裁縫師
カサブランカは、僕らも以前見た刃を外した大鋏の二刀流状態だった。
白色で目立つ彼女を狙う剣豪(剣士の昇格後)や拳闘士(格闘家の昇格後)が、周囲の木々に身を隠しつつ。個別に取り囲み始めている。
彼女は微動だにしない。
耳を澄ましている。五感を頼りに敵の位置を捕捉しているのか。
まず、ボビンを取り出す。ミシン糸を巻き付けるのによく見る筒状のアレだ。
通常よりも大きいボビンを回転させて、ある一点目掛けて移動。
すると、ボビンが虚空で何かに衝突。スキルで透明化していた忍者だ。
忍者の姿が露わになった瞬間、カサブランカは次の攻撃行動に移る。
見届ける必要なく、ボビンが潜んでいた忍者に命中すると確信しきった切り替え。
新たな武器――裁縫道具を出現させる。
次なる得物は、大鎌ほどの大きさのルレット。
柄の先に小さな歯車があり、それを回転させ布地などに印をつける道具なのだが……
鍛冶師が加工したのか? 歯車の部分は、すっかり丸鋸に変貌を遂げている。
先端の丸鋸が回転を開始するのに、他プレイヤーたちが動揺するのはおかまいなしに。
カサブランカは丸鋸ルレットを振るう。
周囲一帯の木々を斬り落とすだけではなく、プレイヤー達にもダメージを与える。
遠距離攻撃には巨大な針山で銃弾と矢を受け止め。
以前、僕らの前で見せたように糸を触手の如く操作し、馬を転倒させ。
単に糸で拘束するのではなく、木々を利用して首に糸を巻き付け、プレイヤーを吊るし上げる。
同じく地上では鋭利な刃がついたボビンも回転し、プレイヤーに迫る。
中でも武器の大鋏を破壊されて以降は、ナイフよりも長めの大針で急所たる頭部を狙い。
編み物で使用する棒針を槍のように振るった。
……他にも針の雨、フリスビーボタン、新たな武器もといリッパーと呼ばれる糸切り道具の登場。
攻撃手段は豊富にあるが。
厄介なのは、彼女の異常な操作能力と反射神経。
一個人の攻撃、一つのスキルを繰り出すだけ。それだけならVRMMOの常連者にとっては、余裕で対応可能な部類に入る。
だが、彼女は手元の武器を振るいながら、ボビンや針雨、ボタン、糸を一遍に操作する。
加えて、開幕繰り広げられた大雑把な広範囲攻撃とは違った精密さで。
五感を頼りに、全プレイヤーへ的確に対応した攻撃を仕掛ける。
これが敵モンスターの一挙動であれば、手強い敵として許容される部分もあるだろうが。彼女は普通に操作しているだけの一般プレイヤー。
十人の話を一度に理解するような、空想染みた化物でしかない。
全員が彼女に呆気取られ、キャサリンも慌てて解説に戻る。
「す、すごっ、凄まじい反射神経です! 彼女一体何者なんでしょうか!! 最早、ランキングの一位争いはカサブランカ選手とムサシ選手の……おおっと?」
中継映像を眺める中田は、冷静な反応を返す。
「他プレイヤーの方々、逃げてますね」
「敵わないと判断し逃亡~!?」
「まあまあ、これも一つの手ではありますよ? 強いプレイヤーを無理に狙わないで、他プレイヤーを倒してポイントを稼ぐ。今回のバトルロイヤルは倒した数で順位を決めていますから」
「う、うーん。ちょっと納得いきませんがっ」
怯えた様子で逃亡するプレイヤー達を、カサブランカは追跡しない。
つまらなそうな嘆息。それから『スタミナドリンク』などの強化アイテムを使用する。
他プレイヤー達が貢献度やポイント獲得を求め、必死に駆け回っている最中。
彼女は探索するかのように、ゆっくりとした歩調の下、徒歩移動を始めた。
◆
「ホノカちゃん、いけー!」
レオナルドの隣で喧しく応援するサクラ。
中継映像にはホノカが映し出されており、上空の魔導士を倒すべく拳闘士のスキル『大気蹴』で空中を走り抜けられるようにして、次々とプレイヤーを倒して行く。
先ほどまで異常性全開で無双していたカサブランカは、すっかり落ち着いた。
倒された訳ではない。誰も倒さないだけ。
他プレイヤーがポイントを稼ぎ、彼女は上位十位から圏外に落ちた。
一位に君臨しているのは、ムサシだ。
カサブランカに匹敵する反射神経を駆使して、武将で習得可能となる本物の二刀流となっていた。
以前、僕達も見たジャグリングスタイルで次々と他プレイヤーを斬る。
ランキング上位には、やっとホノカの名前が浮上し、サクラが歓喜を上げていた。
序盤の広範囲攻撃が嘘のように落ち着き、バトルロイヤルも中盤に差し掛かる。
真剣に鑑賞していたレオナルドは、気づいて僕に話しかけた。
「自棄に静かになったな?」
「うん、やっぱりね。みんな疲れているんだ」
中継映像を見ると、疲労で潰れた馬が一時消失した騎射の姿があった。
騎乗していたなら体力は残っているだろうが、弓矢を引こうとして中断し、手首や腕の筋肉痛を感じるような仕草を見せる。
勢いあった他プレイヤーも、様々な物陰に隠れながら休息を取っていた。
魔導士は頭を抱え、武器を振る近距離型は腕の痛みや体力の消耗による疲弊、駆け回るのを得意とする盗賊は足の筋肉痛に苦しんでいる。
疲労を甘く見て、薬品を購入しなかったのだろう。そうなると、余裕があるプレイヤーは彼ら。
静まり返った場を波紋を起こす一撃。
「ああっと!? ここで『医者』が勢いをつけ始めてます!!」
途中で武器が壊れたらしく、まるで格闘家と同じ素手で渡り合う『医者』のプレイヤー。
むしろ、これを狙っていたのだろう。
遂に、件の医者統一ギルド『ヒュギエイア』のメンツが動き出す。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
次回は明後日の投稿となります。
よろしくお願いします。