嫉妬
屁理屈、あるいは詭弁。
まあ、通用しないのならしないで、件のアルビノの妖怪とは縁を切りたいところだ。
問題のイベントに関してだが、結局いつ発生するかは不明。
その辺りは不親切である。
多分、このイベントを発生させたプレイヤーが少ない為、指摘等が来ないせいだ。
向こうが僕をクレーマーだと受け止めても構わない。
この程度の文句は、率直に伝えていいだろう。
僕が店内で準備を整えている中。
そこには調整している僕を除いて、マットの上を自由気ままに駆けるキャロルだけがいる。
毎日姿を現すジャバウォックが、今日に限って居ない。
イベント発生の関係上、出現できないよう調整でもされているのだろうか。
疑問に思いながら、即興ながら無難な一品が完成する。
『重湯』だ。
バンダースナッチ相手に散々作ってきたものだが、『重湯』は奴に差しだす為に作ったのではない。
店内に綺麗な空間の裂け目が入り、スルリとメイドの容姿を作ってるブライド・スティンクが現れた。
相変わらず、眼光鋭い金色の瞳で店内を軽く見回す。
すぐ僕に話しかけるかと思えば、ボーッと突っ立っているので、例のイベント関係ではないのかと疑う。
……試しに、スティンクへ話しかける。
「すみません。レオナルドはまだ来ておりません」
凄まじい勢いで振り返って来たスティンクの表情は、初めて見る何とも言えない複雑なものだった。
悲しげというか。
僕がそう告げてきたのに、ショックを感じたような……
一瞬見せた表情を一変。
スティンクは、いつもの訝し気な表情に切り替え「ああ、そうですか」と素っ気ない返事。
何事もないように、僕へ話しかけた。
「例の妖怪についてですが、お話してもよろしいでしょうか」
「はい」
僕は手元を止めて、彼女と向き合う。
こういう、私情を挟まない状況だと冷酷になれるのだと分かるほど、スティンクは淡々と述べた。
「お父様の判断の元、今回に限り、彼を泳がせる事になりました。侵入経路および勢力の確認の為です。貴方やメリー達の証言を聞くに、十数体で群れを形成しているとのことでしたが、正確な規模を把握しなければなりません。危険度次第で、我々の判断は大いに変化しますので」
成程。
マザーグースの監視、とは具体的な説明が皆無なので想像するしかないが、侵入経路が不明確なのは、些か不穏だ。
……その辺りは、僕達プレイヤーは関与できないか。
僕が普通に「分かりました」と返事をしていると、スティンクは目を細めながら僕に尋ねる。
「料理は用意しているのですか?」
僕が落ち着いて「してませんよ」と答えれば。
スティンクの表情は苦虫を踏みつぶしたかのような、眉間にしわ寄せた嫌悪を浮かべる。
流石に、僕は咳払いした。
「たった一日。僕一人だけで一週間分の料理を作る……現実的な話ではありませんよ。色々と誤魔化すつもりなのでご心配には及びません」
「どうなっても知りませんよ」
スティンクの表情は僕に対する心配ではなく、侮辱を感じさせる呆れた類だった。
僕は「大丈夫です」と再度告げてから、彼女に言う。
「奴がいつ来るかわかりかねます。僕の事よりも、奴に警戒して下さい。……エネルギー確保目的であるならともかく、それ以外に良からぬ目論見がありそうな気がしてなりません」
「……お父様のご命令ですので、最低限のフォローはしてあげます。感謝して下さい」
「ありがとうございます」
僕が基礎的な礼を伝えるなり、スティンクがそそくさと消え去ってしまう。
再び、僕とキャロルだけが店内にいる。
スティンクが突如現れ、突如消えでキャロルは不思議そうな顔で鼻をひくつかせていた。
微笑を浮かべ、僕はキャロルを撫でてから庭先に転移する。
外では、店前でアルセーヌと光樹が騒がしくしていた。
いい年した連中が恥ずかしい。僕の冷えた視線に気づいた光樹が、ノリノリに教えて来る。
「ルイスさ~ん。自分ら、ここに隠れますぅ」
溜息つきたいのを抑えながら、僕は平静を保って「気をつけて下さいね」と気使う。
隠れる。
というのは、単純に物陰に隠れるのではなく、盗賊系のスキル『隠れ蓑』を使えば背景と同化するほど完璧に身を隠せる。
……ただ、それだけなのだけど。
つい最近までは、居住区内で使用可能なスキルとしてネタ要素扱いされていたものだ。
人によって、このスキルを使って他プレイヤーを驚かしたりする。
当然、問題視されている。
盗賊系は、その名の通りアイテムの盗んだり、弱体スキル――デバブ中心の構成なものだから、完全嫌がらせ特化。
だったら、他のスキルも居住区内で使用可能なのかと問われれば……使用不可だ。
使用可能なのは『隠れ蓑』と『鑑定』だけ。
今回、一つ使い道が明らかになった。
居住区内でもイベントは発生し、それで『隠れ蓑』は通用するのだと。
しかし、例の情報源。
アルセーヌや奴以外の盗賊系プレイヤーが『隠れ蓑』を使用したものと判断できそうで出来ない。
『隠れ蓑』のような偽装を見抜く『鑑定』スキルを、同じ盗賊系が取得しているからだ。
そう。
間違いなく『隠れ蓑』でギルドランキング一位『太古の揺り籠』に探りを入れる他プレイヤーはいる。
排除する為の警備盗賊系も、常時配置してても変じゃない。
だったら……それこそ、アルセーヌか奴に情報を提供した奴が『太古の揺り籠』の関係者じゃないとおかしい。
僕の不安を他所に、スキル発動準備をするアルセーヌが、ついでに僕へ話しかける。
「相棒から連絡きたか? 今日、バイト関連で遅れて来るって奴」
「……」
「あ。来てない? ったく。相棒、ちゃんと連絡しろって~」
「きてますよ」
僕が嫌々返事をしたら、アルセーヌが変な顔をして「おいおい」とぼやく。
「誤解招く反応やめてくれよ。近頃、バイト先で相棒が活躍しまくってるからさ。大目に見てやってくれない?」
「貴方も随分、過保護なんですね。僕は何もレオナルドに不満はありません。現実を優先させるのは仕方ないことですから」
お前が一々話しかけて来るのが気に入らないんだ。
アルセーヌに訴えたい言葉を飲み込んで、僕はそこまでに留めておく。
穏便に済まそうとしたのを、掘り返すのが好きらしいアルセーヌ。奴は不敵に笑み浮かべつつ言う。
「君も変なこと言うなぁ。相棒に料理教えてるのは、君だろ? 」
……?
「……………教えてませんが」
「あれ。そうなんだ」
意外そうな反応でアルセーヌが話す。
「じゃあ、君のやってるのを見て覚えた奴? 流石だなぁ、相棒」
僕の顔を伺ってから、奴はベラベラと喋った。
「いやさ? 相棒って今のフレンチの店、バイトで入ったんだけど、なーんか突然、料理に嵌まってさ。それを飼われて、バイト先で厨房に入るハメになっちまったらしいぜ?」
「……………」
また、アルセーヌの戯言かと聞き流そうと思ったのに。
その話だけは、自棄に脳裏でこびりついた。
レオナルドが料理を作っている? 僕の真似をして、僕の技術を盗んで? ……違う、そんなことじゃない。
僕は料理が作れないのに。
レオナルドは料理を作っているのか―――
ブクマ&評価をしていただき、ありがとうございます!
仲がいいだけとは限らないものです……
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。
(追記)次回は8/19更新になります。