PKとPKK
鉱山エリア。
周囲の岩肌から、周辺の地中から、聳え立つ鉱山内へ続く洞窟から、様々な場所で素材は得られる。
中でも、金や銀といった高価な素材は、鉱山内でしか採掘不可。
上位を狙っているギルドは、鉱山内で留まって、素材掘り周回を続けている。
高価な素材をため込んだ薬剤師が、重くなった身を引きずってスポーン位置へ必死に向かう。
まるで時代遅れの肉体労働の光景だ。
僕たちが向かうのは、蒼の洞窟と呼ばれる地底湖の採掘場所。
瑠璃石はレア以下のコモン素材。
僕の薬でSTRとVITを強化し、疲れ知らずにピッケルを振り続ける事で、二人合わせて目標の150個は集まった。
ここまでは問題なかった。
僕たちが蒼の洞窟からスポーン位置へ向かおうとしていた矢先の事。
外が騒がしく、悲鳴が響き渡る。
僕らは物陰から様子を伺う。
表で暴れているのは、覆面や仮面など顔を、ローブやフードを纏って体型を隠す集団。
不気味な彼らの武器だけは見覚えがある。どれもSSレア武器ばかりだ。
集団一行は、ギルドやパーティを圧倒的な力で倒していく。
時期的に早すぎるが、恐れていた事は始まったようだ。PKだ。
レオナルドは小声で呟く。
「コスプレみてーな恰好しやがって」
「違うよ。あれは変装さ。レオナルド。君も気づいているだろうけど、このゲームはどのプレイヤー情報も非公開設定されているだろう?」
PKが可能なVRMMOではPKした・PKされたプレイヤーが晒される事で衰退する傾向が強い。
なので、PKが可能なVRMMOでは、パーティ・フレンド・ギルド以外で安易に情報を公開されないよう、全プレイヤー非公開設定。
「マギア・シーズン・オンラインは衣服類が破壊されない仕様になっていてね。ああいう仮面も破損や剥がされる心配がない。PK中は変装し、エリアでは変装を解いて一般プレイヤーに戻るのさ」
「PKする野郎が平然とねえ。人によっちゃ、冗談じゃねえって奴だな」
しかし、これは……
PK集団はPKで得られる膨大な経験値と、倒したプレイヤーが所持品を落とす仕様を利用して、SSレア素材を横取りするのが目的だろう。
鉱山付近を中心にプレイヤーを狙っているが、僕たちのいる蒼の洞窟に来ないとは限らない。
僕は苦渋の決断をレオナルドに伝えた。
「レオナルド。離脱しよう」
「離脱って、あいつら突破してクリスタルん所、どうやって行く――」
「メニュー画面を開いて。クエストの欄を開けば[クエスト離脱]の項目があるから、そこを押して」
「なんだ、一々戻らなくてもいいのかよ……おい、ルイス。離脱したら手に入れたアイテム全部消えるって」
「うん。だから離脱して」
流石に苦労して手に入れた素材を捨てるのは、レオナルドも躊躇するのか。
僕を見つめ、眉間にしわ寄せる。
「……マジで言ってんのか」
「彼らとはレベル差も武器の性能差も、技量の差もある。勝ち目はないよ。諦めよう」
彼らを上手く撒くのはアウト。失敗してもアウト。顔を見られた時点でアウトだ。
勝利・出し抜いたりすると、当然彼らの恨みを買う。
下手に敗北・失敗すると、相手は弱い・カモだと執拗に狙われる。
あらゆる面を考慮した結果、離脱するしかないと僕は結論を導いた。
簡潔に僕はレオナルドに離脱を提案したつもりだが。
彼は珍しく沈黙して、返事が遅い。
「………………………………………わかった」
レオナルドの言葉は重い。
物は大して重要じゃないと過言していた彼が、何故か納得いかない態度でいる。
僕らがメニュー画面から離脱を選択しようとする。
「おいおい、初期装備で俺らに勝とうってか?」
ハッと僕が顔を上げ、周囲を見回す。だが、声は僕らに向けられたものではなかった。
スポーン位置から現れた他プレイヤーに対し、PK集団の一人が放ったようだ。
女のような黒長髪なびかせる仏頂面の男性武士だった。
指摘されていた初期武器の『カタナ』を無言で引き抜いている。
彼は何も喋らなかった。喋らないまま、表情を微動だに動かさず近くにいた仮面男を斬る。
僕も斬ったと理解できたのは、仮面男が瞬く間に消失していく光景が広がった時だ。
仏頂面の彼の攻撃動作は、それほど俊敏で、周囲の誰かが理解する前に他を斬りにかかっていた。
PK集団は混乱していた。
チート使っているのかと叫ぶ声も聞こえる。
SSレア武器が真っ二つに斬られ、盾兵も背後に回り込まれ斬られ、弓矢や銃弾も斬り落とす。
空中に避難している魔法使いもカタナの鞘の投擲で、地面に叩き落された。
というより、仏頂面の彼はカタナと鞘で実質二刀流の戦い方をしている。
レオナルドが僕の隣で、武士の無双に驚いている。
どの攻略サイトも武士の性能だけは、現在調査中なほどピーキー。
分かっているのは――正しい斬り方をすれば驚異的な威力を発揮する。
「『ムサシ』だ! そいつ、ムサシだぞ!! 勝ち目なんかねぇ! とっととずらかれ!!」
PK集団の誰かの叫びに、皆がざわつく。
有名なVRMMOプレイヤーなのだろうか、暴力的な強さに納得した様子の彼らは、嘘みたいに撤退を始めた。誰も歯向かう者はいなかった。逆に恐怖し、逃走に必死だ。
蜘蛛の子を散らすように去った彼らは、スポーン位置からエリアに帰還していく。
ムサシは彼らを追わず、その場に留まって長い溜息を漏らしていた。
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