キドニーパイ
他プレイヤー達が阿鼻叫喚で争う状況下、僕らは庭の修復に明け暮れていた。
庭など些細なものだ。
最も重要な事に時間を割くべきだとか、他の奴らが指摘しようが、僕は庭の手入れが好きだし、荒れ放題の庭を晒し続けるのは、普通に恥ずかしいからだ。
殺風景な庭を晒し続ける奴らの方が正気ではないし、見ている僕が恥ずかしくなる。
とにかく、折角育った青薔薇の苗も植え直さなければならず。
テーブル席やレンガ、庭の小道具も壊滅状態だったので、全て新調。
レオナルドも手伝ってくれたお陰で、今日中に庭はマシな形を取り戻した。植物は育つのを待つしかない。
「はあ、やっと終わったぁ~」
一息ついたレオナルドが席に腰かけ、どこからともなくジャバウォックがテーブルクロスの下から顔を覗かせた。
キャロルは自由気ままに芝生を駆け回る。
僕が「お疲れ様」と声かけ、飲み物を用意しようとしたら、唐突にメッセージが舞い込む。
僕個人に対してではなく、店側へのメッセージだった。
その内容に目を通す。幾許か憂慮しながら、結論を固める。
やれやれ、といったものだったが、仕方ない。僕はメッセージに返信をして、レオナルドに伝える。
「レオナルド。お客様が来るから出迎えてくれるかい」
「え。今から?」
渋々、彼は立ち上がって、来客用の制服に着替える為、店内へ移動する。
疲れているところレオナルドには申し訳ない。
……現状、素材集めが困難な状況だ。最低限の人手は確保しなければならない。
急遽予約をぶっ込んで来た奴は、罪悪感皆無で店内に転移する。
「ホンマすいません、急に!! 市場で『肉』の安売りしてたもんですから、沢山こぉてしもうて。いやぁ、癖みたいなもんですわぁ。余りは迷惑料で貰って構いません」
饒舌にベラベラと喋るコイツ。
紺の着流しを着こなす、癖毛ある茶色のセミロングヘアに細目の男。
所謂、光樹なのだが……何故、僕らの店に入るようになったかと言えば、茜から紹介を受けたからだ。
紹介制のルールを守る為、小雪や茜に紹介して貰えないか頼み込んで来たらしい。
それで、いきなり押しかけ、いきなり差し出してきたのは『肉』。
最近のアップデートでNPCが食材を販売する市場が解禁されているのは、僕も把握している。
ただ、ここで購入するよりかはマルチエリアで狩った方が確実にいい。
マルチエリアも、アップデートによる新たな食材の追加と称し、妖怪以外に野生動物も出現するようになった。
そう。彼らを狩れば『肉』をドロップする。
生生しい話ではあるが……
他にも単に食材としてではなく、野生動物をペットとしてスカウトするチャンスがあるらしい。
このご時世、マルチで食材入手が困難だからNPCから購入したのかと思ったが。
光樹から渡された肉は色々と特徴的……癖のあるものばかり。
奴は僕を試すように聞いてくる。
「ルイスさん、希少部位知ってます?」
「はい。今日、お持ちいただいた中に『牛肉の希少部位』が多くありますね。これが安売り?」
「素人でも知ってます『シャトーブリアン』辺りと比べたら、ゆうほど高くありません。よう分からん部位やから興味持たれへんから、在庫処分で安売りですって。は~~~、勿体な!」
呆れる光樹を他所に、僕は食材を確認するため、カウンターに並べる。
レオナルドも一般的に聞かない希少部位の肉を不思議そうに観察していた。
『タン』『バラ』『リブロース』『サーロイン』『モモ』『ヒレ』『ランプ』『イチボ』……
確かに、特定の部位を狙って集めるには、マルチエリアは非効率。店で購入した方が早いまであるな。
圧倒されながらレオナルドは、光樹に尋ねる。
「えっと、何かリクエストあれば受け付けますよ。なければ、こちらで適当に作りますけど……」
「あ。ホンマに? じゃあ『キドニーパイ』頼みます」
……っ!?
これだけ揃えておいて、よりにもよって頼むのが……『キドニーパイ』……?!
なんなんだ、コイツは!!
舌が肥えてマイナーというか、ニッチな料理に方向転換した変食家か?
レオナルドは聞きなれない料理に首傾げている。
「すみません。なんですか? それ。キドニー??」
「あー、知りません? キドニーって腎臓です。腎臓。今回は牛の腎臓パイって奴ですわ」
流石に分かって注文しているんだろうな。コイツ。
自分でも顔が引きつる自覚を抱き、辛うじて「かしこまりました。少々お待ちください」と告げれた。
腎臓と牛肉、揚げたタマネギに食肉から出る肉汁の元に作ったソースが入ったパイ。
ただ、味は賛否あるというか好みは個人差あったりする。
一番の理由は、腎臓の風味の強さ。これの好き嫌いかで全てが決まる。
何よりキドニーパイは『イギリス料理』だ。
それを聞いただけで「あっ」と沈黙する人間もいるだろう。……まあ、僕が作るんだ。多少、上手くアレンジして当然。
だが、僕も慎重だった。
癖の強い料理をわざわざ注文するのは、この界隈でキドニーパイを提供する店がないから。
だったら、光樹は癖の強い腎臓の風味を好む輩。
下手に腎臓の風味をかき消したら、不満を買うかもしれない……
料理に集中する僕の代わりに、レオナルドがテーブル席で待つ光樹の相手をしている。
「レオナルドさん、ここ『燻製』とか作ります? ニシンの燻製とか、自分大好物でたまらないんですわ」
「海産物の料理も最近始まったもんで、まだまだこれからって感じです。今度、アルセーヌが船を用意してくれるんで、漁港から沖合に出る特殊クエストを受けます。それで何が取れるか次第ですかね」
「あ~そうそう。船なぁ。あれって盗賊系の人しか手に入らへんの不平等すぎひん? あ。自分も手伝いましょうか? なんや。えらい噂になってますもん。お二人共。そーいう雰囲気やと邪魔されるんでしょ」
「お気持ちはありがたいです。でも、光樹さんを変に巻き込む訳にはいきません」
丁重に断ろうとするレオナルドに対し、奴は耳を疑うような事を告げる。
「自分、最近『剣聖』になりましたんで心配いりませんって。レオナルドさん」
ブクマ登録、感想を頂きありがとうございます。
触れようと思って触れられなかったアップデート後、追加食材や海の沖合の話などなどでした。
続きが読みたいと思って頂けましたら、是非ブクマ&評価をよろしくお願いします。