雛
大き目の卵から顔を出した不死鳥の雛は、誰もが想像する鳥の雛よりも大きい。ちょうど、両手で掴めるほど。産まれたてなので毛は僅かしか無い。
満足に体を動かせず、ぴいぴいと小さな鳴き声をあげる。
途方に暮れるレオナルド。
どうやら、彼を親と勘違いしている雛がレオナルドにすり寄る。
テイムも簡単にできるようだった。
キャロル以外のペットをテイムしてしまっては………レオナルドは自身の決心とは別の、不死鳥を我が物とする衝動に駆られたことで困惑していた。
確かに、不死鳥の素材も野生の不死鳥も見つからなかったが、そこまで思い詰めていただろうか。
レオナルド自身、納得しかねる胸中。
「ぶぶ!」
キャロルが武器と一体化したまま、動物形態に戻り、遠方より攻撃を仕掛ける太古の揺り籠の出現に対し、『トランプアタック ダイヤ』を仕掛けた。
レオナルドは「悪りぃ!」とキャロルに告げる。
雛を手に敵から逃れるのは困難だ。
最低限、敵の攻撃を交わし、一人相手ならソウルターゲットの挙動で翻弄し、倒せるレオナルドだが。
敵の数だけは圧巻もの。
一旦、アルセーヌ達と合流し、彼らに雛を任せるべきだとレオナルドが判断した時。
上空より、賢者達による第七魔法が展開される。
こうなっては腹括るしかない。
レオナルドが不死鳥の雛をフードの中に入れ、キャロルと共に空中へ舞う。経験で理解した魔法の隙間を縫って、箒で上空に留まる賢者達へと襲撃した。
魔法を発動させた反動で微動だにせず、レオナルドの攻撃を無情に受けるしかない賢者一団。
上空が終われば次は地上への対応だ。
レオナルドがチラリと上空から周辺を見渡せば、同じくスキル発動のエフェクトを確認出来る区域があった。
フードの中でぴいぴいと鳴く不死鳥の雛に気を付けながら、レオナルドはキャロルと共に上空からムサシたちを探す。
「まただ」
稀に見る光景のようにレオナルドが言う。
先程、レオナルドを襲撃していたプレイヤー達が陥っていた現象と、同じ状態に陥るプレイヤーが何人もいる。
決まって、同じスキルや魔法。動作を繰り返し続けている。皆が揃ってゲームの不具合だと喚いているが、違う。
離れた場所から異常事態を把握していた『太古の揺り籠』と思しきプレイヤー達が話す。
「こんな時にバグか?」
「プレイヤーが集中しているせいかもな……」
「違う。奴らのステータスを『鑑定』してみろ。カサブランカの時と同じだ――呪いにかかってやがる!」
盗賊系のスキル『鑑定』はアイテムの識別だけではなく、妖怪やプレイヤーのステータスも鑑別可能となる。
故に、謎の現象がバグではなく呪いにあると判明した。
しかし、単なる呪いであればまだしも、鑑定をした怪盗の一人が声を上げた。
「『ティアマト』の呪い……!? なんだそりゃ、聞いた事もねー奴だぞ!」
ティアマト。
表向きに公開されているメインクエストボスに掲載は無い。
聞いても、一体なんの妖怪かは分からない。
だが、ある程度の考察を行っているプレイヤーであれば、噂でも聞き齧る話が一つあった。
「あれだ。秋エリアの隠しボスとか裏ボスって予想されてる奴だ。秋エリアのメインクエボスの名称は、ティアマトが生み出した怪物が元ネタなんだよ」
そう。
ティアマトとはメソポタミア神話における原書の海の女神。
その女神が神々と戦う為に生み出した怪物に『ウシュムガル』など、秋エリアのメインクエストボスの元ネタが在る。
関連性から自然と予想されていたものである。
ただ。
彼らが納得していないのは、プレイヤーたちを襲っている呪いは元ネタたるティアマトに通ずる部分が、皆無だからであって。
何であれ。
ギルドメンバーに呪いの情報伝達等を行う『太古の揺り籠』一同。手っ取り早く、呪いの主を倒せれば事が済むのだが……
様子見していた怪盗集団に降って湧くが如く、遠距離から襲撃が為された。
銃に弓矢でもない、魔法でもない新手の攻撃。
どのような攻撃か見極めようとしたが、闇から漆黒の衣に纏った影が飛び出し、瞬く間に急所を狙われた。
すれ違い様に姿を見ても、相手は奇抜な黒羽のマントと頭部を隠す黒翼のマスクで体格も顔も分からない。
辛うじて猟奇的な瞳が垣間見えるのみで。
狭い木々の合間を縦横無尽に駆け巡るのは手芸師スキル『天衣無縫』に依る物。
武器である裁縫道具を服と一体化させるもので、糸や針を自在のタイミングで展開できる。
影に隠れて暗躍する手芸師の存在を上空から捕捉したレオナルドが「あっ」と声を上げて、その人物に声かける。
「す、すみません! あの、ミナ――」
ビダリ、と黒翼の手芸師が挙動を止め、木の枝に留まった。
逆刃鎌の浮遊で近づくレオナルドだったが、彼の名前を呼んでは駄目だと堪えて、周囲を見渡す。
誰もいないのを確認し、改めてレオナルドはキャロルと共に彼に接近した。
匂いだ。
今のレオナルドはキャロルの補正で嗅覚が優れている。
呪い持ちの反応もそうだが、間違いなく彼だとレオナルドは理解したうえで話しかけた。
「助けてくれたん……ですよね? 多分、素材集めの最中だったと思いますけど……ありがとうございます。あと、迷惑かけてすみませんでした。俺もこんな事になるのは、想像してなくて」
不気味なほどに『彼』は無言だった。
露骨に視線もレオナルドから逸らして、そっぽ向いている状態である。
どうしたものか。困惑気味にレオナルドは言う。
「そ、その〜、服カッコいいですよ! なんかありますよねそういう感じの!」
「……」
あんまりにも無言なのでレオナルドが益々困惑していると、ぴいぴいとフードの中にいた不死鳥の雛が鳴き出す。
身を乗り出し、黒翼の手芸師に向かおうとしていた。
レオナルドはどうしたものか驚きつつ、ふと不死鳥の仕様を思い出す。
妖怪を倒した数で成長する不死鳥。
妖怪の力か何かが必要だとしたら、呪いを持っている彼に惹かれているのかもしれない。
カサブランカもそうだった。
自分には呪いがない。
むしろ、レオナルドは呪いを祓う側だった。
無意識に納得し、レオナルドが小さな雛を彼に差し出した。
「コイツ……貴方のところに行きたいみたいです。不死鳥の雛なんですけど、もし良かったら」
きっと、今回の礼にもなるとレオナルドは考えた。
貴重な不死鳥の、雛なのだ。
素材を必要とする生産職の彼は喜ぶだろうと。
しかし、彼は受け取るどころか。
レオナルドから数歩、引き下がったのである。
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