進化
「おいおい……スゲーことなってんな」
遠くより見物していた他プレイヤーたちが、ワンダーラビット周辺の惨状に呆然としていた。
衝突しているのは『太古の揺り籠』とルイスたち。
数百人規模のギルド対少人数の一個人のプレイヤーという、異例極まりない光景。
もう、SNSや掲示板を通じ、秋エリアでレオナルド達と『太古の揺り籠』が衝突している噂は広まっている。
そして、ついにワンダーラビットへ直接の襲撃が開始。
小規模な店舗一つが、ジョブ3クラスのスキルを受けて無事に居られる訳が無い。
それでも無事なのは――ジャバウォックの影響だろう。
「チッ! また来たぞ!!」
鬱陶しく賢者の一人が叫ぶ。
現れたのは――動物だ。
ヤギにウシ、ブタ、犬や猫、小さな鳥。彼等はレオナルドが交流を深めたものたち。
祓魔師のペットにもなっていない動物は、大したものじゃないと笑う輩は『マギア・シーズン・オンライン』に無知なのだと分かる。
彼らは彼らで強いのだ。
どういう事かと言えば、立派な角の生えた大ヤギたちが鳴き声をあげると、一斉に増殖した。春の季節の特性を持つ彼らのスキルだ。
大群と化し、強烈なタックルで押しかけるヤギ。
もう一つ、厄介なのはブタ。
豊満な巨体を倍加させる。
それが集団で、店の壁になるよう塞がったり、巨体を転がして相手を潰しにかかる。
他の動物たちも、敵対心剝き出しに各々、プレイヤーたちへ歯向かう。
ルイスが窓越しから確認できなかったほど、賢者のプレイヤーは多い。
彼らに関しては、錬金術師と同行しているだけあり、魔石も魔力水も湯水の如く使い尽くす。
「さっきと同じだ! 闇魔法で蹴散らせ!!」
悲しいかな。
ヤギの大群も、巨大なブタも、数百人規模の賢者を含めたジョブ3プレイヤーの前では成す術ない。
驚異的な攻撃は、数の暴力に敵う訳が無いのだ。
数の暴力、の意味ではメリーが骸骨羊たちを量産しまくっても、簡単に圧倒する量のスキルの猛襲で消される。
リジーとボーデンの能力も、彼等の前では意味を為さない。
クックロビン隊の奇襲とスティンクの天井より差し込むレーザーも、慣れたプレイヤーは躱していく。
ここに集い前線にいるプレイヤーは、件のプロ集団だった。
カサブランカ相手にレベルを急降下したとはいえ、彼等の場合は一般人と異なり、ゲームで食っている様な存在だ。
一週間弱でも、十分なレベルに到達しており。
中ではジョブ3で解放される最高上限レベル150に到達している輩もいる。
唯一、彼らに対抗できたのが――バンダースナッチだった。
彼は、ワンダーラビットから少し離れた木の上に立つ。
既にバンダースナッチ対抗策を幾つか編み出された時期である。
彼が登場するのは予測済み。
光学迷彩を搭載している厄介なロボットも、第六魔法以上の闇魔法で引き寄せられるのを把握されていた。
バンダースナッチが音もなく出現するのを、プロ集団の何人かが捕捉した。
彼らも実力者で五感だけは研ぎ澄ましている。
風をきる音。
独特な機械音。
空気を伝わり感じる振動。
一々、オーバーリアクションを起こして動物たちを相手する三流プレイヤー達とは違い。
プロ集団は端的な合図とチャットを交わし、ある者はバンダースナッチに詰め寄り、ある者は遠距離から攻撃を放つ。それぞれの立ち位置につき、洗練された動きを見せる。
バンダースナッチに、状態異常は通用しない。
弱点……と言うべきか。唯一、バンダースナッチが手こずるのが『繊維』など機械の肉体に絡まりやすいものだった。
ただ、普通の糸ではどうこうできない。
怪盗が作製できる『潜入ワイヤー』など強度を誇る道具なら、バンダースナッチを拘束、完封できる。
当然だが、一人では不可能。
複数人の怪盗が集ってできる、ちょっとしたネタ要素である。
これを彼らは行う魂胆だった。
怪盗に昇格したプロ、アマ含めたプレイヤー達は、バンダースナッチ対策で待機しており。
彼の登場と共に、作戦通りバンダースナッチを囲うフォーメーションを取る。
その間。
賢者たちが魔法でバンダースナッチを誘導する。
時空間に逃げ込まないよう闇魔法を展開し、身動きを封じ、時間稼ぎを担っていた。
しかし、ここに来てバンダースナッチの挙動が妙になる。
魔法で重引力が犇き合う中心。
そこに留まったバンダースナッチが、普段の行動パターンとは別に。新たな行動へ。
背に機械の翼を広げ、集中するバンダースナッチ。
「……? 変だ。やっぱり! 魔法が小さくなってるよ!!」
幼い少年アバターのプロプレイヤーが指摘する。
周囲に無数に放たれていた魔法は、段々と圧縮されるように萎む。賢者のプレイヤーは、異変に気づく。
まさか、通常とは異なる行動パターンなのかと誰もが警戒した。
怪盗プレイヤー達の陣形が整っていない為、仕方なく神槌のプレイヤー達がバンダースナッチへ追撃する。彼等は武器作製担当じゃなく戦闘担当の集団。
槌を打ち付けた衝撃で超加速の移動を実現、鍛冶師系の欠点だった鈍足を克服したのがジョブ3『神槌』の特徴である。
超加速に対処できるのは、せいぜいジョブ3レベルのプレイヤーだけ。
そして、その速度にバンダースナッチも対応できてしまう。
「特殊イベント仕様の強化されてやがるか!」
明らかに速度と威力があるバンダースナッチ。
接近戦形態の、両腕をビームソードに変形させた状態だが、まだその段階であり、派手な遠距離攻撃やロボットの量産すら行っていない。
複数人で囲う卑怯な戦法をする人間だが、バンダースナッチはそれ以上に脅威を増していた。
多少の空中戦を繰り広げただけで、飛び交う神槌をバンダースナッチはすれ違い様に打ち倒す。
動きが機敏になったから。
と、説明すれば簡単だが、更に加えるなら、エネルギー効率が最適化された。だろうか。
設定上でも、燃費の悪さを問題視されていたバンダースナッチ。
今日までルイスが彼の体を検査して判明したのは――燃費が悪かった最大の原因は『季節』。
ルイスが考えるに、バンダースナッチの体質はあくまで大気中にある魔素だけをエネルギーとして吸収。大気中にある季節はエネルギーに活用出来ず、それを排出する為に余計なエネルギーを消費していた。
故に、燃費が悪い。
最近は無季を取り込み、吸収しているお陰で季節を緩和させられているので、改善されているらしい。
無季のエネルギーは支障にならないのか。その辺の矛盾は運営が考慮してないのか。
ルイスも断言出来ない。
だが、バンダースナッチは自身で何か感覚を掴んでいた。
魔法の中にも季節が含まれていたが、それでも急速なエネルギー吸収をコントロールした事。
次にバンダースナッチが放ったのは、いつもの光弾ではなく、高密度のエネルギー波。
ビリビリと肌につく衝撃が一帯に浸透すると。
世界が一変した。
10/5 更新になります。