狙撃手
ワンダーラビット『号』の中は非常に慌ただしかった。現在も予断を許さない状況が続く。
恐らく、『太古の揺り籠』から援軍が来る。
僕は揺れる船内……一応、店内にある工房で攻撃系の薬品から作製を行っていた。
ジャバウォックの(勝手な)改造で、攻撃手段と化しているロケットの中へ、薬品等を詰め込められると知り、急ピッチで作業を続けているが。
まだ、店内は揺れる。
バンダースナッチが解放され、形勢はこちらが優位になりつつある。
下にもまだ、『太古の揺り籠』の生き残りがワンダーラビットに攻撃を仕掛け続けているが。
魔法と季節はバンダースナッチが封殺した。
残りはスティンク達が片付けてくれるのを祈るしかない。
「ぶーん」
効果音を口ずさみながらジャバウォックは、どこかへワンダーラビットを移動させようとしている。
風景から見て……間違いなく、マザーグースの館がある方角だ。
店がこのまま、あちらへ行ったら――どういう処理になる?
しかし、マザーグースの縄張りに入るとなれば、奴もいるか……
僕はレオナルドからのメッセージを確認する。
『ムサシ達と合流してマルチエリアから離脱する』
『皆、戦うのに夢中で俺のメッセージ見てないし、離脱するのも考えてねーみたいだ』
……だろうな。
僕は彼が気づいていない事を伝えておく。
『SNSで流れている情報によると、今、春エリア全域が閉鎖状態みたいだ』
『僕達が発生させたイベントに、春エリアにいるプレイヤー全員が参加できる状態だけど』
『他エリアから割り込み参加が出来ないようだね』
『多分、レオナルド達も離脱したらワンダーラビットに戻って来れない』
『秋エリアの集会所か、秋エリアにある二号店へ飛ばされる』
レオナルドから『そっか』『まずは離脱優先する』と文面だけだが、余裕ない雰囲気を感じさせる。
いつもなら幾つかメッセージが追加で来そうだが、それがない。彼の状況は最悪に違いない。
レオナルド達を疲弊させ、PKする魂胆で総力戦を仕掛けたんだろう。
しかし、居住区から離れるのは惜しい。
想定外の支援もあったが、その支援も僕らが移動する事で得られにくくなる。
非常に残念だ。
店に何かが衝突した振動で僕はバランスを崩す。
床へ伏した時、キュウキュウと小さな鳴き声が聞こえた。
「ああ……ごめんよ。忘れてた」
僕は、倒れた物の下敷きに埋まってしまった竜の子を発見。救出した。
◆
春エリアにいるプレイヤー全員にイベントに関する連絡等は一切なく、あまりに唐突なレイドイベントの襲来、他方で混乱が見られた。
マルチエリアやメインクエストを受注できないどころか。
ログアウト不可の状況である。
これは不具合ではなく、仕様でそうなっている。
大多数のプレイヤーは『太古の揺り籠』によるワンダーラビット襲撃情報を其々伝達していて、彼らに対して何もしなかった。
しなかった、というより出来なかった。
何故なら、相手はVRプロプレイヤーが数多に犇めくトップギルド。
烏合の衆で特攻しても、到底敵わない。誰だって理解できる。
下手に関われば、どうなるか。恐れて誰もどうする事も出来ないのだ。
だが、このログアウト不可、居住区内でも武器とスキルが使用可能になっているこの状況。
妖怪関連とは、全く違う問題が発生していた。
それは――プレイヤー同士のPK。店舗や一軒家、ギルドに対する襲撃という。妖怪イベントの『よ』の字もない無関係な争いが勃発している事。
PKに関しては通常PKと処理は同じで、イベント終了までログイン不可となる。
通常、破壊・攻撃が行えない店舗や一軒家とギルドに対し、襲撃可能となる仕様が今回のイベントで特別解禁されてしまった。それをプレイヤー側が悪用している。
近所同士の不満や、気に入らない店を潰すチャンスだと。
イベントそっちのけで、各々好き勝手にやりたい放題なのだ。
これには監視していた運営側も頭を抱える。
人気ある妖怪関連のイベントだから、ファンが追っかけ便乗するんじゃないかと期待していたばっかりにである。
居住区内のあちこちでプレイヤー同士の争いが勃発。
そこを縦横無尽に駆け巡り、通行の邪魔になるプレイヤーは蹴散らして、応援に向かう『太古の揺り籠』一派。
戦力で押しながら、口々に不満を漏らす。
「なんでショートカットワープが使えねぇんだよ!」
「イベント中は使用不可って、ほんと嫌になるぜ」
「俺もアッチに乗ってけば良かったなぁ」
地上で愚痴吐くプレイヤー達が見上げていたのは、上空を飛ぶ『飛行船』。
あれは怪盗が取得・操作できる乗り物系の一種。
一つや二つどころではない数が上空を通過、ワンダーラビットが向かう方角へ進路を変えていた。
そして――
アルセーヌもルイス達に伝えていた『太古の揺り籠』に入った祓魔師の新入りが、逆刃鎌の騎乗とソウルターゲットを併用し、春の神殿へ急ぐ。
春の神殿には、始めたばかりの初心者ばかり集っていた。
イベント開始と共にジョブ昇格の儀式も停止してしまい、立ち往生して途方にくれていた。
上空に浮遊する深緑のフードを被った祓魔師は、春の神殿から他プレイヤー達に驚かれるのを他所に。
神殿の屋根を見渡すが……
「クソッ! どこに隠れやがった! 他に高いところはない……オイ! 狙撃手の女を庇ってる奴はさっさと前に出ろ! 黙ってたらタダじゃ済まねぇぞ!!」
怒鳴り散らす祓魔師に怯えるプレイヤー達。
そんな中、一人の少年プレイヤーが不思議そうに言った。
「えー? 高いところって、他にもあるよ~? ホラ、あそこ」
少年が指さした先には――遠く彼方に薄っすら建物が見える。
『市役所』だ。
正確には、市役所の中央に目立つよう『鐘塔』が備えられているのだ。特定の時刻や条件で『鐘塔』は鳴らされる。
そこから狙撃は、十分可能。
しかし、祓魔師は「………は?」と困惑気味に空中で留まってしまう。
ワンダーラビットから神殿より、市役所までの位置関係を比較すると、後者は圧倒的に距離があるからだ。
なんせ、ルイスが人通りを避けて、彼処にワンダーラビットを建設したのだ。
神殿からの方が近いまである。
だが。
そうだとすれば。
祓魔師がメッセージで狙撃手の位置を伝えようとした矢先。
頭部に衝撃が走った。
一瞬のことで、祓魔師が理解出来ず、真っ逆さまに落ちていく感覚と神殿にいたプレイヤーたちの悲鳴が聞こえる。
「っしゃああああっ! こちとら伊達にボッチでエイム鍛えてないんだよ!!!」
市役所の鐘塔から狙撃手の女性ーー小雪が気合い込めて叫んでいた。
彼女も当初はワンダーラビットの様子見がてらだったが、店の近くにある彼女の一軒家も、実は被害を受けていた。
衝動的に引き金をひいたキッカケがそれ。
だが、スナイパーの情報はギルド内に出回っており。
上空にいる飛行船から、小雪のいる塔に目掛け魔法や砲撃が放たれた。
「ぎゃあああっす!!!」
小雪が独特な悲鳴をあげる一方。
彼女は謎の光に包まれた。