アーサー
少々暴力的な描写ありです……今更な警告ですが
僕は即座に切り返す。
「信用できません」
途端に、アルビノの妖怪は不愉快そうな表情になった。
自身の思い通りに事が進まないから、苛立ってくるに違いない。まるで僕の父と同じだ。
怯むことなく、僕は話を続ける。
「食事を必要とする妖怪がいれば、直ぐ噂になりますよ。マザーグースなどが有名どころでしょうか。しかし、貴方のような妖怪の噂は全く聞きません」
「……私が、嘘をついても意味はないと思うが?」
「ありますよ。食事程度に手間取る情けない妖怪だと思われたくないとか」
多少、向こうの口元が引きつる。
案の定だな。
こいつが夏エリアの最終ボスと称されている『アーサー』なら、尚更、他の妖怪共は食事の経験は皆無だ。
第一に、他の妖怪共に料理を与えるか怪しい。
威圧感ある顔立ちで睨む奴に、僕は一先ず作った『重湯』を手元に出現。
差し出そうとした矢先、無言で奴が『重湯』が入った器を払い飛ばす。
盛大に『重湯』を台無しにしてから奴は、頑なに訂正しない姿勢を露わにした。
「貴様の判断を優先させるな。客がそうしろと言ったのだから、何も考えずに従えばいい。……違うか?」
「そうですか……分かりました。貴方がそういう態度なら、仕方ありません。前払いして頂いた料金はお返ししますので、今回の話は無かった事にしましょう」
「客を散々待たせておいて、その対応か。貴様も大概だな」
典型的な糞野郎だ。
こいつと交渉し続ける『太古の揺り籠』の気が理解できない。
レオナルドも疑念を抱いていたが、どうしてそこまで必死にランキング一位に固執するのやら。
僕は冷静に返事をする。
「貴方の様な『お客様は神様』と優位に立ちたがる人間は腐るほどいますよ。大いに間違っていますけどね。お客だから何をしたって良い意味ではありません」
金を返すと宣言したものの、マニーを選択し、受け渡す表示は出来ない。
今更、返金はできない仕様だったら、運営側に訴えてやればいい。
あるいは……向こうが納得してないのか。
僕に散々言われたからか、過剰な反論をせず、静かな怒りを感じる無言を貫くアルビノの妖怪。
すると、腕組んでいた奴の手元に妙な色彩エフェクトが走る。
僕の記憶にはないものだった為、軽く注視していると奴の片手に黒系統のオーラが漂っていた。
向こうの出方に警戒しようとした矢先。
身を潜んでいたアルセーヌが、中々の俊敏さで奇襲を仕掛けた。
アルビノの妖怪は、アルセーヌの足蹴りを見抜いて、最小限に身を捩って回避する。
勢いで現れた光樹も驚きながら剣を振るった。
「なんや、攻撃できますわ!」
通常、居住区内では一種のアクセサリーとして、アバターに武器を装備表示できる仕様はあれど。
武器で攻撃する事ができない。
当然の仕様だが、イベント中に限って解禁されているようだ。
光樹は鬱憤を晴らすように、上機嫌で妖怪に剣を振り下ろしたが、アルビノの妖怪は無言の威圧を放ったまま冷静に剣をデコピンで弾く。
たったそれだけで、光樹が愛用していた黒曜石の剣が破壊された。
珍しく動揺を隠せない光樹は、咄嗟にバックステップで引き下がる。
元々、武器の耐久度が低かった訳ではないだろう。
単純な話。
奴は黒曜石の剣を一撃で破壊できるほどの攻撃力を秘めている。たったそれだけのものだ。
アルセーヌも先程までのヘラヘラした態度から一変。
真剣な表情で、光樹と共にアルビノの妖怪と対峙しつつ、彼から距離を取る。
双方に火花散る中。
上空より裂け目が発生し、不気味な鳥頭――『クックロビン隊』の一匹が顔を覗かせ、ガパッと口を開き、その中から伸びた太い腕が持つボウガンの矢が放たれた。
他の角度からも残りの『クックロビン隊』がアルビノの妖怪に遠距離攻撃を放つ。
だが、アルビノの妖怪はそれらを薙ぎ払った。
どうやって、は分からない。
凄まじい風圧が放たれるほど目に止まらぬ速さで、クックロビン隊の攻撃を無力化したのだろう。
……待て? 攻撃?? 泳がせるんじゃなかったのか???
光樹が「あーあ……」と残念そうに項垂れつつ、ジョブ武器の『勇者の剣』を手にしながら尋ねる。
「これ、どないします?」
真剣な表情でアルセーヌが告げる。
「倒せない仕様の奴だから、これ以上は無理。は~……全く、ルイス君。ああいう挑発しちゃ駄目だって」
「今後、奴の依頼を受けないようにするには、挑発するしかなかったんです」
上手く料理を誤魔化すだけではない。
一度、提供すれば、そのままイベントが継続される可能性が高い。
このイベントは狙ってもないし、僕達には不必要だ。
願う事なら二度と発生しないで欲しい。
イベント発生の選択肢がないのは、このゲームでは珍しい糞仕様の一つだと実感した僕。
だが、アルセーヌの反応は奇妙なもので、薔薇の生垣越しからチラリと様子を伺い。
僕に目線を合わせ、尋ねた。
「……君。呪い関連の動画とか見たこと無い?」
呪い?
マギア・シーズン・オンラインに登場する呪い?
まさか……奴が手元に発生させてた妙なものは。僕が予想外の事実に気づいた瞬間。
「どゅし、どゅし!」
僕の背後から奇襲された……ジャバウォックから。
奴は兎の小物ではなく、店内に留守番させていたキャロルを使い、僕の背後に攻撃していた。
キャロルがすました顔で鼻をひくつかせつつ、後ろ足でキックするような形で、ジャバウォックに持ち上げられ、攻撃アイテムと化している。
そしたら、雪崩れるように次はリジーとボーデンが武器の鉈を手に、店の脇を通り過ぎようとしたが。
店前でボーデンが立ち止まって、勢いよくジャバウォックに告げた。
「ジャバウォック! そいつ見張ってろよ!! また馬鹿やるかもしんねーからな!」
と、ボーデンは僕を指差していた。
対して、ジャバウォックがキャロルを使って敬礼する。
リジーが、ボーデンの頭を思い切り引っ叩きながら「アイツの方がどうかしてんのよ!」と叫ぶ。
半涙目になったボーデンと、自棄に殺気立っているリジーが例の妖怪に向かった。
だが、そこへ情けない悲鳴が響く。
何事かと、僕以外の、アルセーヌ達も声の主を探すべく周囲に視線を逸らす。
木々の合間から、狛犬の妖怪『ガレス』がヒイヒイと息を荒くさせ、登場した。
『あ、ああ、アーサー様! た、大変だよぉう! 早く来て!! 早くしないと皆、死んじゃう!! アーサー様!!』
「………」
唐突過ぎるが、危機迫る事態が発生したらしく、ガレスは必死になって助けを求めている。
不気味なほどにアルビノの妖怪――アーサーは無言。
ガレスの方に視線すら向けない。
一体どうしたのか。不安に思ったガレスは、再度助けを乞う。
『アーサー様! 皆が大変なんだよぉ! お願い! 早く皆のところに――』
ドガッ!
アーサーは派手にガレスを蹴り上げた。
何度も何度も蹴り上げた。
ガレスの悲鳴などお構いなく。僕らすら構わず。
不気味な外見をしているクックロビン隊は、目の間の光景に意気消沈し、困惑が隠せていない。
ボーデンもひどく動揺しているが、リジーに関しては少々引き気味だった。
真っ先に場違いな反応をしたのは、光樹。
率直な感想を口にしていた。「うわ、ひど~」と。それでいて表情は困った笑みだ。
そんな光樹の反応を見て、アルセーヌが何故か吹き出す。
口元を手で覆っているが、笑いを堪えている。……なんだ、コイツ。
気が済むまで蹴り終えたアーサーが、無表情ながら威圧感を放って言う。
「何が大変なんだ? 私は何度も何度も注意している筈だ。馬鹿でも分かるように説明をしろと。お前はいつもそうだ。この役立たずが」
『ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい』
必死になって謝罪するガレスに舌打ちしたアーサー。
僕らの存在に気づき、仰ぐように腕を振るうと、凄まじい風圧が発生し、僕らが全員吹き飛ばされてしまう。
庭にいた僕やジャバウォック、キャロルは外まで吹き飛ばされなかったが。
風が収まった後、庭にある草木が荒れ果ててしまった。
それから、僕にメッセージが届く。
[シークレットイベント:『夏からの来訪者』は失敗しました]
[これにより特殊ペナルティが発生します]
新たにブクマ&評価して下さった方、ありがとうございます!
居住区内で発生するイベントと、メインクエストで発生したシークレットイベント:『ぬらりひょんの謎』は別物です。
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。
【追記】次回更新は8/23です