紅
「……ん?」
レオナルドはふと我に返った。
だが、周囲の様子は全く分からない暗闇に包まれており、ポツンとレオナルドだけが存在する。
ここはどこなのか?
否、それどころかレオナルド自身、何をしていたのか記憶にない。
秋エリアの妖怪達に『プレゼント』を配達し終えたような気がするのだが……
暗闇には何もない、誰もいないと思っていると向こう側から誰かがやってくる。
レオナルドだった。
ただし、服装だけが派手な深紅のナポレオンコートに、ダイヤと黒のレースの飾りがついたシルクハット……そう『深紅のオーダーメイド』を着こなしている。
優雅に歩く自分自身の姿にポカンと口を開けていたレオナルド。
もう一人の彼は、少し遅れてレオナルドの存在に気づき「おや、ようやくか」とぼやく。
態度がわざとらしい。
最初からレオナルドがいた事に気づいていただろうな姿勢で、赤のレオナルドが告げた。
「初めてまして、俺。……いや、ややこしいな。蒼とでも呼ぼうか。私の事は紅と呼べ」
「えっと……? 紅? 蒼??」
蒼のレオナルドが事態を飲み込めず、言葉を繰り返すばかりだった。
一方で、紅のレオナルドは気だるい態度で話を続ける。
「一度しか言わんからよく聞け、一度だけで理解しろ。私とお前とで役割分担をする事になった。お前は配達。私は戦闘」
「え………なんで?」
「脳の負担を減らす為だ」
「の……? そんなに負担があったのか……??」
「でなければ。意識を二つに分ける必要はない」
「成程? そうなのか」
朧げながらレオナルドは納得した。ついでにある点についても尋ねる。
「ギルドの設立もお前が?」
「そうだ。必要経費だからな。プレゼントを配る為と私の理想の為に。あの忌々しい汚物を排除する為に――我が愛しのカサブランカの為に」
紅が語る通り、レオナルド自身もそれを計画立てていた。
コツコツと金を積み重ねていたが、漸くカサブランカの呪いを解く日が来たというのか。
何より、レオナルドは立ち去ろうをする紅に対し慌てて呼び止める。
「カサブランカの呪いを解くのか?」
「嗚呼、だから体を寄越せ」
「……え?」
「もう寄越しているがな」
★
上級妖怪の呪いだけは特別で『祓魔師』四人以上による浄化が必要。
今となっては、少し聞こえが異なる。
厄介だから必要人数が設けられているのかと穿った見方をしそうだが、呪いによる妖怪を魂を使役できるようになると、一個人が上級妖怪の呪いを獲得できるのは中々不公平という意味合いに聞こえなくはない。
呪いの浄化は、祓魔師にとっては呪いという素材獲得チャンスであり。
呪いを解呪して貰うプレイヤーによっては、相手に塩を送る事でもあった。
最終試験に合格したレオナルドも薄々カサブランカの態度に察しがついていた。
正直、カサブランカは呪いを解く事に積極的ではないのではないか? と。
多分、彼女は祓魔師の最終形態を予想ついていたのだろう。
そして――呪いを解く事で、ロンロンの能力を消失すると同時に、ロンロンの呪いをレオナルドに差し渡すのだ。
幾らなんでも乗り気にならない。
だから、あの態度だったのだ。
「知らんな、そんなもの」
と、勝手に『レオナルド』が語る。
いつの間にか『深紅のオーダーメイド』に衣装を変えた紅のレオナルドは、冬エリアのマイルームで準備を整えており。
次は、楓の店に転移しようとメニュー画面を操作していた。
体の自由を奪われた蒼のレオナルドが、いつもの調子で紅の方を諭す。
[待ってくれよ。呪いを解く前にカサブランカと話し合った方がいいって]
「何を待つ? 彼女がどのような目に合っているかも知らぬ癖して能天気な。彼女にへばりつく汚物を洗い流すのに同情など必要ない」
転移した楓の店にある待合スペースに、先客が二人いた。
深緑のトレンチコートをベースに全体的に黒の上下ズボンと黒ブーツの恰好は、以前レオナルドと出会った時と変わらない、おかっぱ頭の少女『凪』。
対して、彼女とチャットごしで会話しているという奇妙なスタイルをする男性。凪と似たファーをつけた黒のロングコートに黒ズボンという恰好の赤髪の男性『クロスヴィル』。
凪に関しては久方ぶりで、クロスヴィルは初対面のレオナルド。
彼の事情はつゆ知らず、凪が以前と変わらない様子で話しかけて来た。
「お久しぶりです! レオナルドさん」
「ああ、どうも久ぶり。そちらは初めまして」
クロスヴィルは呑気に[初めまして、今日はよろしく]と外見に似合わず子供っぽい文面で返事をする。
凪は早速、色々と事情を説明する。
「ホノカちゃんのギルドから離れてしまってから、あまりこちらにログイン出来なくてすみません。あ、でも。最終試験、クロスヴィルさんのアドバイスのお陰で無事にクリアできました!」
「それは良かった。……彼女は?」
ほくそ笑むレオナルドが二人に問う。
凪は「ええと」と言うべきか躊躇していると、クロスヴィルが助け舟を出してくれる。
[奥にいるけど、今は邪魔しない方がいいかな]
クロスヴィルは気使ったつもりなのだろうが、紅のレオナルドはそうならなかった。
「いいや。それでは駄目だな」
険しい表情でレオナルドが奥の部屋を目指す。
初めて見る『レオナルド』の様子に、以前の彼を知る凪は困惑を露わにしていた。