新薬
翌日の事だった。
いつも通り、僕はログインするとメッセージが一つ届いていた。
内容はNPCイベントで『錬金術師からの伝授』。
錬金術師。
医者の昇格後のジョブ……つまり、ジョブ3に関連するイベント?
ジョブ2昇格の時とは違い、イベント自体は自宅前もしくは店先で発生するようだった。
外に誰かいないか確かめ、イベント開始を選択した。
自動的に僕が店先へ移動する。
すると、どこからともなく背の曲がった高齢の女性が登場。
彼女はNPCである為、一方的にプレイヤー共通の会話をしてきた。
「噂に聞いてるよ。お前さん、まだ若いのに素質があるみたいだねぇ。基礎的な知識と経験は十分あるだろう。そろそろ頃合いと思ってね。これをお前さんに授けよう」
老婆から何か渡され、僕の前にメッセージが表示される。
[『新薬作製キット』を入手しました!]
[オリジナル薬品を作製できるようになりました]
[オリジナル薬品の効力は一クエスト終了まで継続します]
………そういうことか。
何故、薬剤師系で個人経営店を持つ需要があるのか。
渡された『新薬作製キット』の道具一式を見る限りだと、様々な加工ができるよう。
何百通りの手順があるなら、自分だけの新薬を売りに出来る訳だ。
老婆の話は続く。
「それも初歩的な道具一式だからね。まずは、簡単な事からコツコツやっていくことだよ」
他にも加工道具があるのか……
気が遠くなりそうな話に聞こえるが、やり込み要素は多いとも言える。
老婆が姿を消し、イベントは終了。
だが、このイベント……本来は『錬金術師』で発生するものだと僕は考えた。
イベントタイトルが如何にもなうえ、攻略サイトやSNSの噂でも聞かない。
僕だけとなれば、INTの値が関係しているとしか思えない。
無論。他にも条件はありそうだが、僕のINTの値は本来ジョブ3の100レベル以降で自然と到達する値。
「……少しやってみようか」
淡々と薬品を作製・調合するのも飽きてきたところだ。
レオナルドがログインするまで、暇つぶし程度に始めてみる事にした。
◆
「―――それで、これってヤベーだろ。お前……」
レオナルドに突っ込まれ、僕も「ごめん」と謝る。
数十分前までテーブル席と少しばかりの家具だけだった店内が、加工済み薬草の瓶が大量に床や机に敷き詰められ。
室内干しする薬草が天井にぶら下がって……
良くも悪くも、ファンタジー世界の薬剤師らしい室内へと変貌を遂げていた。
夢中になっていたのも原因の一つだが、薬草を刻むだけでも。
軽く、大雑把、細かく……刻み具合で効果に影響があると分かった。
本当に何通りのパターンがあるんだろう?
春エリアだけではなく、残りの夏・秋・冬エリアの植物を含めると、とんでもない事になる。
足の踏み場に困っているレオナルドを見かねて、まずは店内を片付ける。
ランクが低い為、店自体広くできない現状、店内を圧迫させるのはよろしくない。
となれば……僕はあるものを購入。すぐに店内に反映された。
瓶まみれだった床の一部が、突如光り、レオナルドも反応する。
「おっ、なんだ?」
「地下室だよ。取り敢えず、全部そっちに移動させるから」
僕が設定操作でアイテム移動をし、天井にぶら下げた薬草以外は地下室に収納。
アイテムが一斉になくなり、レオナルドは驚く。
ぶら下げる薬草の位置も変えて、僕とレオナルドは席に腰かけられた。
それで、レオナルドが僕に聞いてくる。
「今んところ、どんな奴が出来たんだ?」
「いいや? あれは薬草類を一通り加工し終えた下準備みたいなものさ」
レオナルドは困惑気味に「ええ……」と言う。
「もう、適当に作ってみようぜ。あれ以上、下準備の薬草は置けねーだろ」
「……そうだね」
僕たちはそれぞれ作業を行い合った。
棚を複数購入し、加工の種類別に地下室で並べ、外に干す薬草の移動をレオナルドに任せ。
僕は、本格的に新薬の作製へ手をつける。
最初に完成したのは『サクラのフロート』。
名称は製作者の僕に委ねられるようで、見た目に相応しいものにしておいた。
桜などを含んだ桃色の飲料に、冷たくない不思議なアイスが浮かぶ。
飾りにチェリーや桜の葉を添えた一品……こうしてみると、料理感覚に近い。
実際、店内などで飲食するのを想像すると、苦い漢方や栄養ドリンクを飲み干すより。
ちょっとした寄り道で喫茶店に訪れ、一服する。
それを狙った仕様なのだろう。
レオナルドが『サクラのフロート』を興味津々に観察しているのに、僕は言う。
「食べてみてくれ、レオナルド」
「いいの?」
「プレイヤーのステータスに反映される効果を見てみないとね」
「毒味係かよっ! ……まあ」
満更でもない様子でレオナルドが『サクラのフロート』を口に含んだ。
瞬間、彼の周囲に桜のエフェクトが広がり、それに驚いてレオナルドは吹き出しそうになる。
「なんだこれ!? あ、味は美味いぞ」
「良かった。効果が良くても、不味いと食べる気も無くなるからね」
僕はレオナルドのステータスを確認する。
[春エリア内での全ステータスが上昇&持続。 ※クエスト終了まで継続]
ふむ、こういう感じか。
一先ず『サクラのフロート』のレシピをメモに書き記す。
桜のエフェクトは、どうやらクエスト終了まで消えないようで、レオナルドは途方に暮れていた。
僕が次に手を付けたのは『菜の花』……しかし。
「あ……」
茹でただけでドロドロと溶け、ヘドロのような色合いに変貌、萎んでしまう。
菜の花と言えば茹でるのが一般的。
それが通用しないなら……悩む僕に、レオナルドが助言をくれる。
「水……とか?」
「手元にある全種類の水で試したけど、駄目みたいだね」
「じゃあ、マルチエリアにある水?」
マルチ……ありうる。
『菜の花高原』という初級のマルチエリアがあり、菜の花が自生する脇に小川が流れている。
だけど、マルチエリア……僕は深く悩んだ。
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