再会
皆さま、評価・ブクマありがとうございます。
今回は少々長めです。
「全く酷い話です。ジョブ昇格の必須条件に衣服作製がありまして、思わぬ足止めで夏エリアの攻略が遅れているのですよ」
不満をぶちまけながら、彼女は僕たちの前で堂々と羊の毛を毟り取っていた。
レオナルドは羊が悲鳴上げる光景に啞然とする。
仕方ない。話に付き合っておこう。
「春エリアの攻略はもう?」
「ええ、バンダースナッチも、その後のマザーグースも倒し終わりました。マルチエリアも一通り攻略しましたし、レベルも上限の50に到達してしまいました」
………は?
何を言っているんだろうか、この女は。
VRMMOのプロが混じっているだろう環境でも、未だ攻略者がいないバンダースナッチも倒した?
嘘じゃないなら、春エリアの攻略は完了したと?
僕は聞き返す。
「本当ですか? バンダースナッチは相当強いと噂に聞きますが」
「ええ、ボスの中では間違いなく強いですね、彼。良い運動ができた唯一の相手です。他プレイヤーの方々が能力に苦戦している訳がないので単純な技量の問題でしょうね」
他プレイヤーは能力に苦戦しているんだ。
やはり、どうかしているな。この女は。
レオナルドは動揺を隠さず「厄介な能力じゃない?」と尋ねる。
涼しい顔で適当な衣服を作り出すカサブランカは「そうですね」と記憶を辿っている。
「例えるなら『モグラ叩き』でしょうか。出て来た所を攻撃すればいいんです」
刺繡師らしく針と糸を用いて戦う。
そう説明があったが、厳密には裁縫道具を自在に操作する念力。衣服を作る針と糸は宙を浮いて、カサブランカは一切触れていなかった。
衣服を完成させた瞬間。昇格儀式のメッセージが届いたようで、彼女は一息つく。
「私はこれで失礼します。――ああ、そうでした。一つ伝え忘れた事が」
恐らく、僕たちにわざわざ声をかけた理由だろう。
カサブランカは、一連の動作を眺めていたレオナルドに対し告げる。
「私のアドバイスを参考したのでしょうが。例の切り返し、想像以上に間抜けな空振りに見えるので改善した方がいいですよ」
この糞女……現実でもこのムーヴを気取ってるんじゃないだろうな………
流石の僕も、冷えた視線を彼女に注ぐ。
醜悪な助言にレオナルドも、反応に困っている。
喋るだけ喋り、そそくさと立ち去っていく姿は一際浮いて、孤独そのものだった。
◆
僕らは染料と繊維の素材、そしてを『魂食い』のジョブ衣装を持って、予約した店に転移した。
広さは、収益がほとんど無い僕の店と同じ程度。
今は僕らの貸し切り状態の店内。奥の方から男性店主が現れる。
「ご予約いただいたルイス様とレオナルド様ですね。どうぞこちらに」
店主は僕らを丸テーブルの客席に案内する。
彼の顔立ちは二枚目と呼ぶに相応しい整ったものだが、痩せこけており、髪はレオナルドよりもボサボサな金のショートヘア。年は若さが残る三十代。
席に座った僕らと向かい合うように店主が座ると、軽い挨拶から始めた。
「私、ミナトと申します。この度は当店のご予約ありがとうございます。早速ですが……今回、作られる衣装はイベント用のものでしょうか。イベント開催まで残り一週間切りましたので、そちらを優先してお作りできます」
店主――ミナトが指すのは、経営店内に自動的に貼られる近日開催のイベントポスター。
以前、カサブランカが触れていたプレイヤー同士のバトルロイヤル。
マギア・シーズン・オンラインが最初に開催するイベントだ。
バトルロイヤルもPK同様、晒し対象にされやすいイベントだ。
匿名で参加して、仮面や衣装で自分を隠せば、気軽に殺し合いができる。
一種の仮面舞踏会状態だ。
無論、ギルドマスターやゲーム実況者は堂々と顔出しするだろう。
僕は、レオナルドに問題の『魂食い』のジョブ衣装を出して貰い。
ミナトに注文内容を伝えていく。
「はい。イベント用の衣装ですが、この衣装に濃い青のフード付きコートを合わせたものをお願いします。それとインナーの背中部分が気になるらしいので布を追加して貰えますか」
「ああ、なるほど。わかりました。でしたらネイビー系の青と白をベースに、インナーと靴も染め直して……このような感じになりますね」
刺繡師系統は、簡単に衣装のモデリングで表示する事ができるので、ミナトは適当に作ったイメージを僕らに見せてくれた。
藍色のコート、フードには白のファーがあり、『魂食い』のジョブ衣装の黒部分がコートと同じ濃い藍色に染まっているのが分かる。
ミナトは更に言う。
「あとは……そうですね。必要でしたら装飾品もオプションで追加できます。あと仮面はいかがいたしましょうか。男性に人気なのは犬面ですが」
戸惑いながらレオナルドは「じゃあ犬で」と答えた。
自称:イベント用の衣装の依頼を済ませて、残りの夏用の衣服の注文を告げ、素材等と料金を支払って店を後にする。
レオナルドは終始気まずそうで、依頼を終えて僕を集会所に誘って来た。
集会所ではイベント参加の事前受付が行われていた。僕は首傾げてレオナルドに尋ねた。
「参加するのかい?」
「しねーと、流石に言われんだろ! 服出来上がるのが早くなるからって、お前なぁ」
「君、罪悪感を覚える方なんだね」
「ミナトさんだってイベント観戦すんだろ」
当然のことだが、レオナルドはイベントに参加するつもりはない。
だけど――今の時期、どこの刺繡師系統の経営店もイベント衣装の依頼を優先する。
僕らはまだ春エリアの攻略を進めていないので、夏服は遅くなっても構わないが、レオナルドの服の完成は来週先になってしまう。それだけが不愉快だった。
レオナルドも、イベント参加の嘘が不穏になっているのだろう。
僕は彼を安心させようとした。
「確かにイベントの観戦映像があるけど、参加者全員を映す事は不可能だ。無理に参加しなくても、たまたま映らなかったで罷り通るよ」
「そうかぁ?」
賑わっている事前受付を観察しながらレオナルドは唸る。
そんな僕らに話しかけた少女が一人。
「ハッ、なんだ。お前らも参加すんのか?」
彼女は、いつぞやの格闘家の少女だった。