将来
7月9日、土曜日。
結局、レオナルドとルイスは料理店コンテストの出店枠として参加申請はしなかった。
時間が経過し、彼ら周りの反感も多少収まっているが、審査枠で参加する事も控えるだろう。
そして、レオナルド――怜雄がアルバイトしているフランス料理店は、土日祝日は満席になるほど客が足を運ぶ。
怜雄は当初、ホールスタッフとして入った。
現在、怜雄が調理場に立って簡単な食材の下準備を手伝っているのは、人手不足だから仕方なく。
とのこと。
シェフに頼まれ、怜雄は調理スタッフ経験者にも出来そうな雑用的な下準備ばかり行う。
先輩にあたる見習い達からは「雑用ばかりやっていて」「野菜を切るしか脳がない」「料理を甘く見ている」だの散々言われている。
ただ、怜雄は彼らと違って料理人を目指している立場ではない。
下っ端として惨めに雑用を押し付けられる見習いだったら、悔しさやもどかしさを抱くのに。
投げかける相手が違うんじゃないかと怜雄は思っていた。
いや、ひょっとしたら。
自分は何か期待されているかもしれない。
そう考え、彼なりの微細な工夫をし始めていた。
今日も下準備だけを手際よくやっている怜雄に、強面のフランス人シェフが「タカハシ!」と片言な日本語で呼び掛けた。
毎度の如く「小鳥遊です」と怜雄が訂正する。
単純な日本語を組み合わせて喋るシェフ。怜雄の作業を見たいらしい。
怜雄は、ルイスからのアドバイスを参考に、野菜のカットを行っていた。
単純に野菜を切るだけ。
その切り方でも、味に変化があるのだとルイスから聞いて、一先ず怜雄は彼の切り方を参考にしている。
そしたら、シェフは怪訝そうな表情で何か言う。
何となくだが「以前、教えた通りに切っていないのか」的な指摘内容を喋っていると分かる。
自分のやっている事を上手く伝えようとした怜雄だったが、シェフの不服を買ったのかホールスタッフに戻れと言わんばかりに、調理場から追い出された。
ホールスタッフの作業を行いながら怜雄は、考える。
料理人たちは皆、挑戦的な姿勢で色々な試行錯誤をシェフに見せていた。褒められる事もあったし、叱られる事もあった。
自分もああするべきなのかと悩んでいた。
だが、怜雄に対してはオリジナリティを求められていなかったのである。機械的に、言われた通りにやるべきだった。
周囲の人間も「調子に乗ってジェフを怒らせた」と陰口を叩く。
怜雄は別に彼らを何とも思わないが、ルイスにバイト先の話題をした時。彼は「さっさと辞めた方がいいよ」「ロクでもない連中しかいないじゃないか」と鋭く指摘された。
ルイスに言われたから。
なんて、他人に責任を押し付ける訳ではない。
怜雄は一般的な思考と、自分の思考がズレていると薄々分かっている。分かっているが、ならどうするべきなのか。これでいいのかと悩んでしまう。
最終的に怜雄の意思とは関係なく、相手から拒絶させるケースばかりだが……
バイト先を辞めたら辞めたで、次のバイト先の見当もついていない。
一応、アパートの家賃等をやりくりするには、もう少し働く必要があるかも。
悩んでしまう。
……いや、悩むのは後でいい。辞めると決めた。辞めてしまおう。
怜雄は周囲から嫌味を言われながら働き続けるよりも、マギア・シーズン・オンラインでルイス達と交流した方がより良く感じた。
客足のピークを越え、落ち着いた頃に店長に相談した怜雄。
そしたら、急な退職をアッサリと承諾された。
再びバイトの募集をかける予定があったらしく、怜雄が抜けた分、多く採用できると厄介払い出来たような冗談を言う店長。
彼の言葉は本音だろう。
よく分からないが、店長から怜雄は邪見されていた。
怜雄が辞めると聞き、気が楽になったのだろう。
周囲の不満や店長の態度を見て、自分は彼らに迷惑かけていたから、時期早々に辞めるべきだったんだなと怜雄は悟った。
怜雄は定時ピッタリに店を出る。
近頃、見習いと共に夜遅くまで残る事が多くなっていたので、怜雄自身も無意識に安堵している。
帰路についた怜雄の携帯端末が鳴る。
メッセージアプリにメッセージが届いた旨のお知らせだった。相手は遠藤。
何事かと思い怜雄が内容確認しようとした時、遠藤から電話が入った。
電話を取ると、遠藤はお祭りに参加したかのようにテンション高く話しかける。
『よう、相棒。ひょっとしてまだ店にいる?』
「今日は定時であがったぜ。あと、あそこはそろそろ辞めるからさ。夏休み中に別のバイト先、探さねーと」
『ぶっはっ! うっそだろ、本気か相棒!? 俺にも相談してくれれば、あのシェフが君の事をどう見てるか教えてあげたのに』
「は? 遠藤、お前。シェフに会った事あんの……??」
度肝抜かれる怜雄を他所に、電話の向こう側で遠藤が平然と告げる。
『俺さ、相棒が出勤してない時、店に潜入調査したんだよ。はっははは、相変わらず相棒は変な奴って陰口叩かれてたっけ。ああ、で、シェフは君に料理人の才能があるって本格的な指導をするつもりだったんだぜ?』
「……う、うーん?」
あまりに唐突な話題に、怜雄は反応に困った。
周囲の人間は誰もそんな話をしないし、シェフもそういう素振りがない。
遠藤を疑う訳ではないが、一つ疑問をぶつけてみる怜雄。
「お前、フランス語わかるのかよ?」
『英語とフランス語と中国語までは分かるけど? ……って悪い悪い。辞めるだったらどうでもいいよな、この話。俺もこれ伝える為に電話したんじゃない』
改めて遠藤が話す。
『相棒って自分の書いた論文の内容、覚えてる?』
「いつの論文?」
『しょっちゅう小論文の提出してくる浜田教授に出すつもりでボツにした奴。いつのだったっけかな~。最近じゃあないと思うんだが』
「論文がどうしたんだよ?」
『浜田教授に相棒の論文、パクられてるぜ』
「……え?」
所謂、論文の盗用。
とんでもない話だったが、怜雄は何故自分の論文が?と不思議でたまらなかった。
怜雄の反応を聞いて、遠藤はケラケラ笑う。
『つっても、完全にパクった訳じゃないぜ? アイディア元とか構想は丸々まんまだけど、多少アレンジ加えてるって感じ。あ、言っておくけど。俺がこっそり浜田教授のパソコンの中身覗いて得た情報だから、公になってないの注意な?』
一体、何から突っ込めばいいのやら。
ボツにした論文は校内のゴミ箱に捨ててたなと、怜雄は記憶を呼び起こす。
遠藤は慣れたように告げた。
『一応、注意した方がいいと思うぜ。相棒。そうじゃなくても「太古の揺り籠」に目つけられ始めてるんだからさ』
「……わかった」
遠藤との連絡を一旦切りながら、怜雄は考える。
次のバイト先や、論文の盗用なんて些細な問題はどうでも良かった。
(カサブランカ……呪いは解かないつもりなのかな………)
地道な素材の売り上げも好調で、一億円までもう少しぐらいになってきている。
ただ、カサブランカからメッセージなどは一切ない。
彼女は結局、あのままでいいのか。それとも……
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周囲が不穏になりつつある中、コンテストがもう間もなく開催されます……
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