黒薔薇
動画の視聴を終えた頃、ちょうど昼食の時間になった。
親族と共に頂くのは、わざわざご足労頂いたプロの料理人のフルコース。
食事時間だけでも長々しいが、この時ばかりはゆっくり食事がとれてよかったと思う。
エスプレッソの能力……あれは錬金術師の最終試験をクリアして可能なものなのか?
いや、可能だとしても、僕は一息ついてしまう。
冷静に思い返せば、特別エスプレッソの戦闘が優れているとは感じなかった。
コメント欄では「凄い」だの「強い」だの評価されているが……実際、僕がムサシやレオナルド、カサブランカの実力を目の当たりにしているからだろう。
僕はエスプレッソも八雲も優れたプレイヤーではないと判断した。
確かに、二人の相性はよく。コンビネーションが優れている。
ただ――それだけだ。
エスプレッソの戦闘も別に大したことない。
他のプレイヤーと特別変わった事をしただけで、すぐ全体に浸透すれば物珍しさは消え失せる。
八雲も同様だ。
僕が求めているものとは違う。
やはり、レオナルドの代わりを探して、秋エリアの攻略に挑むべきなのだ。
……その代わりは、どうやって探そうか。
今時だとSNSや掲示板で声を募るものだが……
僕が部屋に戻って端末を確認すると、誰かからメッセージが届いている。
アルセーヌからだ。
急に説明もなく[俺のマイルームに来てくれない?]とだけある。
僕は仕方なく向かった。恐らく、僕が動画投稿をしていない事を言及するつもりだろう。
僕がログインと共に、アルセーヌのマイルームに転移すると………
「……え」
間抜けな声を出してしまった。
レオナルドと共に尋ねた時とは別世界で、物で埋め尽くされている。酷い空間だった。
薬草系など腐らない植物の素材から、他ジョブの武器まで、壁から天井、床を埋め尽くす勢いで物に溢れ返っている。
というか、転移した僕の足元には盾が敷かれてあって、その下にまた薬草や木材、盗賊系のアイテムらしい手裏剣やクナイなどが物の隙間から見えた。
酷いゴミ屋敷だ。
アルセーヌはどこにいる???
「アルセーヌさん」と呼び掛けながら、道っぽい道を進んでいくと、キラキラと特殊なエフェクトが漂う。
それを追っていくと、戸棚や家具を積み重ねて作った収納スペースに、ポツンと花瓶がある。
花瓶にあるのは――黒薔薇。
黒薔薇から特殊なエフェクトが発生しており、ゴミの中で、ソレだけが一際輝いていた。
僕が興味本位で近づこうとした矢先。
「ルイス君、こっちこっち」
アルセーヌの声が聴こえた。
奴は、黒薔薇がある花瓶を鑑賞できるようなスペースに腰かけていた。
どこからか拾ってきたようなガラクタの椅子に座るよう、奴が促しているので僕は渋々従う。
腰を下ろして、僕は尋ねる。
「僕を呼び出したのは、動画の件でしょうか」
「ん? 全然違うけど」
悪い意味で古びた箱をテーブルにし、その上にあったコーヒーを飲むアルセーヌ。
コーヒーの容器は特徴的な青色でサンタクロースの柄……所謂『ワンダークロース』のデザインがある。
この容器は試作品だろうか。
しかし、問題はそこじゃなかった。
アルセーヌが告げる。
「料理店コンテスト終了後にアップデートが来たら、ギルドから抜けて貰いたいんだけど」
「……は? 何故ですか」
「いやいやいや、何故って!」
アルセーヌはコーヒーを吹き出しそうな勢いで、せせ笑った。
「君だってギルドに長居したくないだろ? だから――ギルドメンバーから抜けて貰って『ワンダークロース』と提携関係になって欲しいんだよね」
「……それは」
僕は言葉が詰まる。
共存関係を継続するのにギルドメンバーでいる必要はなくなる。
料理店コンテストが終了すれば、ギルドメンバーの必須人数が撤廃になるから、僕がいなくなっても問題ない。
ただ、僕は一応の確認をした。
「青薔薇の薬品や鉱石の製造はどうするんですか。僕の『賢者の石』がなければ生産量は」
「色々やってるから大丈夫。後先なにも考えてない訳ないし、俺が手回したり、バイト君も雇ったのも、君依存にしない為。何よりさ。君だって『賢者の石』が使えなくて困ってるだろ?」
「……今は、普通の戦闘に慣れる為の特訓をしていますので問題ありません」
「で・も。いづれは『賢者の石』を使いたいだろ? それとも『賢者の石』禁止の縛りプレイでもやるつもり?? それはそれで面白いけどな~」
ケラケラ道化のように笑うアルセーヌに苛立ちが込み上げる僕。
一方で、奴はこうも付け加えた。
「まあ、相棒も君の事を気使って『賢者の石』がなくても生産量を安定させようとしてるのさ」
「レオナルドらしいですね。……でも、僕がギルドメンバーから抜ける必要はないのでは?」
「え? あるに決まってるじゃん。少なくとも俺は君の事、ぶっちゃけ信用してないから」
コーヒーを飲み干しながら、サラリと述べるアルセーヌ。
僕は何ともいわず。
反面、奴に対する苛立ちが不思議とスンと冷えた。
アルセーヌが普通に話を続ける。
「相棒にはちゃんとアイテム管理徹底させてるし、他の奴にシステムとか諸々操作できないように設定もしておいたけど。それを踏まえても君が何しでかすか警戒するのは当然だろ? お陰で俺も大事な私物をギルドに移動できてないもん」
「酷い言い草ですね」
「仕方ないだろ? どうせ君、また相棒に頼ろうとするだろうし」
「何をですか」
「攻略とか、マルチエリアのパーティとか? 結局、ソロでやる気ないのは分かってたけどね」
「……」
「強いていうなら~……秋エリアの『ティアマト』の所まで行ってみたら、君の疑問は解消されるぜ」
「どういうことですか?」
「まあ、行ってからのお楽しみだよ」
不敵に笑ったアルセーヌによって、強制的に奴の部屋から追い出された事で僕はワンダーラビットに戻される。
どうせ、ティアマトのところに向かうつもりではあったが。
……僕はレオナルドに『賢者の石』を一時外す事をメッセージで伝えた。それと、僕をギルドメンバーに残す意思はあるかどうかを確認するものも。