おつかい
7月3日、日曜日。
誰も僕らの店前で野次を作らなかった。
ホノカ達は本格的に『太古の揺り籠』との戦争に集中したいのだろう。
僕らに構うより、食材集めに心血注いだ方がいいと判断した。賢明と言える。
問題の『太古の揺り籠』と他プレイヤー達との食材戦争だが、不利な状況が続いているようだ。
あくまでネットの情報網だけを参考にすると――
幾ら雑魚を集めたところで烏合の衆。
ホノカ程度の実力者ではないと『太古の揺り籠』に勝ち目がない状況らしい。
『太古の揺り籠』連中は、数だけで物言わせる単純な大規模集団ではなく。
三、四割が他VRMMOから流れたプロプレイヤーで構成されているガチ勢。
遊び半分でやってるプレイヤーは、経験値稼ぎにされてお終いだ。
「――これで数時間寝かせる。工程は長いけど、その分、美味しくなるよ」
僕は、店内で料理の調理工程をレオナルドに教えていた。
もはや、ゲームじゃなくても現実でやればいい他愛ない事ばかり、僕達はしている。
昨日、わだかまりが解消された僕ら。
あれから、レオナルドに頼まれたのは料理を教える事。
何も特別な料理じゃない。
僕はスクランブルエッグとか、ビーフシチューとか、一般的な料理のコツを教えていた。
レオナルドは自炊の為だったり。
今度、育ててくれた親戚の人に料理を振る舞いたいと平凡な思いで料理と向き合っている。
それが普通の事ではある。
レオナルドは、何気なく尋ねた。
「ルイスって誰に料理教えて貰ったんだ?」
「僕は本の知識だけでやっているよ。ちょっとしたコツとかは、じいや……使用人とか、料理店の見学した時にシェフから、さり気なく聞くんだよ。……そもそも実際に料理をしたことはないんだけどね」
レオナルドが「え!?」と驚愕するのに、僕は首傾げる。
「出来る訳ないじゃないか。掃除も洗濯も、料理まで全部使用人任せなんだ。僕の家は。ほんと、不自由でならないよ」
「え、ええ……じゃあ、マギシズで初めて料理作った……?」
「前に、僕の家の事は話したじゃないか。忘れたのかい」
「結婚相手は親が用意してくれるって事しか知らねーって……」
そうだったかな?
それでも、少しは察せる内容だとは思うけど。
料理ができるから、料理だけは許されていると思ったのかな。まあ、些細な事はどうでもいいか。
僕の話を聞いたレオナルドは、呆然として僕を眺めていた。
僕はSNS等で情報収集するべくネットワーク画面を表示。
レオナルドにも確認する。
「アルセーヌから連絡は来た?」
「……あ、えーと。待ってくれ」
コンテストを妥協し、肩の荷を降ろしたとはいえ、周囲は僕らに合わせてくれない。
テーブル席に座り、僕らは情報共有をする。
まず、僕からマルチエリアの現状を大雑把に説明した。
「どこのマルチエリアも、酷い状況が続いているみたいだね。ほぼほぼ『太古の揺り籠』が圧倒している状況だよ。これでは一般プレイヤーが満足に食材を集められない。運営側が対処せざるを得ない」
「うーん……PKのペナルティとか、ないんだっけ?」
「ああ。分かりずらいよね。まず、PKされた側のペナルティを言おう。衣服を除いた装備武器、もしくは所持アイテムがランダムにドロップ対象に選ばれてしまう。それと数時間のマルチエリア入場不可だよ」
「え? 入場不可??」
「うん。プレイヤー同士のトラブルを最低限に留める為に必要だ。以前、君がPKした後。マルチエリアでPKした連中と遭遇しなかっただろう?」
「あ、確かに……」
レオナルドは記憶を脳裏に蘇らせ納得している。僕は続ける。
「ペナルティが無ければ何度も執拗に君を付け回しただろう? そういうのを避ける為さ。それで、PKした側のペナルティは自分がPKされた際、PKで獲得した経験値の倍の数値を、自分の経験値からマイナスされる」
「うおぉ……そんなんだったのか」
レオナルドもPK経験あるからこそ、驚きと緊迫感を抱いていた。
正確には『PKされるまでの間に、PKで獲得した経験値の倍』である。
PKされる度に、蓄積した分を全てマイナスされるようでは不満爆発事案だ。
このペナルティを克服するには、PKされなければいい。
誰もが言葉だけ言ってのけるが。
現実問題。中々、難しい。
連戦連勝がどれほど困難で、プレッシャーのかかる事か、知らない奴だけ言えるものだ。
PKは効率的に経験値を獲得できるが、負ければ壮大な損失を受ける事になる。
一種のギャンブルだ。
故に、今回の騒動。
PK未経験のプレイヤーが多い。PKも出来ず一方的にやられたプレイヤーは、経験値マイナスを食らわずにいられる。
まあ……装備やアイテムを落としてしまうのだけど。
次は、レオナルドが僕にアルセーヌからの情報を教えてくれる。
「アルセーヌが様子見た感じ、錬金術師の訓練所はまだ混み合ってるみてーだ。祓魔師の訓練所とか『清メノ間』は混んでるっていうより、祓魔師以外のジョブプレイヤー達が待ち伏せしてるって。ギルドとか個人プレイヤー? 色々いるんじゃねーかな」
「ふむ。君、目当てだろうね。からかうつもりか判断しにくい」
「アルセーヌもそう言ってたぜ。これじゃ、コンテスト騒動が落ち着くまで動けねぇなぁ……」
錬金術師の辺りが混み合っているのも、僕を囲う為の罠か。
店回りで嫌がらせすれば運営側が対処するが、周囲に居座って聞こえる声量で陰口叩くなり、些細な嫌がらせする程度なら、ギリギリセーフ扱いされかねない。
どうでもいい部分で本気を出すなんて……馬鹿じゃないなら何だと訴えたい。
そこに、鈴の様な効果音が響き渡る。
レオナルドが身を起こし、僕が周囲を見渡すと、ちょこちょことキャロルが姿を現した。
僕が「お疲れ様」とキャロルの餌を用意してやる。
キャロルはおつかいから戻って来た。
ペット要素の一つ。
ちょっとしたおつかい……軽いクエストをペットのみで行い。素材収集したり経験値を獲得したりする。
レオナルドがキャロルを撫でながら、クエスト完了を見届けるとメッセージが表示された。
[条件を満たしました。キャロルのスキルツリーが解禁されます]
ブクマ&評価をしてくださった皆様、ありがとうございます。
どうやらコンテスト開催に不穏な雲行きが……
続きが読みたいと思って頂けましたら、是非よろしくお願いします。
追記:更新は8/28深夜に行います