介事を持ち込んでくるんだい」
「俺のせい?」
「君が連れ込んだのさ、座敷童子をね」
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