賭け
僕は興味本位でアルセーヌと共に、ギルド『ワンダークロース』へ顔を出した。
揉めている現場に僕も向かいたいとアルセーヌに言って、あっさりOKされるのは驚いたけど。
てっきり、余計な首を突っ込むななんて邪見扱いされるかと思ったのに。
ただ、珍しく苦い笑顔で「うるさいと思うぜ?」とアルセーヌが忠告する。
ギルドメンバーである僕らは、自動的に拠点のエントランスへ転移された。
エントランスには、料理店コンテストで展示できなかった妖怪達のステンドグラスがはめ込まれてある。
家具が配置されてある……けど、まだ小規模なギルドの初期配置。
要所要所、青薔薇モチーフのインテリアが設置されているだけ。
受付には受付嬢の代わりにレオナルドのペット、眠りネズミのジャスミンと不死鳥のリデルが待機していた。
内装が杜撰過ぎる。完全に疎かじゃないか。
レオナルドのギルドだけど、ちょっと手を入れたい衝動に駆られそうだ。
そんな僕を他所に――とんでもない泣き声がギルドの向こう側から響き渡っていた。
幼子の泣き声といい勝負な騒音である。
アルセーヌは再度苦笑いを浮かべ「ほら、言ったでしょ?」と僕に振り返った。
一体、誰が泣いているのかと眉をひそめたが……まさか。
とんでもない事に、俄かに信じ難いが。
泣いているのはロンロンだ。
英国紳士風で残虐非道の加虐趣味な人外が、餓鬼のようにギャン泣きしているなど、キャラ崩壊とかより、僕ですら頭を抱えそうになった。
普段の奴の振る舞いを幾度も見て来た身であるから、尚更。
何故か、僕の方が羞恥心のような感情を覚えいる。
成程、向こうはとんだ地獄絵図だろうな。
不思議と受付にいるリデルとジャスミンも呆れた様子に感じた。
泣き声が聞こえるのは『練習場』。
当事者のレオナルドとカサブランカ以外にも、クロスヴィルと祓魔師の黒髪の少女ともう一人、夏属性と思しき祓魔師の男がいた。
僕の知らない祓魔師の男は、ギルドに加入した『緑光』だと分かる。
ギルドメンバー同士分かるように、特殊なアイコンが表示されるからだ。
カサブランカは相変わらず、手元の爪をいじる動作をして、対峙するレオナルドとは視線すら合わせない。
そんな奴にしがみついてオイオイ泣いているロンロン。
レオナルドだけが不満そうな表情を浮かべ。
他は困惑もとい呆れの雰囲気が漂っている中、呑気にアルセーヌが緑光に声かけた。
「新人君、どういう状況なの」
嫌々しく「その呼び方やめろ」とぼやきつつ、緑光が答える。
「ロンロンが喚き散らすもんだから、取り合えずコッチ移動しただけだ」
「えー? 話し合いで解決しない流れ??」
不機嫌そうなレオナルドの表情にアルセーヌが複雑な感情を露わにしていた。
純粋にレオナルドがロンロンに気使って、どうしようか思案中。……ではなさそうだ。
むしろ、僕もあそこまで不快感を表情に浮かべるレオナルドは初めて見た気がする。
双方睨み合うような状況下。
沈黙を破ったのはカサブランカ。
「もう結論を出して貰えませんか。私の同意なしに解呪できないのは変わりません」
「……わかった。お前の賭けにのろう」
賭け?
何となく練習場にいる時点で予想ついていたが、勝敗で決着するらしい。
バトルロイヤル前なのに、思わぬ形でレオナルドとカサブランカの対戦が行われてしまった。
ふと、僕は状況を把握したうえで言う。
「賭けと言いますが、一体彼女の方は何を要求したんですか?」
この場合、レオナルドがカサブランカの解呪を望んでいるのは確実。
ならば、カサブランカは――
黒髪の少女が僕に気づき、応えてくれた。
「カサブランカさんの方はその……フレンドを切る様にと言われたんです。だから、レオナルドさんは直ぐに返事が出来なかったのかと」
「……は?」
つい最近、フレンドを了承した癖に。
あっさりとフレンドを切る。いや、切れと要求してきたのかコイツ。
本当にとんでもない奴だな……
クロスヴィルはチャットでメッセージも出さずに、二人の様子を伺うばかり。
アルセーヌは「うわ~」と面倒そうな声色で見届けようとしていた。
緑光も、黒髪の少女も、僕もレオナルドとカサブランカの対決に関心があったので、見物する体勢になっていた。