ワニ
事を済ませた僕らがやって来たのは、秋エリア……に建てた『ワンダーラビット』の二号店。
二号店を建てた場所は、街郊外から少し離れ、山中手前のところ。
店の裏側には紅葉や暖色系に染まった木々が、たまに吹き抜ける風で靡く。
店先は、整備されていない脇道とススキ野原が広がっている。
庭から見ると、奥に芸術性溢れる街とプレイヤーが建てた一軒家から、生産職の店舗、あまり建造物がないのでギルドの領地もいくつか伺えた。
内装は普通の木造一軒家。
ワンダーラビットの一号店と大差変わりない内装。こちらには、家具も何も配置していない。
広さも設備も初期状態で、イチから始まるところだ。
僕もマニーで購入できる分で、店内と庭の拡張と地下を入手。一号店で使っていた簡素な家具を適当に配置しておいた。
新薬作製キットこと、調理器具を工房に配置し、秋エリアの庭で乾燥させる意図の下、食材を取り出す。
僕が、乾燥台に食材を並べている間。
レオナルドはアルセーヌと共に、一号店から連れてきたキャロルの最後の上限解放を終えた。
これでキャロルの育成は、大体完了した。
更なるペットの育成をするには、冬エリア解放条件でもある『大祓魔師試験』を合格しなければならない。
キャロルのステータスを確認しながら、アルセーヌが他愛ない会話を振ってくる。
「なあ、相棒。彼女のどの辺が好きなんだよ?」
中高校生がやるような茶化した風体のアルセーヌに、レオナルドは呆れた様子で渋々答えた。
「あのさ、カサブランカは恋愛対象とかそーいう風に見てないんだって……」
「なんで?」
「何でって……アレだよ。好きになったら、胸がドキドキするんだろ? でも、俺はカサブランカを見てもそーいう感じになってない」
「へ????」
アルセーヌの反応は最早、笑い混じりだった。
僕もチラリとレオナルドを観察すると、彼は馬鹿真面目にそう述べているのだから、どうしようもない。
レオナルドもキャロルを撫でながら「何だよ……」と困惑している。
下手に話を掘り下げられても困るので、僕が割り込む形で声をかけた。
「レオナルド、これを外に出しておいてくれるかい。あと、庭もある程度、薬草系を植えておいて」
「おう、分かった」
折角なので、キャロルも連れて庭に移動しようとするレオナルド。
だが、アルセーヌが外の様子を伺って、満更でもない態度で言う。
「あー。なんかもう来てるな。流石、現代社会は情報網早いねぇ」
レオナルドもチラリと外の様子を伺う。僕も少し確かめておく。
現状、秋エリアはジョブ3に到達したプレイヤーしか来れないとは言え、条件が緩い錬金術師や賢者などは腐るほど多い。
その手の野次馬らしい連中がチラホラ。撮影機能を立ち上げている奴もいる。
本当に面倒な。
僕が内心で悪態をついていると、レオナルドが「あっ!」と声を上げ、僕の腕を引っ張りながら指さす。
「ルイス! ほら、あいつが来てる!!」
レオナルドが指しているのはプレイヤーじゃない。
庭の地面と同化するような体色なので、僕も直ぐに気づけなかったが……ワニだ。
ワニがいる。
普通じゃない光景だが、あれは先程クエストでレオナルドと会っていた個体、だろう。
それ以外、心当たりはないので間違いようがない。
僕は野次馬を無視して周囲を確かめ、レオナルドに伝える。
「他の動物は来ていないね。すぐには来ないのかな」
「あー……ワニにびびっちまってるとか? そういう事もある??」
アルセーヌも改めて庭の様子を理解し、笑みを溢しながら話した。
「なんで初手、ワニゲットできるんだよ、相棒! 相変わらず、変だよなぁ~。普通、リスとかカラスが来てくれるもんなのに」
「お、俺に聞くなよ」
「ん~。ワニって素材は持って来てくれないぜ? このまま懐けばテイム成功で戦力にはなってくれるかもだけど」
アルセーヌが手元に画面を表示し、内容を確認しながら話す。
一応、奴の話した動物が訪問する仕様は証明されたので、ワニに関しては適当に対処するとして。
僕は尋ねる。
「検証は成功したので、本格的に素材を集めてくれる動物を中心に探そうと思います。具体的になにがいいでしょうか」
「秋エリアだとリスとカラス、あとは~……猿だな、猿。一番集めてくれるのは猿だけど、何を持って来てくれるか不明。リスとカラスはある程度、限定されてるから分かりやすい」
奴が話す内容を聞き、僕は察する。
「エリアごとで来る動物が限定されているんですか」
「あー、そう。各エリアで交流した動物が各エリアの自宅か店とか、ギルドの領地に来る仕様だから、相棒の場合、夏エリアの動物が来てくれる場所を確保しないと」
春エリアは、羊と牛、それと山羊。
他にも細かいレア動物もいるが、牛を確保できれば十分か。
僕が今後の目標を思案していると、唐突にメッセージが届いた。それは僕だけではなく、レオナルドにも届く。
メッセージの主は――ミナトだった。
彼とやり取りするのは、イベント関連で辞退の報告をした以来だろうか。
真っ先に送られてきた言葉は
『大丈夫ですか』
………
僕は彼が普通の感性を持つ人間だと思ってはいるが、偶に考えが読めない時が多々ある。
今回の場合、文脈に主語が無いからサッパリ伝わらない。
じゃなく。一体全体どうして、僕たちの安否を心配するのかが分からない。
前回の『神隠し』イベントなどでも、少々理解ができない節が見られた。
純粋に受け止めれば、顔見知りの相手でも親身になって心配してくれる善人、と大多数が感じるだろう。
だが……なんだろう。
ミナトの場合、僕たちとの間に距離感があった。
謙遜されているのか分からないが、茜よりも不自然な境界線があるような。
ミナトから続きのメッセージが届く。
『先日、お話してくださいました「アーサー」の一件を「太古の揺り籠」が嗅ぎ回っているようです』
『お気をつけて下さい』
どこからの情報なのか。
いや……ミナトには『太古の揺り籠』がアーサーと取引している話を伝えていない。
だから、客からの噂話か何かで偶然知った形か。
僕は礼のメッセージを添えつつ、厄介なと思ってしまう。
これが事実であれば、野次馬に混じって『太古の揺り籠』が僕らに構ってくる訳か。
嫌がらせ要因で多少人材を割けるのを考慮すれば、どれほどで事態が解消されることやら。
僕たちはギルドを設立しないというのに。
同じメッセージを受け取ったレオナルドは、不思議そうな表情を浮かべて言う。
「別に隠す事でもないよな? どっちにしろ俺達はアーサーとの取引はしない方針になった訳だし」
僕はレオナルドの言葉で多少、落ち着き「そうだけどね」と頷く。
外を警戒していたアルセーヌが「あー」と間の抜けた反応から、僕たちに外を見るよう促す。
それから、庭にいるワニに気づいたらしい少年と、彼の付き添いらしい男性の二人組をアルセーヌが指し示していた。
アバターの外見から親子を連想させられるが、実際はどうなのだろう。
だが、アルセーヌが僕らに告げたのは予想外の事だった。
彼も真面目な表情をする。
「あの二人、『変装』スキル使ってるぜ。『太古の揺り籠』が怪盗の昇格条件把握してるってなら、情報が出回らない訳だ」
まさか。
レオナルドも外の様子に注目する傍ら、僕がアルセーヌに聞き返す。
「何故、変装してまで僕らを警戒しているのでしょうか?」
「ん~。この前、ギルドマスターの琥珀と絡んだんだろ? そん時に、相棒がチョロイ奴って思われたんだろうなぁ。ふっははは! 最初は皆、そう思うんだよ。相棒は、チョロイ類じゃねえのにさ」
「……そうですね」
素直に僕は同意する。
レオナルドが怪訝そうな表情で僕とアルセーヌに振り返っていた。
僕は咳払いしてから言葉を続ける。
「レオナルドはお人好しではなく、他人基準で物事を進めているだけですからね。あまりに先読みと察しが鋭すぎて、気味悪く思われるのが落ちでしょう」
「ははは! 分かってるじゃん、ルイス君」
反論できない様子のレオナルドは、話題を逸らすつもりで尋ねてきた。
「はぁ……ルイス。光樹さんがくれた肉ってまだ残ってるよな?」
「うん、残っているよ。でも、半分ほどはハーブとかで付け置きしてあるんだ。……何をしたいんだい」
「ワニの餌やりにいく。あと庭に干すのと、薬草植えに」
「餌付けは駄目だよ。それに外へ出た所で、また騒がしくなるだけじゃないか」
「いや、大丈夫だって。あと知り合いがいるから話しようかなって」
……知り合い?
レオナルドが肉を手持ちに加え、キャロルと共に庭へ向かった。
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カサブランカがヒロインである事に驚かれたことが、驚いています……