息子
いよいよ、舞台となる秋エリアの最終ボスに挑む僕……とアーサー。
思えば最終ボスに挑むのは、これが始めてだった。
マザーグースも、アーサーも、レオナルドが攻略してその情報を僕が取得していた。
ティアマトは正直、ウシュムガルよりも厄介ではないし、面倒ではないので問題ない。
そこではなく……アルセーヌの言葉。
僕はある可能性を感じていた。
レオナルドはきっと秋エリアの妖怪関連のイベントに関与している。元々、マザーグースの関係者『スパロウ』の件で、秋の妖怪と接触を試みようとしていた。
つまり……
廃村の入り口に到着した僕、それと傍らで浮いている兎の練り切り型の武器。
そんな僕らの前に『しき』が出現し、小声で説明をした。
「いよいよ、ここまで来たヨンね。この廃村のどこかに『ティアマト』が潜んでいるヨン。貴方にはそれの確認をして貰って……『ティアマト』を撤退させる事が最後の任務だヨン」
更に厳しく『しき』は付け加えた。
「いいヨン!? 絶っっっっっ対に『ティアマト』を攻撃して、向こうが撤退するまで頑張るヨン! ただ一つ、アイツから逃げようとしちゃ駄目ヨン!! 分かったヨン?」
そうして『しき』は姿を消す。
あまりにも意味深な発言なのだが、これが攻略において最大のヒントになる。
兎姿のアーサーも不思議に思ったのか問いかけた。
『あの妖精の物言いはなんだ。ここまで来て逃走とはならんだろう』
「……これもティアマトの特徴なんです。マザーグースが法で支配したように、ティアマトもこの一帯の妖怪を謳い文句で縛り付けています」
それこそ、料理店コンテストにて残されていたメッセージ。
[来る者は受け入れよう、しかし去る者は許されない。我らは未来永劫『不変』なり]
つまり、秋エリアから去ろうと逃れる妖怪は断固として許さない。
夏エリアに留まるトリスタンにも同様の事が言える。
そして――これ自体が現在のティアマトの方針であり、思想や動向にも影響を与えている訳で。
「それに準えて、ティアマトは積極的に向かってくる相手には消極的に扱い。逆に逃げ出す相手には本気になるんです」
通常、まさか最終ボス戦で逃げる選択を取るプレイヤーはいないだろう。
無論、他のボス戦では逃走をする事は不可能。
ただ唯一、ティアマトだけは逃走する事ができるのだ。
通常の戦闘を行えば難易度は低い。
逆に、逃走を選択すれば最終ボスに相応しい高難易度仕様になる不思議なボスなのだ。
ちなみに高難易度仕様のクリア者は、現時点で三名。
一人はムサシ。
残る二人は不明だが、一人は恐らくカサブランカ。
最後の一人はひょっとしたら……いや、憶測に過ぎないか。
すると、事情を把握したアーサーが何故か鼻で笑い『そういう事か』と何かを納得する。
『折檻してやろうと思ったが、無意味のようだな。それに――奴が極端な思想回路であれば、成程、色々と納得がつく』
「何がです?」
『お前には関係ない。こちら側の事情だ。とにかく奴に関与する必要性が私にはなくなった。お前は好きにするといい』
アーサーの思考が読めないが、妖怪側の都合はなんなのだろうか。
僕は戸惑いを隠しつつ、廃村へ向き直る。
「僕は……少し確認したい事があるので、ティアマトに接触します。付き合って貰いますよ」
人の姿も気配もなくなった村の中を捜索すれば、件のティアマトに関する情報が見つかるらしい。
僕はそれを無視し、淡々と奥へ歩み続けた。
兎の武器も自動的に僕の後を追いかけて来る。
村の居住区から少し離れた位置にある薄暗い防空壕跡のような洞窟。
申し訳程度の鉄格子がはめ込まれており、奥は深淵が続いていた。
ここに、奴がいる。
僕らが鉄格子の前に到着したら、奥から姿が見えないものの、陽気な声色が聞こえて来る。
「おや、どちら様でしょう?」
この声……聞き覚えがある。
僕はそこを無視し、奴に尋ねたい事を真っ先に言う。
「貴方にお聞きしたい事があります。レオナルドという人間はご存知でしょうか」
しばしの沈黙の後、「もしかして」と先程より興奮気味に話してくる。
「貴方はレオナルドと――私の息子のご友人でしょうか? ああ! これはこれは!! いつも私の息子が大変お世話になっております! 遠路はるばるご足労おかけして申し訳程度ございません! 見ての通り、ここは辺鄙なド田舎で何もございません。お茶菓子も用意できなく、ああ、本当に本当にありがとうございます」
………………………………?
…………????
な、なにを……何を言っているんだコイツ……???
息子……息子?????
誰が?
レオナルドが??
僕は無意識に言葉を漏らしていたのか、奴が僕の謎に対し上機嫌で答えて来る。
「ええ、そうです! 私はあの子の父親になったのです!! ああ、勿論、血の繋がりはありませんから義理の父親ですけども!」
「……な……何故、どうしてそんな事に?」
本当に何故なんだ?
こればっかりは、流石にレオナルドから義理の父親になってくれなど頼んではいないだろう。
マザーグースと友人になってくれと頼むのとは、別ベクトルだ。
そしたら、奴はこう答える。
「だって、だってあの子――私、そっくりなんです!!!」
「―――」
「私ね。やろうと思えば何でも出来ちゃうんですよ。これ他人に言ってしまうと怒られるんですけどね! でも事実なんです。あの子もそうです。ご友人である貴方ならご存知でしょう?」
言い難い感覚が僕に纏わりついてくるのを感じる。
お前とレオナルドは違う、違うだろうと否定したいのに、出来ないのは事実を突きつけられているからだった。
最悪な事に、コイツの言葉は真実だ。
「でもですね。あの子、周りの環境が駄目だったせいで不完全なんですよ。聞いて下さい。あの子にね、泣いて下さいと試したら、泣く事ができなかったんですよ! ああ、何という事でしょう。普通はね。周りを見て、悲しい時には悲しいフリをしなくちゃって学習するのにあの子の周りは、それを咎めなかったせいで泣く事を学習しなかったんです」
一体……一体こいつは何の話をしているんだ。理解したくない。怖気が走る。
「よくあの子、眉間にしわ寄せする顔をしているでしょう? あれですね。引き取ってくれた叔父さんの真似をしていたんですよ! 酷い話でしょう? これでは社会に溶け込めないではありませんか! あまりにも他人事に見えなくて、可哀想で!! だから今、私が色々教えてあげているんです。父親として!」
深淵から奴の姿が露わになった。
以前『太古の揺り籠』で遭遇した茶髪の――あの男だ。
服装は薄汚い茶色の長袖に、白のズボンで素足という。ラスボスらしさの欠片もない貧相な恰好。
だが、奴――ティアマトの言動が不快感を与え続ける。
極めつけは、奴の表情だった。
「取り合えず、普通で見栄えある笑顔の練習からさせてみたんです。こんな感じのを。どうです? レオナルドはこうやって笑っていましたか??」
気づいた時には、僕は離脱ボタンを押してしまっていた。
震えが止まらなかった。
恐怖、とは違う。
生理的な嫌悪感とはこういうものなのか。だが、少し僕の体は震えていた。
一つ言えるのは、奴が作っていた表情は――つい最近、僕と再会したレオナルドと同じ微笑だったという事だけだ。