ボーナスイベント
僕は素っ気なく「お久しぶりです」と挨拶だけ告げた。
正直、アルセーヌには再び出会いたくも話したくも無かったというのに。
レオナルドが居ない状況で、彼の事情を把握している奴がマウントを取ってくると想像するだけで、胸糞悪い。
僕の心情を知る由もなく、アルセーヌは気さくに「ちょいちょい」と仲良くしようと話す。
「相棒から話は聞いたぜ。ほら、例のイベントの件。君が不安になっているんじゃないかって、相棒が心配しててさ。俺の方で色々調べておいたんだよ」
僕は手元に表示していた交換画面から視線を逸らす。
ヘラヘラ笑っているアルセーヌに、過剰なまでに落ち込んだ様子の光樹。
何をどう触れようが厄介事になるのは変わりない。
先に、アルセーヌを処理しようと僕が話を切り出した。
「イベントはマザーグースとの関連イベントです。僕達以外に『レシピイベント』を攻略し終え、夏エリアの隠しイベントもやった他プレイヤーの話なんて聞いたことありません」
「残念。そいつは君の早とちりだ」
「……」
不敵に笑うアルセーヌが、手元に画面を表示させ、僕に見せびらかす。
隠し取りされた写真。
そこには僕らの店に訪れていたアルビノの妖怪が映っている。
他にも、様々なプレイヤーの個人経営店に足運ぶアルビノの妖怪の姿を捉えた写真を表示しながら、アルセーヌが語った。
「ボーナスイベント――らしいぜ? これ。限度はあるけど、自分の要望した素材とかを報酬で貰えるんだと!」
「噂でも聞きませんね。そんな隠しイベントは」
「そりゃな? 便利でうまいイベントなんだから、話す訳ない」
「うまい」
「そうそう。料理の味はどうでも良くて、重要なのは量。多目に用意したら、その分、追加の報酬も貰えるらしいぜ」
アルセーヌの話を信用する訳ではないが、事実であれば味が悪くてもプレイヤー側はいい報酬を確保できる。
……味の悪いものを食わされ、アルビノの妖怪は文句を言わないのか?
僕は試しに尋ねてみる。
「成程……まず。情報源を教えて貰えませんか? いくら貴方がレオナルドの友人とは言え、僕は貴方を完全に信用した訳ではありません」
対してアルセーヌは、不敵な笑みを崩すことなく「ふうん?」と逆に乗り気な態度を見せる。
手元の画面を操作しつつ、奴は言った。
「俺も君の事は疑ってるぜ? 本気で相棒に付きまとうつもりある?? 都合が悪くなったら斬り捨てる……ってなら。相応の覚悟しておいた方がいいぜ。大体、ロクな目に合わない」
実際に経験したかのように、面白おかしくアルセーヌは語る。
付きまとうなんてストーカーじゃあるまいし。
馬鹿馬鹿しい話だ。僕は冗談半分に「まさか」と笑い飛ばしてみせた。
それから、アルセーヌが僕に見せてきたのは……つい最近、不快な因縁が生じた『太古の揺り籠』のギルドマスター・琥珀と、アルビノの妖怪の画像。
……これはひょっとしたら。
重課金だと騒がれていた『太古の揺り籠』の素材源は、現金ではなく隠しイベントだった……?
少し事情が読めて来る。
課金要素が相当あれど、ギルドランキングの一位と二位に圧倒的差がありすぎる。
それは、間違いなく料理と特別なお客様/NPCによる貢献度で稼いでいたんだ。
運営も隠しイベントだから、公表しにくく。
一位を独占したい『太古の揺り籠』は尚更公表する訳が無い。
しかし……これはバレないものなのか?
アルセーヌは、一体どこから情報収集できたのか??
この画像も加工された類でないとは否定できない。僕の疑念を他所に、アルセーヌが話を続ける。
「悪いけど、詳しいソースは教えられない。情報提供してくれた奴を守る為と思ってくれよ」
「なら詳細な情報も分かりますよね。料理の用意に失敗した場合のペナルティはあるんでしょうか?」
「あ~……悪いね。ぶっちゃけると『太古の揺り籠』と君たちしか、このボーナスイベは解放できちゃいない。失敗したら……さぁ?って奴だな。大人しく料理を作った方が身の為だぜ」
嫌味ったらしい態度で笑うアルセーヌ。
僕は挑発に乗らず、最後に一つだけ確認した。
「レシピイベントでの妖怪達と同じく、彼とはある程度の交渉は出来ますか?」
僕は画面に映るアルビノの妖怪を差しながら尋ねる。
アルセーヌは少々、意外そうな表情をしてから「ああ」と頷く。
「話は通じる方……だろうな? フフフ。まあまあ。ちょいと厄介な奴だけどな。こいつ」
と、奴もまたアルビノの妖怪を差しつつ肯定する。
話す限り、自暴自棄状態のマザーグースよりかは会話が通じる方だろう。
幾つか誤魔化す方法はある。交渉次第で乗り切れる自信はある。アルセーヌからの情報抜きに、そうするつもりだった。
そこに光樹が話に加わってくる。
以前と同じ、調子のいい雰囲気で話しかけるスタイルは変わらないが……
「ルイスさん! もしもの事になりましたら、自分、戦えますんで。相手しましょか? この前、お世話になった礼みたいなもんですぅ」
「……」
「ちょ、こわ~。ルイスさん、無茶苦茶な顔してはりますよ?」
向こうが困惑気味な被害者顔をしているが、一体どういうつもりなんだ、コイツは。
光樹を引き連れてきたアルセーヌは、わざとらしい反応で「そうそう」と僕に紹介する。
「彼さぁ。なかなか他のプレイヤーと馴染めなくて、困ってるみたいなんだよ。君と相棒となら、上手くやっていけるんだっけ?」
アルセーヌが話を振ると、便乗して光樹が頼んでくる。
「ルイスさん~。もう一遍、パーティ組んでくれません? ふっつ~に戦うだけでも、全然無理なんですわ」
「……何が無理なんですか」
「ほら! 前、一緒に組んだ時。自分が時間計ったのに合わせて、ルイスさんもレオナルドさんも、テキパキ動いてくれましたでしょ? いや~……他の人達、全然それができひん」
当然だろ、そんなの……
あまりにレベルの低い悩みに、僕は呆れてしまう。
光樹の体内時計は、僕にとってはむしろ好都合で、時間確認作業を省け効率的だと感じてはいたが、他のプレイヤーが全員僕と同じな訳がない。
僕は素直に伝えた。
「仕方ないですよ。それが普通なんです。しかし、根気よく探せば光樹さんと相性のいいプレイヤーも見つかりますよ」
「おります。目の前に! あ、料理はええです。自分、今はレベル上げ重視してます。レベル低いと見向きもされへんの、ホンマ辛いわぁ」
MMO界隈の荒波に飲まれて、おいおいと嘘泣きする光樹。
このままグダグダ、居座られても困る。
多分、レベルが低いから相手されないんじゃない。コイツの身勝手な性格が問題なんだ。
早速と言わんばかりの勢いで、光樹が話しかけてきた。
「料理の食材取ってきましょか! 昼間は敵も弱い方やし、自分もいけますぅ」
「結構ですよ」
「ええ? なんや、えらい大変なんやろ? ルイスさんが巻き込まれてますイベント」
僕は不思議そうに視線を注ぐ光樹とアルセーヌをあざ笑うかのように、微笑を作って答えた。
「屁理屈でなんとか出来ますから」
ブクマ数476件突破と評価の方を頂き、ありがとうございました。
投稿に変動があり申し訳ございません。明日は普通に投稿する予定です。
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。