怪盗
僕とアルセーヌが向かったマルチエリア『ポインセチア雪原』。
地形は平坦だが、要所要所にクリマスツリーの林があり、そこに『サンタ』がいる。
初期地点であるスポーンクリスタル周辺に転移した僕の視界からでも、林の近くでウロつく鋸を持ったゴブリン『カリカンジャロス』、氷の馬に跨る軍隊の恰好をした男『ジャックフロスト』が駆け回る様子を伺う事ができた。
早速、アルセーヌが「まず索敵からね」と僕に告げる。
僕は遠距離攻撃用の白薔薇を複数作製するのと同時に『マーキング薬』を取り出す。
白薔薇作製の際に、別の素材を一緒に混ぜるように取り出せば、白薔薇に『マーキング薬』を取り込める。
ほのかにピンクがかった複数の白薔薇を四方に飛ばす。
これで一定範囲の敵にマーキングされる索敵が完了。
続いてトラップ解除。
トラップの場合、接触判定のあるものに触れた場合にのみ発動するもの。
つまり、白薔薇のように地面に接触しない攻撃では解除はできない。
武器である兎から薬品液を発射、広範囲に放ち、トラップがない旨を視認してから前進する。
アルセーヌは周辺を目視で見渡してから言う。
「取り合えず、このエリアは高台がないし、『範士』『砲弾士』『賢者』は滅多にいないかな。一応、クリマスツリーの林周辺で身を潜める事はできるけど、あそこに屯ってるとゴブリンが積極的に寄って来るから」
「成程。ただ、冬エリアに到達した『範士』と『砲弾士』はいるんですか? 個人的な偏見ですが『範士』と『砲弾士』自体見かけないもので」
「あ~……やっぱり攻撃でアイテム消耗するからその二つでソロやってる奴は少ないね。でもギルドがバッグにいたら別。大量生産できる訳だからさ。そんでもって『範士』と『砲弾士』で冬に到達してる奴は一応、『砲弾士』だけ見かけたね。一人」
「居ないじゃないですか……」
「いやいや、一人いれば、いづれかコッチに流れてくるって」
呑気に会話を繰り広げつつ、僕は索敵を続ける。
雪原に積もる雪に紛れ込んでいる『雪入道』に対し、武器の兎練り切りによるロケットを放つ。
遠くを徘徊していた『ジャックフロスト』が数体こちらに向かって突撃する。
僕が遠距離攻撃の白薔薇を放ったが『ジャックフロスト』は冬のエネルギーを纏って一定時間怯み無効状態と化す。
僕は仕方なく防御を展開しようと構えた。
すると『ジャックフロスト』は突然、何かに拘束される。
雪原から黒薔薇の蔓のようなものが生えており、それにより動きが止められた瞬間。
黒薔薇のエフェクトと共に銃弾が放たれた。
攻撃の主は、当然アルセーヌだった。
あの黒薔薇は……ひょっとして、怪盗の最終試験に関係した奴だったのか。
アルセーヌが手元に出現させた銃は暫くした後、黒薔薇のエフェクトと共に消滅した。
苦笑しながらアルセーヌは言う。
「ちょっとエフェクトが煩いと思うけど我慢してくれる? 最速クリア目指してたから最終試験も適当にやっちゃってさ」
「ああ、いえ。気にしませんよ」
盗賊系の戦闘スタイルを把握する機会なので、奴の動向を観察する。
盗賊系も『範士』や『砲弾士』と同じく盗賊系専用の消費アイテムがあり、それらを駆使して有利に立ち回るのが基本なのだが、怪盗に昇格してからは様子が異なる。
最近出回っている情報によれば――怪盗の昇格条件が『盗んだアイテムを一定時間、自宅やギルドなど自身の拠点に配置する』という謎めいたもの。
否、怪盗の響きから、連想できなくはない条件ではあるのだが。
そして、拠点に配置された盗品を行使する能力を取得するのだ。
先程アルセーヌが出現させた銃も、何かから盗んだ代物で、地獄のような自宅に置かれてあったのだろう。
だが、アルセーヌに関しては一般に出回った内容を上回った挙動を披露する。
幾ら盗品を自在に活用できるとは言え、例の黒薔薇がエフェクトだけではなく、複数の武器を操作する為にも使われている。
クリスマスツリーの林に入る手前、ゴブリンの『カリカンジャロス』が群れを成して僕らに接近する手前で、黒薔薇の蔦が虚空より生えてきて、それらが同様に出現するアルセーヌの盗品らしき剣数本に巻き付き、攻撃をしかけた。
紛れもなく、カサブランカと同様のことをしている。
アルセーヌは、もう他にも無数の大鎌に巻き付いた薔薇の蔓を操作し、回転攻撃で木々から木材の素材を迅速に採取していた。
呆気に取られていた僕に呼び掛けながら『カリカンジャロス』の処理の次に、別方向から突進する『ジャックフロスト』の対処をする。
「素材回収よろしく! ちょっとコイツらから盗んだりするんで、手間かかっちまうわ」
「――はい。分かりました」
奴のちょっとはほんの数秒の話なんだろう。
とはいえ、僕も奴の指示のスピードについて行く。
恐らく、マルチエリアの周回はこの程度の対応でさっさと済ませて、エリアの最深部まで向かわなければならない。
僕も『ハサミ菊』の練り切りによる接近攻撃で素材採取を行う。
『ハサミ菊』の形状で回転を行うことで、連続攻撃判定になり木材や鉱石の採取に効率よい。
アルセーヌが周囲の警戒をしながら後ろ向きで僕に駆け寄りつつ、無季特有の漆黒のエフェクトが周囲に展開された。
「ルイス君。索敵忘れたら駄目だぜ。あそこにいるな」
「すみません。……PKですか?」
僕も索敵を怠った事に失念しつつ、アルセーヌが警戒する方角を伺うと。
林の奥の方で激しく何かを打ち合う効果音と、青い閃光のようなエフェクトが幾つか走った。
アルセーヌが「他のところ警戒して」と真剣な趣で述べ、向こう側を見つめながら、向こう側では相変わらず青だったり赤だったり、何かのエフェクトが飛び交う。
気になってしまうが、僕は僕で他方角に索敵用の白薔薇を飛ばす。
しばらくした後、突然、エフェクトや効果音が収まった。
アルセーヌが長い溜息をついて「諦めてくれたわ」と僕に告げて、奥へ目指すよう促す。
僕は状況がサッパリだったので尋ねた。
「向こうの相手はなんだったのですか?」
「んー……ちょっと珍しい『賢者』だったな。でもルイス君が相手しなくて良かったよ。ありゃハメコンボ系統のプレイヤーだからさ」
「ハメ……? 賢者でですか??」
ハメ技というのは、ゲームの系統によるが、MPなどの概念があるマギシズでは特殊攻撃系より格闘家などの接近戦のジョブでやってきそうなものだ。
アルセーヌは珍しく疲れた様子で言う。
「そ。魔石を上手く使って相手の動き止めて即死コンボ決める奴かな? 向こうで打ち合いし続けたら、長引くと判断して去っていった感じ。いくら量産できても、魔石の消耗は痛手だからな」
……やはり、相手によっては僕の理解の範疇を凌駕するプレイヤーもいる訳か。
分かり切っていた事だが、マルチエリアの周回を一人で熟すには、まだ色々と難しいところがありそうだ。