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僕達は工房内で準備を始めていた。
改めて現状を整理すると不穏要素ばかりだ。
準備しておいた『魔力水』とINT系のステータスを上げる『インスピレーション薬』は、レオナルド自身が使用する。
レースという形で勝負な以上、レオナルドもラザールも対等にする為だ。
ただ、例の『太古の揺り籠』の動向……
『紅葉サーキット』のマップを表示しつつ、素材採取エリアとコース状になっている道なりの関係性を調べる。
素材採取の場合、普通に脇へそれればレースを走るプレイヤー、だけでなく妖怪達も襲ってこない。
それでも妖怪やプレイヤーがいる傍らを、トップスピードで駆けていくのだ。
不運な事故も何度か発生しているらしい。
レオナルドは、他にも新薬の補正――秋エリア内でのSTR上昇、INT上昇を付与してある。
一応、ムサシの為の食事も用意しておいたが、奴は「いらない」と即答してきた。
レオナルド達にムサシを同行させるのは、保険ではあるが。
……確実に何等かの反応があるのを想定しての護衛だ。
加えて、アルセーヌも同行させる。
というのも。
『太古の揺り籠』に怪盗がいる以上、アルセーヌが怪盗に昇格している可能性を当然読んでいる。
ワンダーラビットの二号店を建設した際に、ほとんど確信を得ているとの事。
面倒な。
アーサーの一件で、どうやら僕らが何かしたと向こうは考えているとアルセーヌが推測していた。
レオナルドは、秋服に着替え、装備とキャロルの準備をしながら首を傾げる。
「変じゃねーか? 俺達がダウリス達から素材を貰って楽してるから、ってので難癖つけられるならともかくさ。アーサーとのイベントに俺達が関わってるって、流石に無理矢理過ぎねーか?」
アルセーヌは満更でもない表情で首を横に振る。
「残念だけど、妖怪達の記憶は共有されてるんだよなぁ。これが。他のところへ遊びに行ってる妖怪達も、相棒たちの事を話したりするんだと。そういう意味じゃ、気を付けた方がいいぜ? 相棒」
工房から見える範囲、視界の端から店内で遊ぶ姿のジャバウォックに、テーブル席で寝込んだバンダースナッチ、相変わらず癖ある料理ばかり好んでいる光樹を、ジト目で眺めているメリー達。
彼らの記憶が共有されている?
僕はアルセーヌに言う。
「僕たちは彼らから他プレイヤーの話を聞きませんし。そもそも、記憶が共有されるのは、どうかと思いますよ。『神隠し』イベントの二の舞じゃありませんか」
ただでさえアイドル騒動で真っ当なイベントにならなかった一同だ。
記憶処理を怠った結果、散々な始末に終わった筈。運営は相変わらず懲りていないのか。
この方が、面白いと思って調子に乗っているんじゃないだろうな。
アルセーヌに軽く吹き出しながら、答えた。
「真面目な話、データ処理が糞面倒だから仕方ないんじゃない?」
「………」
「プレイヤー別に記憶データを逐一保存するって、とんでもない量になってくだろ? しかも、武器とかアイテムみたいな軽いもんじゃなくて、高性能AIの記憶データなんだからさ。下手すりゃサーバー落ちるぜ?」
だったら、この手の要素を無理に取り入れないで欲しい。
どのプレイヤーも平等にイベントを体験できないし、場合によっては一個人に固執する妖怪も出て来るんじゃないか。
レオナルドも僕と同じ考えで、思った事を真面目に述べた。
「それいいのか? 他の奴がついていけないとか、あるんじゃねーの??」
すると、ムサシが話に割り込む。
「他でも似たようなものはある。全プレイヤー共通のワールドイベント」
「あ、そうなの?」
「詳しくは知らん。興味が無い」
アルセーヌもそれを知ってか、思案しつつ話す。
「他プレイヤーを配慮して、全プレイヤーに共有できるようイベント内容を公開するってのもゲームによってはあるらしいな。まー、面白いっちゃ面白いけど。賛否あるんだよな。不評だったら仕様変更するんじゃないかね」
そうか。
だったら、一刻も早く変えて欲しいものだ。
◆
秋エリア『紅葉サーキット』。
スポーン地点周辺は妖怪が出現しない仕様もあってか、ちょっとしたプレイヤーの溜まり場になっている事もある。
だが、現在の時刻は夜。
妖怪の出現率とレベルが急上昇する厄介な状況かつ、強者を求める物好きが集うゴールデンタイムだ。
案の定、ここには賢者のプレイヤーが多く。
彼らもまた、個人でレース紛いの事を楽しみ足を運んでいる。
無論、素材収集や妖怪がドロップする素材を目当てのプレイヤーも少なからず存在した。
一際目立つ、派手な紫髪のショートヘアに刺繡を施しまくったコートを羽織った暴走族風味の男・ラザールがようやく現れたレオナルド達を見るなり「遅せぇ!」と吠える。
レオナルドも申し訳なく思う一方、ラザールと共に待機していた体長一メートル弱ある虎が喉を鳴らしていたのに驚く。
キャロルが妖怪以上に、虎を警戒するほどだった。
キャロルと同じく、イベント報酬でラザールが貰った虎。
子猫と間違われるほど小さかったのに「随分、大きくなったなぁ」とレオナルドが関心するも、一つ問題があるので尋ねた。
「こいつ、レース中はどうすんだ?」
「あぁ? 空飛べるから気にしなくていい」
「え????」
そうやって飛ぶんだ? とゴロゴロ喉を鳴らす虎を観察するレオナルド。
しかし、ラザールは気になって仕方ない事を聞く。
「んな事より! 誰だよ、コイツ」
ムサシの隣にいるアルセーヌを思い切り指さすラザール。
呑気にアルセーヌ本人は「レオナルドの知り合い」と答える一方、同じく共にマルチエリアへと足を運んだ光樹が「自分も知り合いです~」と間の抜けた声で言う。
ラザールが怪訝そうな表情を隠さずに突っ込む。
「毎度毎度、変なのに絡まれてんな。お前よぉ。この前も、俺に関わってるだろって変な野郎が絡んで来やがったぜ」
「マジか。なんか悪い……」
実際、周囲のプレイヤーたちもレオナルド達の存在を前に、ヒソヒソ、ガヤガヤと注目している。
レオナルドも不安に思い、小声で光樹に告げた。
「光樹さん。ノリで俺達に合わせなくていいですよ」
「ん? いやぁ。自分、ここに来た事ないんで同行したいって、さっき頼んだばっかりです。こないなもん慣れてますんで、平気ですけど??」
ヘラヘラと笑う光樹にレオナルドは何とも言い返せなかったが。
こうして、待ちに待ったレースが行われようとしていた。
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次回、少々長めになるので遅くなります。
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