悪臭
「おい、マジか……」
「必死になってたこっちの身にもなってくれよ」
「いいじゃん。騒動が派手になったから運営が動いてくれたんだろ?」
運営の対応に、皆は奇妙ながら困惑を隠せずにいる。
不満がある訳ではない。強いて声を上げるとすれば、対応が遅い!程度だろう。
界隈内での炎上案件ながら祭り感覚で楽しんでいたのもあって、意識の切り替えに時間を要しているのだろう。
念の為、僕も運営からのメッセージ一覧に目を通すと……辞退がキャンセルされていた。
正しくは参加申請と料理提出がリセットされている。
恐らく、影ながら僕たちのように仕方なく辞退したプレイヤーが多くいたのだろう。
想定以上に参加者が減り、イベントどころではなくなっていた恐れもある。
とは言え……
改めてイベントに再度参加申請をする気力がない。
それに、未だ立ち去ろうとしない例の、変装スキルを使用しているプレイヤー二人が立ち去ろうとせず。
二人の内、少年アバターのプレイヤーがレオナルドに問い詰めて来る。
「ねーねー。マザーグース達から何か貰わないの~? レアアイテムとか~」
「皆、遊びに来てるだけだしな。俺達も特別なにかあげたりはしないぜ」
「それってタダでケーキ食って帰ってるだけじゃん! 何か貰ってなきゃおかしいって」
「貰ってるって表現かどうか分からねーけど、ジャバウォックの恩恵とか含まれてるんじゃねぇかな」
いい加減、向こうもしつこいのでレオナルドに注意を呼び掛けようとした時。
野次馬共の奥から、ざわめきが走る。
ごちゃごちゃと声が飛び交う中、押しのけて現れたのは光樹だった。
「なんや、ここに店建てたんなら教えて欲しいですぅ。お二人共」
僕が仕方なく「後で連絡する予定だったんです」と返事をしたが、他の奴らはそうもいかない。
光樹という個人プレイヤーが僕達を関係ある事ではなく。
剣を装備している光樹が、秋エリアにいる事に驚きを隠せなかったのだ。
レオナルドに因縁吹っ掛けていたおかっぱ頭の少年が突っ込む。
「お前『剣聖』かぁ!? チート使って来てんじゃねーだろうな!!?」
「え? 意味分かりません。皆さんと同じ、自分、普通に昇格できましたけど」
流石に、変装スキルを使っているプレイヤー二人もケロリとした態度の光樹に注目する。
その普通が分からないからこそ、苦戦しているのだ。
適当なノリで始めたプレイヤーに解明されるなど、前代未聞に違いない。
僕が思っている事を、他プレイヤー達が口々に喋る。
「なんだ、テメェ。舐めてんのか!?
「こちとら腐るほど検証しまくってるんだぞ!」
「昇格したってなら条件は何だよ! 言ってみろよ!!」
そしたら、光樹が平然と教える。
「『砥石使わんでステージクリア』と『十二時間同じ武器装備して戦闘する』ですけど。アレ。そないな事はやってません?」
「「「「…………」」」」
何だ、その条件。僕も内心突っ込んでしまう。
十二時間同じ武器……これが案外誰もクリアできなかったのか。
いいや。砥石の使用も大概だな……何より剣士系のプレイヤーはソロが比較的多い。
沈黙する一同を他所に、光樹が「せやった」と何かが入った袋を手元に出現させる。
途端、周囲を集っていた野次馬は揃いも揃って鼻を覆う。
僕もレオナルドも鼻を覆ってしまい、キャロルも妙なくしゃみを繰り返す。
お構いなく光樹が言う。
「お二人さん! これやこれ! 『唐辛子』!! 色んな種類あるの、一通り集めてたんです! これでキムチとか、激辛系の料理作ってくれません?」
それは僕の専門外だ!
わざわざ激辛料理をやろうとする奴を探した方がいいのに……!!
香辛料の袋から、これほど匂うものなのか!?
明らかに唐辛子のものじゃ……光樹があれと気づいて、袋の中身を取り出して納得する。
「あ~、違いましたわ。これドリアンの袋やったわ~」
袋の中から悪臭が広がり、その場は大絶叫する。
「くっせえええええええええええええ!!!」
「鼻がどうにかなる!」
「なんで、こんな悪臭あるもん再現してるんだよ、このゲーム!」
お陰で誰も彼も立ち去ってくれたが、それはそれとして僕は鼻を抑えながら光樹に「早くしまって下さい」と必死に訴える他なかった。
◆
「オエ~! マジで最悪~……匂い移ってないよね」
『太古の揺り籠』本部に帰還した少年と成人男性のプレイヤー二人。
先程までルイスたちの店先で絡んで来た変装している二人組が彼らであり、その場で一旦、変装を解くと。
赤と青のオールバックの双子だった。
実は双方共に『怪盗』であり、変装スキルを用いて活躍する潜入担当。
今回、レオナルドやルイスから情報を入手できず、代わりに剣聖の昇格条件を入手したという謎の功績を得た。
しかし、謎はある。冷静な青の双子が言う。
「困りましたね……やはり、例の盗賊プレイヤーが『怪盗』に昇格したと推測するしかないでしょうか」
顔しかめながら、赤の双子が「そんな奴いた?」と聞き返す。
青の双子は頷いた。
「ええ。先程、ドリアンを持ち込んだ剣士の彼と一緒に行動していた盗賊系のプレイヤーがいます。……第一、変装で誤魔化せなければ、我々の監視をすり抜けられるとは思えません」
監視。
物騒な話だが、今に始まった訳ではない。
雑用係のプレイヤーが交代で各エリアの市役所の監視を行っている。
他ギルドや、有名プレイヤーの動向を観察する為だ。いち早く情報を伝え、対応する。
だが、今回に限ってルイス達が『ワンダーラビット』の二号店を建てたタイミングが分からず仕舞い。
野次馬よりも遅れて、双子たちは情報を掴んだのだ。
故に、青の双子は頭を抱える。
「本当に困りましたね……向こうが『怪盗』を味方につけているようなら、食材確保はとうの昔に済ませてあるでしょう」
「えー、じゃあ妨害しても意味ないじゃん! どーせ、コンテスト辞退もハッタリでしょ? 当日に邪魔するしかない奴?」
「そうですね……」
ただ。残念と言うべきか。
ルイス達が本気でコンテスト等を放棄したとは、普通、判断できないだろう。
仕方ないと言えば、仕方ないのだが。
それが原因で、また悪い方向へ話が進んでしまうのだった。
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良くも悪くも、凄すぎると誤解を招いてしまう。そんな話です。
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