実況動画
翌朝。
教室ではジョブ2の解放条件が話題になっていて、情報の発信源はムサシの動画らしい。
悪寒がして、僕も携帯端末から問題の動画を探す。
彼も初期武器を装備し続けていたが、彼の場合は『プライム』スキルと武士の特性上、武器に拘る必要ないから。鍛えていたか怪しい。
ムサシに情報を提供したのは――間違いなくレオナルドだ。
何より、昨日のレオナルドと遭遇した部分は、編集処理がしっかりされているのか。
ランキング上位に入るそれらしい動画を視聴する。
[喋らないの?][呼吸フェチだから助かる]などのコメントが画面に流れるように、ムサシ本人は案の定一切喋らず、吐息程度は聞こえる。こういうスタイルのようだ。
最初は春エリアのメインクエスト五面のボス『ブライド・スティンク』の攻略。
ボス戦を飛ばすと問題のPKKシーン。
集会所で他プレイヤーが『鉱山エリア』でPK集団がいると噂しているのを聞き、彼は『鉱山エリア』に直行。
さて、問題はPK集団を一掃した後。
……編集。されてはいる、が――とんでもなく雑。
あまりの雑さに視聴者のコメントも突っ込みの嵐で、笑いを呼んでいる。
レオナルドに適当な犬の画像を貼り付けて、姿を隠していた。一応隠れてはいる、完全に。
ちなみにムサシが話しかけたシーンは、珍しく喋った事で視聴者は別の意味で驚愕していた。
視聴者コメントによると、十年ぶりに生声が出たらしい。
まぁ……フレンド登録の所もレオナルドのジョブが分からないよう(雑な)犬画像を貼り付けてたので良しとしよう。
「あー! レンレンもムサシーヌの動画見てるんだ~!!」
僕の手元を覗き込んで来たのは、いつもの男子。
ムサシを変な渾名で呼ぶ彼を少し睨んでしまったが、僕は無言で携帯端末を鞄にしまっておく。
彼は、僕の機嫌などお構いなしに話しかける。
「俺さ~ギルド作ったんだよね! レンレン、俺のところ来ない?」
あえて申し訳なく僕は答える。
「ごめん。僕もうギルドに入ったんだ」
「え~……てか、レンレン。ジョブ何にしたの?」
「魔法使いだよ。君は?」
彼を避ける為に一応尋ねてみると、疑うことなく「格闘家だよー」と呑気に返事をしてくれる。
それから、僕は彼に伝えた。
「僕のギルドマスター、他ギルドのフレンドは切るようにって方針でね。結構、厳しい所に入っちゃったみたいだ」
「うっわ。ブラックギルドだったら抜けた方がいいよ~?」
「うん。不味い感じがして来たら、適当なタイミングでそうするつもり」
何事もなくホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
◆
今日は、先に草原エリアで繊維回収。
PKの一件やジョブ2昇格を優先してしまったせいで、こちらをすっかり忘れてしまっていた。
だが、ジョブ2の情報が出回ったお陰で、他プレイヤー達は誰もいない。
夏エリアの難易度も低めらしく、攻略を優先したり、人によっては夏エリアにも経営店や家を建てたり、レベル上げやジョブ2の新要素を楽しんでいる。
春エリア全体的に人が少な目だ。
不穏要素のPK集団も、ジョブ2昇格し夏エリア攻略を優先させなければ、他に遅れを取るハメになるからか現れていない。当分、心配はなさそうだ。
繊維素材には色々ある。麻や綿、蚕の絹から、羊のウールまで。
大鎌なら生えている植物繊維、蚕の絹の回収は簡単だが、羊に関してはなかなか難しい。
レオナルドが『ソウルターゲット』を使い、放牧されている羊を追い込んでいく。
「うおおおおおおおお!!!」
めぇ~
「あああああ! また変な方向行きやがった!!」
めぇ~
「何匹か逃げた!!」
めぇ~
……という具合に、牧羊犬が如く誘導しているレオナルド。
繊維集めは、本来なら盗賊が適任だ。
彼らは道具の一種に網を所有している。元よりAGIが高いので、自力で煙玉や爆弾で羊を誘導し網のトラップで大量に捕獲。武器のナイフで羊の毛も刈れる。
他の武器では刈れず、ピッケルと同じく『毛刈りハサミ』を用いる必要がある。
そして、レオナルドが誘導してくれた羊が僕に接近してくる。
『麻痺粉末』を羊たちに撒き、彼らの動きが止まったところで急いで毛を刈った。
ウールは冬服用だが、これから向かう秋や冬エリアで必要になる。誰もいない内に余裕もって素材を備蓄して損ではない筈。
繊維素材を最大スタック数の99まで揃え、レオナルドの分も合わせれば一先ず安心だ。
僕はレオナルドに告げる。
「お疲れ様。そろそろ行こうか」
「はぁ~……やっとかよ。服屋行って、次はメインクエストの3面だろ?」
麻痺状態が終わった羊たちが慌ただしく飛び上がり、僕らの脇を通り抜けていく。
しかし、毛を刈らなかった羊たちのみが再び囚われた。
僕らの仕業ではなく、皮肉にも糸に巻きつけられ、身動き取れない状態に…………
不可解なのは羊たちを捉えた糸。
まるで生きた触手のように蠢いて、羊たちを持ち上げている。
一人の女性が、僕たちに話しかけて来た。
「おや、まだ3面なのですか? 随分遅いですね」
僕もレオナルドも沈黙する。
相も変わらず澄ました顔で倫理観ない物言いする女など、一人しかいない。
カサブランカだ。
本日は投稿が遅れて申し訳ありません。
評価、ブクマありがとうございます。