対策
深紅が過ぎてグロテスクに見える色合いに染まった野菜――所謂『キムチ』は、意外にも手間がかかった。
ゲームという設定上、現実とは異なる意味で微調整が必要で。
端的に言えば『季節』の加減だ。
発酵の加減を説明するだけでうん千文字はいくので省かせて貰うが。
毎日、キムチの季節を測定、調整、発酵具合、味の変化を促す為にあれこれ作業が必要。
当然だが、一日二日で完成しない。
「うお……スゲー臭い」
僕の隣で作業していたレオナルドが、皿に盛ったキムチに気だるい態度で感想を述べる。
レオナルドに「光樹さんに運んで」と僕は皿を渡す。
颯爽と向こうへ移動するレオナルドを他所に。
同じく、工房で作業していたムサシが無言で立ち尽くしているが、恐らく作業が終わったのだろう。
一言、声を掛けたらいいのに。
気の利かない男だと僕が思っていると、もう一人、ムサシと同じ作業をしていた男が声を漏らす。
「あ、やべ。失敗した」
おい……!
ソイツは、ムサシと同じ無季の属性を持つアルセーヌだった。
本人が責任感の欠片もない反応をする一方、ムサシが「手間を増やすな」と即座に無季の能力を発動させる。
ああ、そういうことか。
これだったら、ムサシに任せた方が良さそうだ。
だが……僕は一つ疑問をアルセーヌにぶつける。
「アルセーヌさん。DEXに振っていないんですか? 盗賊系は道具を作製するにあたって、DEXは取るものとばかり」
「悪いね。俺、DEX無振り。ほぼソロで冬エリアまで攻略するには、DEXに振ってる余裕がないんだよ」
そういえばそうだったな、コイツ。
ただまあ、ムサシもソロで行くためにDEXを極振りして、カタナを研ぐ成功率を高めている。
どっちもどっちだ。
無季の力で季節を打ち消した料理。
打ち消してしばらくは、味に変化は起きないのでいいのだが、ある程度、時間が経過すると季節が勝手についたり、味の質が落ちたりと散々になる。
早速、これを運ぼうとした矢先、ムサシがポツリと言う。
「レオナルドは、イカレサーキットに参戦するのか」
要は今日、マルチエリアに足を運ぶのか。という問いかけだ。
僕は一息ついて、逆にムサシへ尋ねる。
「そうしたいのですが……ムサシさんはどう思います? 現在の、マルチエリアの雰囲気は」
ムサシは僕に目も合わせず、工房の壁に向いたまま淡白に返事をした。
「別に。普通。いつも通り」
……お前の言う普通は、普通じゃないだろう。
僕のもどかしさに応えてくれたのは、アルセーヌの方だった。
真剣な顔立ちで情報を提供する。
「ルイス君は『太古の揺り籠』の動向って把握してる?」
「はい。会員の皆さんから教えて貰っています。妨害行為はせず、素材収集に勤しんでいて、他プレイヤーに絡まれて乱闘に発展するとか……」
「お、知ってるなら話が早い。信用高い情報網によると、アーサーが『太古の揺り籠』との取引を一方的に打ち切ったんだと。そのせいで、アーサーが担当していたレア素材収集はプレイヤー負担になっちまった」
成程。だからレア素材をプロプレイヤーに……
PKされてレベルが降下したとは言え、連中はプロだ。適当に武器を振るだけの三流の輩ではない。
レア素材収集は、他プレイヤーから狙われるのを考慮すれば、プロに任せるべきだ。
最も、アーサーという供給源が絶たれた故の措置なんだろうが。
「……そうだったんですね」
僕の平静な態度に、アルセーヌはせせ笑いながら聞き返す。
「あれ? 割と驚かないんだ」
「アルセーヌさんから聞くだけでも、彼らがアーサーに適当な対応をしていたのは想像つきますよ。相応な態度で接するべきなのは、常識です。手抜きは以ての外、ただそれだけじゃないですか。楽して稼げる方法なんて、ありません」
真面目に述べる僕に、アルセーヌは自棄に面白おかしく笑っているので、内心イラッとしてしまう。
ところで。
アルセーヌが、仏頂面でそっぽ向くムサシと僕に言う。
「今回、行くところ。中々、面倒なコースになってるだろ? ルイス君とムサシには厳しいんじゃないの?」
コース。
と称しているが、あながち間違いではない。
レオナルドとラザールが勝負する予定のマルチエリアは、秋エリアにある『紅葉サーキット』と称される高難易度のステージ。
ステージ名よろしく、紅葉の並木に囲われた一直線のコースが延々と続き、『火車』や『ターボババア』『デュラハン』『首なしライダー』といった追いかけて来る類の妖怪ばかりが登場する。
ラザールのように、スピードを求めて(箒で)走る賢者が多くいる場所。
……裏を返せば、一本道で入り組んだカーブや障害物という、レースなら盛り上がるだろうコースなのは確かだが、移動能力に乏しいプレイヤーには厄介なステージだ。
僕に関しては申し訳なく告げる。
「僕はアーサーの件がありますので行きませんよ」
「え、別にいいじゃん。あれって確率的なもんだろ? 運悪くアーサーを引き当てても、即離脱すれば間に合うって。最悪、強制ログアウトすればいい」
随分な提案をするものだな……対してムサシは、表情をそのままに。
「走っていけるが」
アルセーヌが目を見開いて「ホント?」と驚く。
僕らが会話を繰り広げていたら、唐突に、向こうから絶叫が響いた。
何事か、というより。恐れていた事が、だったか。僕は仕方なく、水を片手にテーブル席へ向かう。
先程、レオナルドが運んだキムチを味わう光樹。
彼と違って悲鳴を上げているのは、メリーとボーデン。二人の阿鼻叫喚っぷりに困惑しているリジーの姿があった。
僕はキムチを試しに食べて悶絶しているメリーたちに、水を差しだす。
それから、困った顔で現状を見守っているレオナルドに問い詰めた。
「どうして止めなかったんだ」
「いやぁ」
気まずそうに頭をかきながらレオナルドが視線を向ける先には、普通にあのキムチを食ってるバンダースナッチがいた。
光樹は上機嫌に「お兄さん、いけるクチやん!」と囃し立てる。
僕らの視線に気づいたバンダースナッチが、不思議そうに言う。
「……俺は全然食えるけど」
こいつ……舌が馬鹿だったのか。
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辛いもの食べ過ぎて大変な事なったことあります。
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