診断書
あれから少しばかり時は流れ、7月8日。金曜日。
本来だと、料理店コンテストの全店舗配置図が発表され、改装期間に入り、本日が改装終了日。
翌日、土日二日間にかけて一次予選が開催される予定だった。
だが、急な延長により参加申請と料理提出の締め切り日は本日となっている。
改装期間が明日明後日。
一次予選は11日と12日……よりにもよって平日に行われる事に。
平日に行われるのがネックで、人によっては、途中参加になるパターンか、途中で抜け出すパターンになるか、あるいは平日故に参加できない場合もありそうだ。
まあ、僕達には関係ない話だ。
順調にレオナルドは野生動物と交流し、素材や食材も効率よく適度に揃って来た。
春エリアは、牛を始めに、羊、ヤギ、兎等の小動物たちが集まってくれる。
兎は通常入手が低確率で発見するのみの『ミニキャロット』を持って来てくれ、代わりに彼らへ普通サイズのニンジンを与える。というのが、僕達の中では主流。兎達からすると、沢山食べれる方が良いようで満足してくれている。
細かい植物系や魚類は鳥が、鉱石系の素材を犬が、牛はミルク、羊は毛。
という具合に大分揃っている。
秋エリアも、猿がランダムに素材や食材を、カラスは鉱石系、リスは木の実を持ってくる他。
異様な存在感あるワニも、肉を持って来てくれるようになった。
この間は『シカ』を捕らえて運んできた。
シカ肉以外にも、素材の一つとして重宝されているシカの角が入手できた。
収集した素材の用途は様々ある。
一つは『フリーマーケット』で匿名販売する。
素材以外にも僕やレオナルドが使わない武器や防具を売りに出す。主に通常入手が困難な『ミニキャロット』や『シカの角』などの素材は高値で売れる。
動物たちは、そういう素材を少ない数ながら集めてくれるのが良い。
墓守系のプレイヤーが少ない事もあって、需要の高さを継続したまま売れに売れた。
一つは武器の素材として使う。
僕とレオナルド、それぞれ新たな武器の作製には素材が必要不可欠だった。
僕の場合は『賢者の石』の作製。
レオナルドはキャロルと一体化できる武器の作製。
『賢者の石』は必要素材量が尋常ではないうえ、カスタマイズの内容次第で素材も変化する。僕の場合はコモン素材ばかり占めるが、コモン故に要求数がおぞましい。
レオナルドは彼の季節『全季』を活かす為に、四季の鎌を完成させようとなった。
茜が作製できる秋と冬の鎌を二つ作り、冬の方はキャロルと一体化できるよう加工した、が。
問題はスキル構成。
コンテストで『浅葱色の薄衣』を狙わない以上、別の手段でレオナルドの欠点であるMP消費を補う必要がある。
新たにジョブ3『神槌』になった茜が習得したスキル付与の中に、MP回復関連のものが増えた。
だが、それを付与する為に必要な素材が『不死鳥の尾』。
……カサブランカに頼む? 流石に、あの女が素材まで提供してくれる訳がないだろう。
レオナルドは野生の不死鳥探しの為、夏エリアを巡る事にした。
確保できたら出来たで、次は夏エリアに3号店だ。
随分と気が早いかもしれないが、夏は夏で海産物や野菜を収集したい気持ちがある。
そして、最後の使い道は料理の為に食材を使う。
ワンダーラビットの会員たちに提供する分は勿論。最近では妖怪達にも変化があったので、食材面ではフル活用し続けていた。
今日もその一環が行われる。
錬金術師に昇格して以降、新たに追加されたのが料理を提供する対象の『診断書』だ。
プレイヤーや妖怪に適応されるこれで、ステータスの微細な変動等を把握できる。
ステータス情報が錬金術師に暴露されるのを踏まえると、信頼できる錬金術師の雇用も今後必要になるだろうと想像つく。
僕が手こずっている相手はプレイヤーじゃなく、妖怪のバンダースナッチだ。
今日も店に出現するなり、テーブル席に突っ伏しながら溜息ついている。
コイツはメリー達と違って、定期的に食事を摂取してない為、消化機能が弱いのは分かってはいたが『診断書』によると改善の兆しがない。
奴は馬鹿真面目に料理を食べられるようになりたい訳じゃない。
ジャバウォックの手にある兎の小物で突かれながら、だらしない態度で僕に顔を向けず、奴は尋ねる。
「なんか変わったか」
「……すぐに変化は起きないかと思います。もうしばらく様子見が必要かと」
「はぁ~、だったらこのまま行くしかねぇな」
奴もまた食事によるエネルギーを求めるようになった。
詳細な理由は分からないが、恐らくスパロウ関連の事情だろう。アーサーと対立するとなれば、長期戦に向けた準備が必要。
僕が思うに、春エリアの、マザーグース達の中で主戦力になるのはバンダースナッチ。
そして、アーサー一派とタイマン勝負するなら、現状だと一筋縄ではいかない。
奴も理解しているので、僕に料理の依頼をしてきたんだろう。
作っておいた簡単な『ワンスプーン料理』を、幾つかバンダースナッチの前に置きながら僕は言う。
「本日は『海鮮の梅ジュレ』『モッツァレラチーズの冬オリーブオイル添え』『ズワイガニパスタ』『春ロールキャベツ』『ブッシュ・ド・ノエル』です」
「もういいって」
「簡単に改善できるものではないんです。猶予があるなら、もう少しお時間を頂けないでしょうか」
ジャバウォックが料理をじっと観察しているので、僕は即座にもう一人分のワンスプーン料理をテーブルに並べる。
「こんな、めんどくさいのかよ」とぶつくさ文句を呟き、バンダースナッチが身を起こし手にかける。
妖怪にも季節が関与しているのか? 薄々勘付いていたが、不思議なことにそうらしい。
他の妖怪達、少なくともマザーグース達はそうで。
『診断書』にはそれぞれの季節を採取した能力変動が記載されていた。
妖怪は人間と違い、個体ごとに季節の属性は持たず、春に属するマザーグース達が秋の食材を口にしても支障は発生しなかった。
ただ、これはゲーム世界観設定を見ると不可思議……妙であった。
妖怪は世界の異常存在として扱われている筈。季節に影響されるということは、この世界観の一部に属している訳で……
今回、用意したものをバンダースナッチが食べ終え。
ちゃっかり、ジャバウォックも完食したところで、僕は診断書に目を通す。
すると、バンダースナッチは不思議そうに言う。
「なんか……今日のは普通に食えたっていうか。まだ食えそうな気がする」
――成程。
僕は「そうでしたか」と返事をし、診断書に目を通す。やはり、目に見えて変動があった。
今回用意したのは、少々特殊な料理だ。
作り方等は何も工夫していない。唯一、決定的に違うのは『季節』。
「あー、ただいま~」
疲れた様子で帰還したレオナルドは、抱えていたキャロルをマットに置いた。
キャロルもマットの上で体を伸ばして、だらける。顔はすましているが、疲労困憊なんだろう。
どうやら、不死鳥は発見できなかったらしい。
疲れている所、申し訳ないが、僕はレオナルドに告げる。
「レオナルド。ムサシに料理の件を依頼してくれるかい。今回のは成功したんだ」
「おお。マジか。良かった」
あの料理が異なるのは――季節が無いことだった。
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やりこみ要素が多いと何から手を付ければいいか分からなくなる現象、ありますよね。