変装
7月4日、月曜日。
料理店コンテストへの参加申請等の締め切り前日である。
僕たちがゆっくり時間を過ごしている間。事態に変化が生じていた。
『太古の揺り籠』の主力部隊――所謂、プロ集団がカサブランカにPKされた事で、レベルが急降下。
それ以来、プロ集団は前線から引いて。
高レベルで優れた装備を持ちながら、プレイヤースキルが二流、三流のプレイヤーが前線に出る事に。
だが、その程度ならホノカ達相手に敵わず、ほぼほぼマルチエリアから撤退せざるを得ない。
僕たちの知らぬ間に、食材採取できるほどの平和を取り戻したらしい。
ただ、それもPKペナルティを受けたプロ集団が戻るまでの話。
今の内に食材採取をしようと呼び掛けがある。
目撃者も多くいたから、カサブランカがロンロンの呪いを受けている情報は拡散された。
具体的にどのようなものかと言うと。
ロンロンは人間の肉体を金や銀、土や木に変換させ、石橋の素材にする悪趣味な設定が忠実に再現され。
カサブランカの肉体が泥のように崩れ、足が棒きれになったり、頭部にある穴という穴から液状化した金が溢れた……などなど、悲惨な光景が広がっていたようだ。
そういう風に、ロンロンが奴を嬲っていたらしい。
敵として戦うならともかく、NPCがプレイヤー相手に一方的な暴力を振るっていた訳だ。
その仕様に、賛否がある筈だろう。
自分たちがカサブランカと同じ目に合うんじゃないかと、自意識過剰な妄想で非難する奴。
PKありきなんだから、この程度の暴力くらい……なんて擁護する奴。
しかし、奇妙な事にそういった声は皆無だった。
何故かと言えば、当のカサブランカ本人がケロリとしているからだ。
自分の肉体を自在に形状変化できるのを利用し、裁縫道具へ加工し、『太古の揺り籠』の主力部隊を壊滅した。
呪ったロンロンが『テメェの為の能力じゃねぇんだよォ!』とキャラに合わない激怒をぶちかましていた映像を見て、僕のクラスメイトも面白おかしく笑っている。
カサブランカが言うに、ロンロンの呪いを受けたペナルティは終始五月蠅い、だけのようだ。
他にも重要な部分あるだろうが。
あの女……奴の態度はどうでもいい。
問題は――レオナルドが、この情報を見て何とも感じないわけがない。
お喋りなアルセーヌは、きっとレオナルドに教えてしまう。
不安に思って、僕も彼にメッセージを送りたかったが
「レンレン~! ねえねえ見た見た? カサブランカの戦闘! すんげー気持ち悪いよね~! あれでバトルロイヤル来られるとか、勘弁して欲しいよ~。俺、参加したくなくなっちゃう~!」
毎度毎度、クラスメイトの男子が話しかけて来る。
期末試験が近いから現実逃避目的で、僕にちょっかいをかけているんだろうが、迷惑だ。
適当に「そうだね」と返事をしながら、僕は携帯端末をしまう。
男子はつまらなそうに言う。
「ちょっと~~反応冷たいよ、レンレン~」
反射的に大きな溜息と、体を揺らし、男子に顔を向けずに答えた僕。
「彼女の情報は目を通してたけど、実に不愉快だったね」
「へ? うっそー! レンレンってカサブランカのファンだったの~? ムサシファンは卒業??」
「僕が言いたいのは、ゲームユーザーの対応がどうかしてるって事だよ」
「……」
「今回の事件。被害に合ったのがカサブランカであってもなくても、異常極まりないよ。ゲームの仕様だからって誰も彼女に救いの手を差し伸べるどころか、寄って集って集団リンチしようとしたのは変わりはない。撮影した連中も見ているだけで、何もしない。……前回のアイドル騒動を経ても、コレ。あそこの民度は最低だよ。離れて正解だったね」
さっきまで、今回の騒動を面白おかしく笑っていたクラスメイト達が、訝しげな顔で僕を伺っているが知ったこっちゃない。
陽気な件の男子は、救いようないほど空気を読めずに、あざ笑う。
「も~、レンレンったらマジになり過ぎだよ。人間って大多数がそんなもんでしょ? ルールとかマナーとか、モラルとか? 守りましょって呼び掛けても、みーんな守らない。何言ったって無駄だよ、無駄!」
……その通りだが、コイツに言われると腹が立つな。
◆
漁港。
『神隠し』イベント後のアップデートで解禁された場所。
船はNPCにマニーを払ってレンタルするか、盗賊系のプレイヤーが用意するかの二択で確保する。
盗賊系はアップデート後に、船を含めた多彩な『乗り物』の所有が解禁されていた。
これだけだと、盗賊系を確保する意味はない。レンタルだけで十分ではと思われがちだが、そうもいかない。
沖合は様々な海産物の宝庫であると同時に、危険のある領域。
ランダムで発生する嵐。海に出現する妖怪が妨害を仕掛けて来る。中でも危険なのは他プレイヤーからの妨害だ。
沖合は、草原エリアなどの素材収集エリアと同じ、マルチエリアに分類されている。
そして、ここでの妨害は、通常の妨害とは一味違う。
船を利用した手段を用いらなければ、食材の大量確保が困難。つまり……相手の船を標的、沈没させるのを重視する訳だ。
そう。
自前の船の装備等を万全にしなければ、一方的に攻撃され、沈没。
だから、漁港を賑やかせるのは、盗賊系プレイヤーをフレンドに持つグループ。もしくはギルド連中ばかりだ。
しかし、僕らがアルセーヌのマイルームに転移し、準備を開始する前で奴に告げられる。
「言っとくけど、今回はNPCから船をレンタルするから。その方が都合いい」
レオナルドが「どうして?」と尋ねる。
僕は事前情報である程度、想像する事ができた。
「『太古の揺り籠』がマルチエリアから撤退したのと関係があるようですね」
そしたら、アルセーヌが頷く。
「あぁ、うん。そう、それな? 全体的に『みんなで仲良く食材集めしましょ』って雰囲気な訳。ここで妨害行為した方が、ネットで叩かれる状況。逆に今なら、レンタル船でもフツーに帰ってこれるほど平和だぜ。ただし!」
演説の如く語っていたアルセーヌが、僕たちに指さす。
「一番の問題は、相棒とルイス君だよ。大々的に、対『太古の揺り籠』の前線には出ません!って宣言しちまったから、食材集めに現れるもんなら総叩きだぜ。お前らは何もしなかっただろ、お前らに食材取る権利はねぇ!ってな」
……当然、僕もその批評を聞いている。
正直、料理店コンテストもムサシファンを利用して目標人数に到達する魂胆だったが、宣伝までしたせいで裏目になってしまった。
レオナルドは、複雑な表情で唸っている。アルセーヌはせせら笑う。
「でもまぁ? 『太古の揺り籠』に喧嘩は売らない。『太古の揺り籠』相手に苦労しないで食材収集が再開できた結果論が全てだけどな。結局、感情的に正義振り回す方が損する仕組みよ」
僕も食い気味に「そうですね」と同意した。
そして、船を用意しない代わりに、アルセーヌが部屋に並べ始めていたのは、様々な服。夏エリアでは快適な涼し気な恰好ばかり。
それと武器。
僕たちの使う大鎌や鞄系ではない、剣や杖……僕達のジョブ以外の武器だけ揃えられている。
部屋を埋め尽くしかねないほど物を置きまくってから、アルセーヌが言う。
「そういう訳で『変装』しようぜ、二人共。怪盗の変装スキルを使えば、外見だけある程度、変化させられんだ。武器も、普通に振るぐらいしか使えねぇけど所持できるようになる」
レオナルドが目を光らせて「おお!」と武器に目を向ける。
……僕から話を切り出そうにも躊躇しているが、レオナルドはカサブランカの件を把握しているのか?
いや……
あの話を聞いたところで、彼が感情的になるかは分からないけれど。
ふと、アルセーヌが飄々とした態度で僕に尋ねた。
「で、コンテストはどうすんの? 俺的には協力してくれた奴らが反感してないか心配だけど」
「ああ。それは大丈夫です。ギルドランキング一位の『太古の揺り籠』に喧嘩を売りたくない想いを素直に伝えました。信憑性はともかく、よろしくない噂が多い連中ですから。皆さん、納得してくれましたよ」
「へ~」
「コンテストは辞退しました。アルセーヌさんが仰る通り、想定以上に反感が多いですし。参加したら僕らに協力してくれた皆さんの情報まで公開されてしまいます」
ことごとくイベント関係でトラブルばかりというか。
今回に限っては、とばっちりにもほどがある。『太古の揺り籠』連中に訴えたいほどだ。
服装を選んでいたレオナルドが、顔を上げてアルセーヌに言う。
「え……じゃなかった。アルセーヌ。他の祓魔師ってどうなってるんだ? カサブランカの呪い解く為に、祓魔師が四人必要って奴。頼んだと思うんだけど」
「あー……」
なんだか気まずそうに、アルセーヌは話す。
「ホノカのところにいる凪って女の子と。最近『太古の揺り籠』ん所に入った祓魔師。あとはそれぞれの攻略班に何人かいるぜ。問題は、上級妖怪の解呪資格を習得する最終試験ってのが、攻略班ですら未だに合格できてない。さっさと呪い解いてやりたいなら四億用意するしかないぜ?」
「よ……」
レオナルドは驚愕し、僕が溜息ついてしまう。
アルセーヌの言う四億とは、NPCに上級妖怪の呪いを解呪依頼する場合の要求マニー。
上級妖怪の呪いの解呪だから、安いのは変なのだが。
四億は高すぎる。半ば解かせる気がないと思ってしまうレベルだ。
そういう意味で僕は溜息をついた。アルセーヌは笑いを含みながら言う。
「女に四億貢ぐとか、文字にしたら相当ヤバイ響きだな? 相棒」
「さ、流石に四億は……せめて三億に出来ねえかな」
無理しようとするレオナルドに、僕は冷静になるよう促す。
「全く。駄目だよ、こんな糞仕様のゲームで無理をするなんて。つい最近、無理は駄目と宣言したばかりだろう? レオナルド」
「でもよ……運営にどうこう言ったところで、すぐ問題が解消されると思うか?」
僕が衣服に悩んでいるレオナルドに、藍色の半袖パーカーを差し出しながら答えた。
「されるよ。アイドル騒動のせいで墓守系が激減してしまったんだ。アルセーヌさんが調査しても数えられる程度しか、墓守系はいないんだろう? マニーだってすぐに集められない」
「うーん……」
そしたら、嘲笑するようにアルセーヌが割り込む。
「ところが、あるんだよなぁ。この手のゲームに、一つや二つさ。金稼ぐコツ」
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