太古の揺り籠
ルイス達が自由気ままに謳歌する中、マルチエリアでは相変わらず死闘が続けられていた。
『太古の揺り籠』達が一歩たりとも譲ろうとせず、占拠するのは主食になりえる食材。
主食と言っても色々あるが、小麦・大麦・ジャガイモなどのイモ類の食材を奪われ……いや、採取されないよう防衛に徹底していた。
「回復アイテムは腐るほどある! ガンガン魔法をぶっ放せ!!」
夏のマルチエリアの一つ。周囲には新緑の揺らす木々で構成された森林。
そこを通り抜けた先で、波打つように揺れる小麦。
それを防衛する為に賢者に昇格したプレイヤー達が、MP回復の魔力水を湯水の如く消費し続けながら、強力な魔法を発動し続けている。
プレイヤーの数と威力だけで全てを蹂躙していた。
賢者は、魔導士で習得できる五種類の魔法を積み合わせる『第五魔法』の上位、『第六魔法』『第七魔法』を習得できる。
ただし、制限があり、プレイヤー1人につき『第六魔法』は二つ、『第七魔法』一つしか収得できない。
それでも他と比較すれば賢者の昇格や、『第六魔法』『第七魔法』の習得は楽。
加えて、楽に昇格した賢者たちが、大人数で寄って集って適当に魔法をうつだけで構わない。
面白いくらいにレベルが上がっていく。
このように。
『太古の揺り籠』は無尽蔵の財力と数の暴力という、心象悪い実力でギルドランキング一位に君臨している。
問題ない訳が無い。
だが、残念かな。システムの書き換えは簡単では済まない。
運営が対処する頃には時すでに遅しだ。
ペナルティでPKしたプレイヤーが戻って来れないのをいい気に、『太古の揺り籠』のメンバー……七十人弱で構成された一団は、各々語り尽くす。
「ギルドの領地で好きに建物立てて良いとか、装備もアイテムも、全部ギルドマスターが用意してくれるなんて最高だろ!」
「PKしろって言うんだから、ちっとビビッたけどさ。これぐらいなら俺でも楽にやれるぜ!」
「コンテストなんかに必死で、馬鹿みてーだよなぁ」
「ジョブ3になってから出直して来いって、ホノカの野郎が煽ってたからスッキリしたわ。あの野郎、女の癖してイキってたからよ」
「コンテスト開催は皆が望んでるとか! バッカじゃねーの? ああいう奴、全員追い出すつもりでPK主流の方針に切り替えてくんねーかな」
これを楽しいと感じるかは人それぞれだが。
『太古の揺り籠』に反感を抱き、コンテストの為に必死なプレイヤー達を踏みにじって「楽しい」と感じている。
価値観はどうあれ、彼らは「楽し」ければいいだろう。
一時的な快感を求める行為に、何ら間違いはない。
だが、愉快な雰囲気を、リーダーを務める剣豪の男性プレイヤーが一蹴させるように叫んだ。
「全員撤退! ここで離脱しろ!!」
「な、なんだよ、急に――」
「ぶつくさ文句を言わずに離脱だ! PKのペナルティでレベルが降下するようなら、ギルドマスターに解雇されるぞ!! これより我々第一陣のみならず、周囲の警備に当たっていた第二陣、第三陣も離脱する!」
「意味が分かりません! 全員でレイドボスがいる最深部に向かった方がいいのでは!?」
「大規模なギルド連中でも来んのかよ!」
「どんなヤローだろうが、俺達全員で囲えば……」
命令に従わず、ああだこうだと文句が飛び交うギルドメンバー一同に痺れを切らしたリーダーの剣豪が、大声で告げた。
「ムサシとカサブランカが来る!」
途端。
ヘラヘラ油断しきっていた連中の顔色が変わる。
ただ一個人のプレイヤー相手に、大人数で構成されたギルドが警戒するべきではないだろう。
……普通なら。
彼らを揺らがせる話を、リーダーの剣豪が聞かせるのだった。
「速報だ! 秋エリアを占拠していた主力部隊が半壊状態になった!! 加えて、カサブランカは呪いの付与まで齎す危険性が確認された! 再度告げる! 全員離脱しろ!!」
呪いの付与?
謎めいた証言があれど、皆が意識しているのは、カサブランカとムサシが『太古の揺り籠』狩りを行っている事。
二人が半壊させた『太古の揺り籠』の主力部隊とは、ジョブ3に到達し、尚且つプロプレイヤーとして功績を遺した者限定で構成されている。
主力部隊が駄目なら、自分達が敵う訳がない。
先程までとは打って変わって、情報の伝達と共にマルチエリアから『太古の揺り籠』は人っ子一人残さず消え去ったのだった。
◆
『太古の揺り籠』のギルド領地では、今日も様々なプレイヤーが忙しなく活動……ぶっちゃけると働いていた。
ギルドに所属する以上、相当の働きは当然だろう。と、考える人間は必ずいる。
ただ、それを踏まえても『太古の揺り籠』での活動は限度が過ぎた。
所謂、ゲームという娯楽の範疇を超える領分まで至っていた。
ギルドの土地開発は、都市開発ゲームと同じで、好きな人間がやればのめり込める。
『太古の揺り籠』の土地開発部門にいるプレイヤー達は、そういう人間が多いので問題ない……訳が無い。
今日もギルドの中央に建設されたゴシック建築の『本部』の一角で、独自の発想を出し、構想を練り上げる土地開発部門のメンバー面々が。
「なぁ、もうさ。デザインとか現実の建造物パクって済まさねぇか?」
「春エリアの開発はこりごりですぞ……」
「絶対に畑とか果樹園作ったり、川ひいたりした方が景観良くなるのに、後にしろって! 馬鹿みたいにメンバー招集し続けるから、一軒家の建設で手一杯になるのよ!!」
「似たような土地構造とか建物作ったら文句言われるしよぉ。マジで勘弁して欲しい」
彼らのお陰もあって、土地開発は急ピッチに進み。
ギルドランキングのトップに君臨できるポイント数を稼いでいる。
彼ら以外にも、『太古の揺り籠』のグループ経営店。料理店、鍛冶屋に、衣服店と生産職らが稼ぐポイントの全てが関係していた。
土地開発の際、鍛冶師系は土地の耕しや建築、刺繡師系は建物内に必要不可欠なカーテンなどの日常品の作製を行う。
とくに鍛冶師系は戦闘部隊の武器の耐久度回復等、武器関連に集中している。
各々の工房では様々な阿鼻叫喚が聞こえた。
「もっとスピード上げて! 折角、売上伸びて来てるのに客を待たせたら、向こうから離れて行くわよ!!」
「煉瓦に亀裂入ってるじゃねーか!! 使えねぇぞ、こんなもの!」
「はい! 次、来ました~! 耐久度回復! 後も控えてるから迅速に!!」
だが、一番に苦労しているのは素材集めを行う下っ端プレイヤー達だ。
アルセーヌの情報通り、妖怪……アーサーが素材などを提供してくれる事に間違いないが、彼らには入手の難しいレア素材を頼んでいる。
それ以外の、マルチエリアを巡れば容易に入手可能な食材や素材は、ギルドに所属したてな新人が中心になって集める役回りだ。
「入ってからずっと素材集めばっかじゃねーか! マルチエリアで雑魚狩りなんて俺達だって出来るだろ!」
「専門部隊は動画投稿者とか、大会経験者みたいな功績ねーと配属されないらしいぜ」
「話と違うじゃん! 好き勝手にできて、強い武器くれるって言うから入ったのに」
不満を述べていると監視役が「喋ってないで手を動かせ!」と吠える。
渋々、新人たちは作業に戻る。
早ければ一日も絶たないでギルドから抜ける新人プレイヤーが普通にいた。
その手の新人に対するギルドマスターの琥珀は
「非常識にもほどがある。自分に合わないと会社の意思とは関係なく辞める糞とは、ああいう人間だ。早々に消え去ってくれた方が良い。残れば組織の癌になる」
と一蹴した。
相手を思いやろうという気持ちがこれっぽっちもない。罪悪感すらない。
平然と、涼しい顔で、さも自分は正しいと言わんばかりの態度で言うのだ。周囲の人間が避ける要因を本人が生み出す自覚はあるのだろうか。
恐らく無い。
そして、この時期、最も重要なコンテストに集中している薬剤師系。
彼らは現在、三つに分かれている。
一つがコンテスト担当。
一つはギルド直属の経営店での職務。
最後の一つが、素材提供を伴う妖怪それぞれに向けた料理作製。
妖怪に捧げる料理は、薬剤師系の新人プレイヤー達が担当していた。
料理の質は求められていない。料理の量を重要視されている……と彼らは先輩プレイヤーから聞かされていた。
味はいいから、沢山作れと。
大量に料理を作る事で、錬金術師の新薬要素の進展にも通ずるので、この作業に文句を言う薬剤師系プレイヤーは少ない。
素材を存分に使えるのだ。きっと他のジョブプレイヤーより気楽である。
「余裕でノルマ達成だな」
「大目に作ったら報酬増えるんだっけ?」
「いや、変動はない。素材集めしてくれる奴らの負担も考えて、下手に食材使うなよ」
そして、時間になって数分後、代表の女性錬金術師にチャットでアーサーの位置が知らされる。
毎度、ギルド内を監視してくれるプレイヤー達が、ランダムに出現するアーサーを捕捉するのだ。
彼らに感謝しつつ、代表の女性錬金術師が料理を手持ちに収納し、アーサーのいる場所に転移する。
営業スマイルと挨拶をする女性錬金術師。
「いつもお世話になっておりますぅ~。こちら本日の納品となります。お確かめ下さい~!」
普通に会話するだけなら、アーサーは顔立ちの良いイケメンだ。
彼目当てで作業を抜け出す女性プレイヤーも何人かいる。
今日も遠目ながら、何人か物陰に潜み、アーサーを眺めていた。
いつもであれば、アーサーは穏やかな笑みと共に「今日もいい仕事をしてくれて助かるよ」なんて台詞を吐くのが常。
しかし、今日は微笑を浮かべ、料理を一通り確認してから。
「今更尋ねて申し訳ないが、これらはお前たち人間が食べている物と何が違う?」
「………はい?」
失礼ながら女性錬金術師は聞き返してしまった。
彼女を他所に、料理を指さしながらアーサーは話を続ける。
「我々妖怪と人間は体のつくりがまるで違う。なら人間が食べる物が、妖怪の体に適している訳が無い。何がどう違うのか説明して欲しいのだが」
女性錬金術師も、周囲にいたプレイヤー達も呆然としてしまう。
NPCのアーサーが今日まで、料理に対し深く追求する行動など一切なかったからだ。
予想外というべきか。
全く急な展開に尋ねられた女性錬金術師が、即答できずにいる。……その中で辛うじて言葉を発した。
「え、っと。は、はい。それは企業秘密、と言いますか。独自のレシピがあります。ただ私の一存で詳細な内容をお伝えできません……」
「………そうか」
終始、穏やかに笑っていたアーサーだが、一言だけ残し素材も渡さず、料理も受け取らず、踵を返してしまった。
少々長めになってしまいました。申し訳ございません。
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