リセット
折角、僕達が潔く下した決断を否定するかのようにホノカが、不愉快そうな表情で意見した。
「またかよ! 素材集めないでコンテスト出れるのか? 他人事じゃねーんだぞ」
周囲の奴らも、僕らが場違いな行動方針を表明するものだから。
失望と、やり場ない怒りをぶつけてくる。
「ふざけんな」だの「空気読め」だの「ゲームを舐めてる」だの、好き勝手散々言っていた。
無論、全員が全員そうではない。
暴徒化しそうなプレイヤー達を不思議そうに見渡すアルセーヌと光樹。
皆を落ち着かせようと必死なマーティンや、途方に暮れているプレイヤー達も数名。
唯一、ホノカのギルドに所属している深緑のおかっぱ少女・凪は、話が通じる相手を中心に呼び掛けている。
……ああ、そういえば彼女は『無季』だった。
だから、下手に流されず、冷静なんだろう。
普通だったら、不愉快で立ち去りたくなる状況で、妖怪達は普通に彼らを面白おかしく眺めていた。
ボーデンがケラケラ笑いながら言う。
「アイツら、また馬鹿やってるぜ! やっぱ、ここに居ると餌が向こうからやってきて楽だな!!」
餌。
妖怪達の設定にある人間の悪意の事だろう。
ボーデンだけではなく、バンダースナッチも、スティンクも、全員離れる雰囲気はない。
キャロルでさえ、怯えて自主的に店へ移動しようと扉の前で待機しているのに。
僕は罵倒にかき消されない程度まで声を張り上げて、妖怪達に呼び掛けた。
「僕達は店に戻るけど、君たちもあまり長居しちゃ駄目だよ。分かったかい」
「おい! 逃げるんじゃねえぞ!!」
勝手に期待した馬鹿共からの罵倒でかき消されたが、妖怪達も返事をしているようで、バンダースナッチがだらけながら手を振ったり、クックロビン隊たちは首を揺らしたり、各々動作を行う。
付き合う気がない連中は無視して、キャロルの為に扉を開けてやる僕。
レオナルドは表にいるアルセーヌと光樹に、何か言付けしてから店内に戻った。
僕らは互いに溜息を漏らす。
あまりにシンクロしたタイミングだったので、僕らは思わず視線を合わせてしまった。
気まずく、頭をかきながらレオナルドは言う。
「悪い。色々考えまくって、すぐ決断できなくってさ」
「自分で決断できるようになっただけ十分、成長したんじゃないかな」
それに。
僕は倉庫の方を確認しながら、付け加えた。
「僕も色々とね。変に考え込んでしまっていたよ。ごめんね」
まあ、この程度しか残っていないか。
倉庫にある素材……正確には食材に目を通し、僕は画面を閉じ。
次に開いたのは、今回のコンテストに協力してくれる刺繡師や鍛冶師のプレイヤー達へ、一報伝える為のメッセージ機能である。
『不思議の国セット』で使用する食材の備蓄は、あまりに乏しかった。
秋エリアで採取できる『秋小豆』から、夏エリアで採取できる『茶葉』まで。どれも試作品などを作るのにも消耗した。
特に『秋小豆』は、備蓄するほどマルチエリアに足を運べなかったのもある。
素材集めは今日から始めようと慢心した僕の落ち度も原因だ。
食材なんて他で代用できるんじゃないのか?
残念だが、出来ない。
その為の料理提出なのだ。
提出した料理に使用されている食材だけしか持ち込めない仕様になっている。
面倒な仕様だが、その辺りの万全の体制を整える姿勢を全て考慮し、他の食材で代用し、味を蔑ろにしない料理店らしさを競う。
それが『料理店コンテスト』。
だから、ホノカ達が躍起になって食材争いを始めようとしている。
彼らも彼らなりに、使う食材を決めてた矢先の『太古の揺り籠』による占拠活動。
この現状をどう受け止めるかは、運営次第だ。
今から、他のメニューを考案し、提供するのも一つの手だが。
素材採取が困難となっている状況だ。無理難題なうえ、僕らの表明も他プレイヤー達に伝わるだろう。
真面目にイベントへ挑む奴ら全員に喧嘩を売ったようなものだ。
提供してくれる者なんて皆無だろう。
故に、今回のイベントは出店辞退の可能性が高まったと報告する他ない。
……僕らに協力してくれた彼らも、メッセージだけで「はい、そうですか」と納得する訳がないだろう。
日を改めて謝罪巡りをするしかないか。
配信で宣伝までやったんだ。
こぞってネットで叩かれるだろうが、もう知ったこっちゃない。
肩の荷が降りたが、次にどうしようかなんて全く考えていなかった。
コンテストばかりに意識を奪われていたせいだ。
僕は何か……そうだ。レオナルド・祓魔師が『浄化』を収得するように、僕ら・錬金術師も鉱石生成スキル『錬金術』から始まり『賢者の石』の完成を目指せる。
となれば、これからは秋エリアに通い、ジョブ3の技術習得に集中しようか。
色々考えつつ、僕は改めてテーブル席にケーキと紅茶を置く。
それが用意された席に座るレオナルドに、テーブル席の下に陣取るキャロル。
キャロルの餌も用意しながら、僕はふと尋ねる。
「レオナルド。君はこれからどうするつもりなんだい」
「そーだなぁ……まずはキャロルを強くする? スキルツリーってのを解禁させるところからだな。浄化はメインクエストをやらねーと駄目だし。……しばらく、メインクエストは休みたいよな?」
「……ああ。ごめんよ。ゲームの方じゃないさ」
「ん?」
「君。今後、現実の方を優先するつもりかい? いや、言い方が違うな。勿論、僕も現実を優先するけど。君の場合、料理人を目指すなら今日のように、ログインすら難しくなるだろう?」
床にキャロルの餌である牧草と水が入った皿を置いてから、僕はレオナルドの方に顔を向ける。
レオナルドはポカンとした表情だった。
戸惑い気味に、彼は聞いてくる。
「えっと……何で俺が料理人?」
「アルセーヌが教えてくれたよ。今日、遅くなったのは店で料理の手伝いをするようになったからって。違うのかい?」
僕が率直に問いかける内容に、レオナルドは眉間にしわ寄せた。
どこか申し訳ない態度で、席を座り直し、レオナルドが頭をかかえ面倒そうに語り出す。
「いや、あのさ……はあ。アイツ、何で喋るんだよ……」
「だから付き合う人間を選んだ方がいいよ。レオナルド。アイツは、僕の技術をレオナルドが盗んだような言い回しをしてきたけど、君はそんなつもりないだろう?」
「え……えぇ」
真実を言い当てられた、というより。
訳が分からない雰囲気で困惑し続けるレオナルドは答えた。
「料理やってみよーかなって切っ掛けは、ルイスが料理作り始めたからだけどさ……そもそも、ルイスの調理工程とか、そんな見てねーだろ。俺」
……………そういえばそうだ。
いや、本当にそうだ。
僕の心配を解消しようと、レオナルドは立て続けに言う。
「つい最近から料理始めた俺が、いきなり料理人の才能があるとかなるわけねーよ! 漫画じゃねーんだぞ。本当に人手足りねーから、至急の助っ人で手伝っただけだって」
……本当にその通りだ。
レオナルドなら、ひょっとしたら何でもできるんじゃないかと僕も密かに過剰評価していたらしい。
全く、杞憂に過ぎないものじゃないか。
僕は「それもそうだね」と納得して、レオナルドの対面に座った。
ブクマ&評価をしてくださった皆様、ありがとうございます。
新たな目標を掲げようとしているルイス達に、またもや面倒事が?
続きが読みたいと思って頂けましたら、是非よろしくお願いします。