逆刃鎌
「いらっしゃい」
僕らを出迎えたのは、鍛冶師の昇格後――『鉄人』の赤毛ポニーテールの女性。
春エリアらしい茅葺屋根に土壁の住居。
鉄人の彼女も腕捲りした着物姿なので、和統一の趣旨なのだろう。
「ムサシの奴から紹介が来るなんてビックリしたよ。あたしは茜。……で、武器作りたいってのはアンタの方だよね?」
鉄人――茜がレオナルドに確認する。
展示されてある武器に気を取られていたレオナルドが、咄嗟に「はい」と答え。
僕に視線を送り、どうするのか無言で聞いてくる。
彼の代わりに僕が茜に作製したい武器の詳細を説明した。
「すみません。調べても分からなかったのでお聞きしたいんですが――武器の刃を逆刃にする事は可能でしょうか? 峰と刃を逆向きにしたものです」
唐突な提案に茜も反応に困っている。「ちょっと待って」と一旦鍛冶場に向かい、工房で確認した。少し待たされた後、茜は僕らの前に戻って来た。
一度工房に振り返ってから、改めて僕らに告げる。
「作れなくはないけど……アンタの言ってるのって、こういうこと? 大鎌でいいんだよね」
依頼内容が内容だけに茜は念押すように確認を繰り返した。衣装の時と同じく、簡易的な鎌のモデリングを僕らに見せる。
レオナルドもモデリングを覗き込み「どういうことだ?」と僕に問いかける。
僕は笑み浮かべ、以前挙げた話を持ち出した。
「『ソウルオペレーション』で鎌に乗るって奴だよ。こういう風に鎌を浮遊させて」
僕がモデリングを操作し、刃を地面に向くよう逆さまにする。
「峰の部分を足場にするんだ。これなら柄をハンドルみたいに握れる」
「え、なにそれ」
と突っ込んだのは、レオナルドではなく茜の方。
レオナルドは感心して逆さま状態の大鎌を眺めていた。僕は話を進める。
「君、スケボーをやっているんだろう? 足場を上手く操作して攻撃する事も出来るんじゃないかな」
「柄で繋がってるからやり方は変わるけど、言いたい事は分かる」
「あとは実際に乗って浮遊できるか。浮遊移動速度はどの程度か確かめないとね」
僕らで話が盛り上がってるのを無言で見守っていた茜が、気まずそうに割り込んだ。
「……一応、重量と精度確認に使うレプリカはすぐ用意できるけど」
「じゃあ、お願いします」
「はいはい。変な発想する奴はいるもんだねぇ……」
武器を取り扱う為、鍛冶屋には武器を試せる練習場が設けられている。
練習場に移動した僕ら。
茜がレプリカを作製する過程で、僕らのリクエスト以外にも聞く。
「素材で武器の重さが変わるんだけど、どうする?」
「『鉄』でお願いします」
茜は、他にも柄の角度や刃の曲がり具合、足場となる峰の厚みも聞き。完成したレプリカを出現させる。
レプリカを手にしたレオナルドは『ソウルオペレーション』で大鎌を浮遊操作する。
浮遊操作に慣れ、いよいよ大鎌を逆さにし、峰に片足をかけるレオナルド。
「うおっ!? これヤベーな!」
体重をかけただけで、鎌が揺れる。
僕が「無理そう?」と聞くとレオナルドは「多分、慣れる」と何度か挑戦した。要は上手くバランスを取れるかどうかだ。
レオナルドが両足で峰に乗ると、重量がかかった分、大鎌は大きく沈む。
大鎌の揺れが収まったのを見て僕は、レオナルドに指示する。
「ゆっくりでいいから真っ直ぐ移動してみて」
「真っ直ぐな。相当揺れるぞ、これ」
感想を述べながらも、レオナルドは柄を支えに上手く移動を始めた。
真っ直ぐから、次はカーブ。それから高度の切り替え。徐々に速度を上げる。
スケボー感覚で慣れてきた頃合いに、レオナルドは僕に伝えた。
「ルイス~、これが最高速度。普通に走るより遅くね」
「うん。そんなものだよ。疲れはしない?」
「ん~………結構、力がいる。STR上げれば長時間いけるな」
「後は三面のボスで回避の練習か……レオナルド、そろそろ戻っていいよ」
『ソウルターゲット』と同じく、一連のレオナルドの動きは撮影しておいた。
改善点は後で観察し、探っていくとしよう。
呆然とレオナルドの動きを見守っていた茜に、僕は尋ねる。
「武器なんですけど、いつ頃完成しますか?」
「……あ、うん。明日には完成するよ」
降りてきたレオナルドが「そんなに早く?」と驚く。
確かに、通常の武器作製は時間が必要だ。
衣装作製なら繊維の着色にどうしても数時間かかるように。
武器作製なら刃や柄に鉱石を使用する際、魔力で形状を整えられる。だが形状変化に数時間かかる。更に、刃を打ち削り、魔力で形状固定し数時間。
それでやっと完成する。
変に疑われたくないのか、茜は種明かしをした。
「あたし、とっくに定年退職のご身分だから暇で暇でやる事がないの。他の人と違って早く仕上げられるだけ。スキルはどうする?」
アバターは若く設定しているようだが、中身はそうではない。
彼女のようなプレイヤーはいなくもない。
むしろ、現実と別人に成り代われるから、美男美女になろうとするプレイヤーが多いか。
僕はスキル要望を出す。
「盗難防止と防御貫通……あと羽毛の加護をお願いします」
「無難にその三つだよね」
「あと……武器の強化や耐久力回復にも来ていいですか。僕たちワケありなんです」
レオナルドが付け加えるように割り込む。
「面倒なトラブルに巻き込まれちまったんです。悪い意味じゃないんすけど」
茜が納得し、呆れた様子だった。
「変な奴に絡まれてるパターンね。VRMMOじゃ『あるある』よ。このご時世だとSNSだっけ? ネットの晒しやる馬鹿はいるんだねぇ。誰も気分良くならないってのに」
彼女も慣れた物言いで了承してくれる。
衣服と武器。この二つは安泰に持ち込めただけ良しとしよう。
皆様、感想・評価・ブクマ・誤字報告ありがとうございます。
なんだか偶然タイムリーな逆刃刀が最近来てしまい、ビックリしました。
これからもよろしくお願いします。