ティアマト
秋エリア最終面の道中はビックリするほど何もない。
標高のあるところの山道の為、遮蔽物は少なく、木々は一切生えていない。このような標高のあるエリアでしか採取できない植物や、鉱石があったりする。
ただ、ここまでの秋エリアと異なり、風が激しいうえ――寒い。
薄っすら山の反対側に雪原が広がる光景を伺えた。あそここそ、次のエリア――『冬エリア』だ。
僕は最終試験合格で入手したジョブ衣装を身に着けて、最終面に挑んでいた。
ジョブ衣装はジョブ3昇格で取得した制服とコートを更に厚着にしたもの。
唯一、僕の季節の色である『白』をベースに『青薔薇』の刺繡模様が散りばめられ、アクセサリーは『季節石』で作られ、アクセントに使われている帯の色合いは『賢者の石』に取り込んだ薬品の色合いと同じ。
衣服に『賢者の石』の素材が使われているようだ。
他にも、冬エリアという事もあり自動的にスノーブーツを取得したが、今回は脱いで、登山用ブーツに履き替えてある。
道中には『やまびこ』に『鎌鼬』『ブロッケンの怪物』小さい規模の『ダイダラボッチ』が出現する。
稀に冬エリアに近い事もあり『雪女』や『雪男』などが出現したりする。
休息できる中間地点に到着し、僕はステータスの回復薬品を使用し、一息ついた。
ここからだと霧かかって目視は難しいが、あの向こう側に、秋エリアの最序盤で『しき』から説明され拡大された『廃墟』がある。
ただしくは寂れた『廃村』というべきか……
『何故わざわざ、こんなところを拠点にしているのやら。理解できないな』
と、僕の傍らを寄り添うようについてきていた、しがみつけるサイズの兎の練り切り――の形状をした武器からアーサーの声が響く。
僕としては、ウシュムガル戦でやった通り、ウサギミサイルの形状で移動できればいいぐらいにイメージしていたが、どうやら秋の女神は結構反映をしてくれたらしい。
アーサーの存在が、ちょっとしたマスコットになっている。
それに、ウシュムガル戦で気づいたが、こうしているとアーサーの存在自体を隠匿できるらしく、ウシュムガルも最後までアーサーの存在に言及しなかった。
アーサーも、理解しているのか我慢しているのか。
この形状に文句は言わない。
「目的地の廃村は、かつて人間であった頃の『ティアマト』が属していた村であり、彼の死刑未遂が行われた因縁の地だからだそうです」
『未遂であれば不満はないだろう』
「いえ、ティアマトは未遂だからこそ不満を抱き、それが原因で妖怪に成り果てたとか……」
『どういう理屈だ』
「本人に直接会えば分かりますよ。……ここまで来て言うのもなんですが、彼は相当話の通じない相手です」
★
ティアマト。
これは人間が彼の真名の効力を発揮しない為に呼称する偽名。
以津真天。
これが秋の大王たる彼の妖怪としての真名。
名前の響きで連想できる通り、いつまでも事象を永続させる呪いを与える妖怪。
いつまでも同じ動きをし続ける。
いつまでも疫病を反映させ続ける。
いつまでも悪天候を持続させる。
いつまでも、何時までも、何時迄も、イツマデも。
『マギア・シーズン・オンライン』の世界観において『いつまで』という言葉が禁止用語に扱われており、その元凶が奴――秋の大王なのだ。
奴にはもう一つ名があった。
『ワーグテーラー』……これこそ、彼が人であった頃の名。
彼は最終面の舞台となる小さな村の住民で、そして、自ら冤罪を被った大罪人。
幼馴染の女性が犯した罪を被った。
具体的な罪の詳細は不明だが、この世界観において厭忌される行いだったらしく、冤罪の彼は毎日暴力を振るわれ、腐った食事を与えられ、週に一回は村中を引きずり回されたという。
しかし、彼はそれに満足し充実感を覚えていたのだから異常だ。
ワーグテーラーが一種のマゾヒズムだったから、ではなく。
彼は女性の冤罪を背負い続ける努力による充実感と、女性の冤罪を完全に完遂する果てにある努力の結果を求めていたという……
努力の結果、何かを得られる。
それだけ聞けば素敵な響きに聞こえるが、ワーグテーラーは努力の必要のない充実した人生を送っていた。
故に自ら冤罪を被る努力に挑んだ……とか。
何かズレている、常人ではない思考回路にプレイヤーからは「コイツやばい」と設定だけで引かれている。
ワーグテーラーが背負った冤罪が、世間にて死罪に引き上げられたことにより、いよいよ村で死刑が行われる事になった。
だが、ここに来て遂に耐えられなくなったのは――件の女性の方だった。
ワーグテーラーが死ぬのだけは、と自ら罪を認め、村が騒然となった一方。
ワーグテーラーは、激怒した。
激怒というよりも彼はここまでの努力を不意にされた事と、努力を完遂できなかった事にコントロールできない感情を暴発させ。
結果として、妖怪に変貌を遂げてしまった。
努力の結果――妖怪になったのは皮肉で、悲劇だが、ワーグテーラー……否、ティアマトの場合は努力の末、妖怪に成れたのだから、これから先は全力で妖怪の行いを全うすると、最悪な宣言をした。
そんな、いつまでいっても最悪な奴の下へ、僕らは向かっているのである。