漁港
最終的に、レオナルドは僕が選んだ藍色の半袖パーカーの下に白シャツ、黒ズボンの服装。
濃いグレーのショートカット。
顔は本来のレオナルドとは似つかないものと化した剣士に変装。
僕は体型を本来よりも低くし、魔法使いの少年に変装。
服装はシンプルな深緑の半袖に灰色の短ズボン。髪は茶色のミディアムショート。
アルセーヌも赤のツーブロックの髪に。
黒のタンクトップとジーンズという派手な格好ながら、ゲーム世界では不思議と馴染む容姿で漁港へ向かった。
漁港は現在、夏エリアのみ解禁されている。
熱帯夜の気候下。要所要所に配置された松明を光源とし、しっかりと舗装整備された港。嵐に倒れない頑丈な鉄製で構成されている『競り市』もある。
夜の時刻だろうが、『太古の揺り籠』が撤退した今。
他プレイヤーも多く集っており、人手を求めているプレイヤーはパーティ招集を呼び掛けていた。
僕らも比較的少人数なので、参加を求められたりしたが丁重に断る。
変装はなかなか見抜かれない。
『鑑定』を持つ盗賊系のプレイヤーも見かけるが、誰も僕たちに指摘しない。
僕も詳細を全て把握している訳ではないが、アルセーヌの『変装』スキルはジョブ2の忍者が持つ『鑑定』レベルで看破できないと考えられる。
それ以外に、外見ではなく声帯も変化しているのも一つあるか。
声帯は変声の類だ。変装する側は安心できる仕様だが、相手にすると厄介極まりない。
……これも『怪盗』の性能が広く知られていないからだ。
公になれば賛否飛び交うだろうな。
何はともあれ。
NPCから船をレンタルし、早速出航する僕ら。
レオナルドが「すげー揺れる!」と子供のように興奮していた。僕は父に連れられ、何度か船の経験はあるので普通に感じた。
バーチャル空間ではあるが、レオナルドは、船は産まれて初めてだと言う。
……まあ、そうか。
機会がなければ船に乗る事もないし、船に所縁ない家庭であれば尚更だ。
さて。
漁は昼間に行うイメージがあるだろうが、夜にも『集魚灯』の光で魚を呼び寄せて取る手段もある。
有名なのはイカ。
アジやイワシといった小魚。
そして、小魚を狙うスズキなどの大型をおびき寄せる。
僕らは、レンタル時間まで『集魚灯』を使った釣りを行う事になった。
現実だと釣れない事態も起きうるが、ここはゲーム仕様。適度な割合で各々の竿にヒットする。
なので飽きて退屈、にはならない。
こういう配慮はあるのにな……
アルセーヌがおびき寄せられたヒラメを釣り終えながら話す。
「魚よりも貝の方が高値で売れるんだよ。食材としても重宝されるけど、殻を素材として加工できるからな」
レオナルドが餌を取りつけながら「へえ」と納得している。
僕は周囲の漁船が僕たちに注目してないかを確認しつつ、薬品を使用。
疲労が蓄積し出した全員のステータスを回復する。
カサブランカの為に四億も稼ぐなんて、また馬鹿らしいことを。
そう考えていたが、ここに来るまで僕たちの事情を把握しているアルセーヌは真面目に教えて来る。
「ルイス君も行動が制限されてるって言っても、一部だけだろ?」
「はい。素材収集エリアを除いたマルチエリアでのみ、上級妖怪が出現すると運営から返信が来ました」
素材収集エリア。
今回の漁港を含めた、草原エリアや花畑エリア、鉱山エリアを示す妖怪が出現しないマルチエリア。
それらにはアーサーたちが出現しない保証が得られただけ十分。
だが、マルチエリアも例の騒動のせいで足を運びにくくなっている。
活動範囲は、メインクエスト中心だ。
それを承知の上で、アルセーヌは釣り糸を垂らしながら続ける。
「オーケー。まず、メインクエストで武器周回ってのがある。ドロップ率上昇のスキルをガン積み。特定の武器をドロップする妖怪だけ倒して、即撤退。相棒に関しちゃ、ひとっと飛びで済むから余裕だろ?」
よくある発想だな。
特別珍しくも無い稼ぎ方だ。決して悪くはないが、効率的ではない。
僕は手元の竿の糸を引いた魚を釣り上げつつ、アルセーヌに言う。
「あとは、盗賊系のスキル『猫に小判』をレオナルドに付与して、コンボ数をヒットさせるごとにマニーを獲得する。などでしょうか。それでも四億稼ぐのは無謀ですよ」
「まー、それもあるけど武器用意する割に、効率的じゃないんだよな」
「……メインクエストで稼げる場所があるのですか?」
僕が険しい表情になっている自覚を抱きつつ、アルセーヌに問いただしていると。
ふと、レオナルドが何かに気づく。
「ん? なんかいるぞ」
レオナルドが闇色に染まる海面を観察していると、その視線の先に三角形の影が一つ迫っている。
特徴的な形に、アルセーヌが流石に反応した。
「やっば! サメか!?」
飄々とした立ち振る舞いとは打って変わって、俊敏に立ちあがり、道具を探そうと行動に移していた。
僕も一瞬警戒したが、三角形の影――背ビレの形状でまさかと思う。
レオナルドが興味津々に近寄れば、向こうも顔を見せてきた。僕はやっぱりと語った。
「マルチエリアだから野生動物がいるんだね。アルセーヌさん、サメじゃなくてイルカです」
「えぇ? イルカ?? 夜なのにいんの?」
アルセーヌが半信半疑で驚く一方、接近してきたイルカは特徴的な音を発する。
イルカはレオナルドに何か語りかけているようだ。
先程釣った小魚を与えようとするレオナルド。僕は咄嗟に制した。
「懐いちゃうから駄目だよ、レオナルド」
「あ、あー……悪い」
しかし、イルカが去る気配はない。
アルセーヌが面白そうに、レオナルドへ尋ねる。
「餌でも欲しいの? あのイルカ」
「何となくだけど、遊んで欲しいって感じがするな」
僕は仕方なくレオナルドに促す。
「このままだと魚が寄って来なくなってしまうから、離れるよう説得してくれないかい」
「だよな。上手くできるかわからねーけど」
レオナルドが、ひょこっと海面から顔を覗かせたイルカと向き合い。
しばらく、じっとしていたらイルカが海中へ戻り、スィーッと溶けるように泳ぎ沈む。
それを見届けたアルセーヌは、不敵に笑って僕に尋ねる。
「あー、ところで二号店って海岸側に建てる??」
「……何故、二号店の話を?」
「さっきの子が遊びに来てくれるぜ。君たちのところに妖怪達が遊びに来るノリでさ」
話を聞いて目を見開きながら「ほんとか?」とレオナルドが聞き返す。
僕はまさかとアルセーヌに確認した。
「動物で稼ぐんですか」
不敵に笑いながらアルセーヌは言う。
「羊だったら毛を刈って欲しくて自主的に来たり、牛だったらミルクが溜まり過ぎるから絞って貰う為に自主的に来る。って習性があるんだと。ただ、相棒が動物たちと仲良くなれるかが問題? ふふふ。心配する必要はないと思うぜ」
レオナルドが僕を顔を見合わせる。
それが本当なら、ギルドを建てなくてもミルクなどを上手く確保できる仕様じゃないか。
だが、そんな都合がいい事もあるのか?
アルセーヌの情報は唐突過ぎて、何とも言えない。
……重要なのはレオナルド。祓魔師が持つ特性か。
皆様の応援あって40万PV突破しました! ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。
追記:次回は9/5に投稿します