賢者の石
土曜日の為、僕は早めにログインをした。
最近、通い詰めているバンダースナッチの為に料理に着手。
キュウキュウと聞きなれない鳴き声がすると、いつの間に白き竜の子供が僕の体をよじ登っている。
……重くはない。
体重など無いに等しいほどだが、動き回るたびに気が散るのは妥協するしかないか。
まだ、コイツは小さいから問題ないけど、段々と成長すると重くなると想像してしまう。
いつも通り、バンダースナッチ用のワンスプーン料理と、今日尋ねてくる予定の人数に似合った料理を用意しておいた。
ジャバウォックがチラチラ視界に映り出したので、『みたらし団子』を皿に載せて、カウンター席に置いておく。
ワンダーラビットの会員に配る予定の『練り切り』を梱包していると、レオナルドからメッセージが届いた。今日は早めにログイン出来るらしい。
ついでに、彼が務めているバイト先もあっさり退職できる。
彼の話を聞くに、あそこは辞めて正解だ。ブラック色の職場じゃなく、普通に退職できただけマシではあるな。
次に『練り切り』を会員達に届ける。
大半のプレイヤーは直接持っていくなど手間かかる事はせず、プレゼント機能で送って済ますようだが、僕は挨拶がてら中身を確認し、手渡す。
ついでに彼らと会話もしていた。
ミナトの紹介で会員になった『ホセフィーナ』という女性プレイヤーがいる。
オレンジ色のポニーテールに黒縁の眼鏡が似合うツリ目の鍛冶師だ。
彼女は家具専門で店を経営している。
ホセフィーナは、店内に飾る予定だったステンドグラスを担当していた。
ワンダーラビットに相応しく、春エリアの妖怪達を描いたステンドグラスである。
しかし、今日の商品を受け取りながら彼女は安堵した様子だった。
「こんな事、言っちゃうのもアレだけど。辞退してくれて助かったわぁ。あのステンドグラス、気合入れすぎちゃって完成がコンテストに間に合わない! ねえ、ちょっと見ていきます?」
「いいんですか?」
「ええ。でもまだ、オーエンとマングルと……全部は完成してませんの」
間に合わなかった原因には、やはり『太古の揺り籠』の妨害行為が大きかったようだ。
加えて、ホセフィーナが不安げに言う。
「ミスター・ルイス。しばらく、素材集めをするのはナンセンスでしてよ。また『太古の揺り籠』がマルチに陣取り始めましたの」
「また、ですか」
「と言いましても……素材収集妨害ではなく、レア素材の採取周回をしていますの。雑用がコモン素材の収集を行っていますのは、よく知られてますけど……あのギルド、レア素材の収集は滅多にやっていませんの。他プレイヤーもそこを怪しんで運営に問い合わせましたけど、何も」
少々不穏な話だ。
それから僕が、他の会員たちにも話を聞いてみると、どのマルチエリアにも『太古の揺り籠』達が徘徊していて、大半が素材集めを行っているらしい。
向こうは妨害行為などせず、淡々と素材集め周回を繰り返しているようだが。
コンテストの食材集めを妨害した件があり、他プレイヤーたちから攻撃を受けたりして、乱闘へ発展するらしい。
あれほどヘイトを稼いだんだ。当然の報いではある。
ただ……アーサーから素材を貰っている筈なのに、またどうして素材集めを?
アーサーだけでは補えず、仕方なくだろうか?
最後に尋ねたミナトにも話を聞く。
奴は相変わらず無表情で淡々とした口調で話している。
「春と夏エリアには行かない方がよろしいかと。カサブランカにPKされレベルが急降下したプロプレイヤーを中心にレア素材の収集を行っているようです。彼らの気が気ではありません」
一体、どういう采配だ?
僕は中身の確認を終え、改めてミナトに手渡しながら言う。
「それは厄介ですね。今夜、レオナルド達がマルチエリアに向かう予定だったのですが」
ミナトが、ピクリと僅かに反応した。
向こうからあれこれ聞かれるより先に、僕が微笑を作って尋ねる。
「秋エリアの方はどうなんでしょうか?」
「……秋エリアは新規のジョブ3プレイヤーが多くいる状況です。プロプレイヤーは少ないですが、それでもレア素材の収集をしている『太古の揺り籠』は確認されています」
「なるほど。分かりました。教えて頂きありがとうございます」
今夜、レオナルドがマルチエリアに向かおうとしているのは、素材集めや不死鳥探しではなく。
イベント時に知り合った例の暴走族、ならぬ暴走賢者・ラザールだ。
あれ以来、フレンド交換したレオナルドとラザール。
奴らの目的は散々期待されていたレースをする事。
レオナルドもレース用に使用する大鎌を完成させて、ラザールも賢者で習得できる第七魔法を完成させたので、いよいよ、という流れになった。
あれから少し落ち着いたと思ったが、どうしたものか。
レオナルド達が店に来てから考えるしかない。
それまで、僕は僕がやりたい事を済ませておく事にした。ワンダーラビットに戻った僕は、工房に移動し、作業台に置いた『錬金』に使用する素材を確認。
メニュー画面を開き、いよいよ『賢者の石』の作製に取り掛かる。
『賢者の石』。
これを完成させることが、錬金術師の冬エリア解放条件の一つである。
『賢者の石』は錬金術師が作製可能な薬品、特殊鉱物を素材なしで無尽蔵に製造できるようになる、というのもの。
ただし、賢者の第六魔法・第七魔法と同じく、作製可能な薬品・特殊鉱物をプレイヤーが最大五つまでカスタマイズし、石の完成と共に固定化。
それ以降、カスタマイズは変更不可となる。
何故、こんな仕様なのかと考えると。
恐らく、長期イベントに向けたものなのだろう。運営がサービス当初から予告している加速時間を用いたイベントなら、この仕様は助かる。
逆を言えば、加速時間式のイベントにしか需要はなさそうだ。
今後、僕達がイベントに参加するのを想定し、用意するに越したことはない。
無難に『スタミナドリンク』『増強ドリンク』『魔力水』は抑えておく。
残り二枠は攻撃系の合成鉱石に使いたい。
既に錬金術師のクエストを終え、『賢者の石』作製のステップに進んだ僕は、手際よく素材を鍋に投入。
鍋といっても、これは錬金用の特殊な鍋。
形状は古典的な黒の大鍋。魔女が怪しげな薬を煮込みそうなものに素材を投入し、混ぜ合わせる。
これもまた火加減や煮え立ち具合をチェックしなくては、失敗する。
完成した特殊な液体を保存。
「次は、鉱石だ。使うのは……」
『賢者の石』自体に特性を組み込むには、鉱石を溶かし、核を作る。
製造時間の短縮、製造量の増加、製造の際に効力を強化する……という具合に効力を付与させるには、核の作製を成功させなくては。
鉱石に手をかけようとした僕が、キュウキュウと鳴き声を耳にする。
竜の子が並べて置いた『春石』などの季節があるものに触れようとしていた。
僕は咄嗟に、竜の子を抱きかかえ「駄目だよ」と叱った。
変に動かれないよう僕自身の体に竜の子を巻きつけ、作業に戻る。
鉱石を溶かし、混ぜ合わせる。
タイミングや分量次第で変化するだけあり、判定はシビア。……と聞いたけど、なかなか上手くいった。
「一先ず、これで完成にしておこうかな」
効果量増大、製造時間短縮、鉱石硬化アップ。
しかし、これでも……簡易な薬品、『魔力水』一個につき製造時間は五分。
効果量アップした『魔力水(大)』だと製造時間は十分。
噂通りだ。普通に放置製造した方が早いまである。本当に長期イベントの際、非常時に使う用だな。
そうこうしているうちに、店内に誰かが入って来たことを知らせる効果音が響いた。
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公式チートなのにチートじゃない奴、あると思います……
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