過去
物心ついた頃から、僕の欲求と僕の人生は不釣り合いだと感じるようになった。
僕の人生は裕福だった。
裕福が過ぎた。
一般的な子供がするわがまま程度なら、何でも叶うほど恵まれていた。
話を聞けば、そんな羨ましい、一体なにが不服なんだと首を傾がれるかもしれない。
だが、僕にとっては胸糞悪い人生だった。
幼い頃、初めて興味を惹かれたのは庭。
僕の家は近未来都市の発展に置いてきぼりにされたような古臭い、日本庭園に拘っていた。
それが古臭い、という不満はない。
不快・嫌悪の感情は、これっぽっちもない。
むしろ、好意的に感じており、日本庭園に興味を惹かれた。
夢中になって、庭にしょっちゅう足を運んでいたら、父に指摘された。
「庭など、家の中から見れば十分だ。土などで服が汚れたら、タダで済むと思うな」
そう僕に告げた時、父は変に憤りを露わにしていなかった。
平然と、自分の息子の興味を踏みにじっただけ。
自分が気に入らないから、自分の思い通りになれと支配してきた。
僕の父は大分おかしい。
世間では『愛妻家』ともてはやされているが、全然違う。
どうも、他人視点だとアイツの母さんへの愛が重い。
過剰が過ぎる。
そこまでやるのか?
などなど……よくも悪くもプラス印象に受け入れているが、見当違いにもほどがあった。
一体、どこの家庭に妻を監禁する夫がいる?
軽い軟禁程度にしても度が過ぎる。
母さんを監視する為に、人気のない場所に別荘を建て、その周辺を警備システムで張り巡らせ、別荘内にも盗聴器と隠しカメラを徹底して配置。そこに二十四時間、三百六十五日閉じ込める。
父が職務に励む中、常時、母さんは不自由なまま。
一連の行為に愛情なんてある訳がない。
愛情ではなく執着だ。
普通の――ごくありふれた人間は抱く筈の、心のときめきなんてのは一切ない。
……極めつけというか。
被害者たる母さんも、父相手に大人しく従っていた。
あの異常な生活に一切の不満がないのだという。
母さんがどういう人間なのかは分からない。
なんせ、僕が母さんに会ったのは今日に至るまで一回だけ。
一言しか言葉を交わしていないからだ。
最初で最後に出会った時に、母さんが僕に与えてくれた言葉は――「笑う練習をしなさい」だった。
多分、僕は母さんと同じだ。
僕がそういう人間だと母さんは一番に理解してくれていた。
父が与えてくれた短い時間で、簡潔に僕の為になる言葉をかけてくれた彼女は、断じて愚かな女性ではないだろう。
対して、父は自分の気に入らないものは力でねじ伏せ、一方的に好みを押し付けて来る典型的な糞野郎だった。
最初の庭の件から始まって、料理や部屋掃除も使用人にやらせろと叱り、衣服のブランドも奴の好みに固定化され、日常生活まで過剰なスケジュールを組まされた。
ハッキリ言って、普通じゃない。
そして、使用人共は決まってこう、僕の陰口を叩く。
「旦那様に似て……」
僕とアレを同系列に扱うな。
僕はアレと違って、お前らを良くしてやってる方だぞ。
アレのように暴力を振るった事は一度もないが?
大体、何でアイツと比較するんだ。他と比較する脳がないのか?
お前らが鬱陶しいから、僕の頭に血が昇るんだ。少しは他人の気持ちを理解しろ。
お前らが掃除した部屋にも居たくない。お前らが作った料理を口にも入れたくない。
もし、アレが死んで僕の思うがままに暮らせるように成ったら、馬鹿でかい豪邸は売っぱらって、そこそこ綺麗なアパートで一人暮らししてやる。
笑えるくらい平凡な生活を夢見て、僕は生きてきた。
その夢はバーチャル世界なら叶えられる……
◆
レオナルドと僕の人生はまるで違うし、自由度で言えば、圧倒的に彼の方が優れているだろう。
分かっている。
そんな当たり前の事くらい、分かっているんだ。
ただ、僕には出来ない事を普通にやれるレオナルドの話を聞いて、胸糞悪い。
料理を作るなんて、よくある話だ。
なら、僕の技術を盗んで、成り上がろうと目論んでいる彼が気に食わないのか?
……そうじゃない。
レオナルドの事だ。
いつものお人好しが発動して、料理を技術を披露しただけで本人はそんなつもりない、筈。
なら、僕は……
悶々と思考を巡らせ、気持ちが晴れない状態で、庭の剪定作業を行う僕。
この時、アルセーヌ達が身を潜めている事はすっかり忘れて。
唐突に話しかけられた時、僕は不愉快な心情を秘めていたが、その相手が件のアルビノの妖怪だったのを目に入れ、やっと我に返った。
古代ギリシャの『ヒマティオン』と呼ばれている布服。
赤眼に逆立った白髪。
中肉中背の筋肉質にも関わらず、肌は異様な白さを誇っている男。
庭にある薔薇の生垣越しに見た男の顔立ちも、彫刻で形取られたような彫のあるもの。
そんなアルビノの妖怪は、僕の姿に吹き出し笑いを溢しつつ、穏やかに話しかけた。
「酷い顔だな。何かあったか? 良ければ話を聞いてやろう」
向こうからこんな台詞を出すなんて、現代のAIの進歩にしても現実味ある態度だ。
奴は僕に同情してくれる訳じゃない。
弱みでも握りたいんだろう。僕は反応に遅れながらも、奴に返事をかえした。
「……いえ、大丈夫です。お気になさらずに」
それよりも、だ。
「料理をお引き取りに来て頂いたところ、大変恐縮ですが――幾つか、お話しする事があります」
妖怪は笑みをかき消し、不穏さを醸しながら先手をうつ。
「料理が間に合わなかった、などの言い訳は聞かないが」
しかし、僕は躊躇なく告げた。
「言い訳かもしれませんが、料理は間に合いませんでした。昨日、貴方が話の途中で勝手に切り上げてしまい、本来お教えしなければならない事をお伝えしきれませんでした」
僕の事情など知った事ではない風に、妖怪は憤りの籠った声色で言う。
「言い訳は聞かないと言ったが」
どうやっても話を聞かない。
ゲームの設定上、料理が用意できなければこういう処理を行われるのか。
NPC相手……場合によっては思考に制限あるAI相手に時間を食う方が非効率だ
僕は話題を切り替えた。
「では一つ確認させて下さい。今回、依頼された料理を食べる方々は食事に慣れていますか?」
落ち着いて対応する僕を前に、アルビノの妖怪は少々目を見開いてから、視線を明後日に逸らし、答える。
「質問の意味が分からないな。食事に慣れている?」
「とぼける必要はありません。貴方が妖怪である事は、この店に住み着いている座敷童子から教えて貰っています。重要なのは食事慣れ。食事の経験がない妖怪が普通の食事を取るとして、一時間ほどかかっても食べきれるか怪しいです」
折角用意した料理を、向こうは全く手がつけられませんでした……では、本当に無意味だろう。
これなら、料理の量を減らす方向に持っていける。
だが、アルビノの妖怪は不敵な笑みを作った。
「ああ。それなら安心していい。全員慣れている」
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ルイス(蓮)自身は父親似ではないと否定してますが、要素を拾っていけば大体父親似です。
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