二十万
「なに!?」と妖怪の癖して飛び上がるメリー。
キャロルは後ろ足を使いダン!と激しく踏み鳴らす。スタンピングと呼ばれる仕草だ。この状況だと、危険を知らせる行動をしている。
冷静に対処を始めたのはジャバウォック。
奴は普段、遊びで使っている兎などの小物を棚から幾つも持ち出す。
子供っぽいごっこレベルの威嚇をするつもりかと思えば、奴の体がワラワラと分裂し、その分裂体が小物を持ち構えた。
だが、それ以上、扉が開かれることは無かった。
代わりに向こう側から男の声が聞こえる
「失礼。今日はやっているのかな」
僕より先にメリーが叫ぶ。
「貴方にあげる物なんて一つも無いわよ! おじい様に縛られたくなかったら、出て行きなさいな!!」
余計な真似を。
軽くメリーを睨んでから、僕は落ち着いた口調で訂正する。
「従業員が勝手に申し訳ございません。大口の予約が急遽キャンセルされ、気が立っているんです」
などと、適当な言い訳を取り繕ってみたが、向こうは「そうか」と穏やかな声で一先ず納得したよう。
しかし、彼の表情は分からない。
一応、外に出れないかと転移操作を行なってみたが、ログアウト同様、操作不能状態だった。
この状態でイベントをやれとは、なかなか難しいものを……
さて。これからどうしたものか……
僕が出方を伺おうとするまえに、奴が話を切り出す。
「予約をしようと思ったのだが、難しいかな」
やはりそうか。
コイツの目的は料理。
マザーグースがバンダースナッチのエネルギーを補おうとしたように、何らかの理由で料理を求めている。
だが、これはこれで厄介だ。
僕の判断次第で妖怪たちの情勢に変化を起こしかねない。
メリーが「どうするつもりよ!?」と急かすのを他所に、僕は返答する。
「分かりました。具体的なお話をお聞かせ下さい」
「具体的に?」
「ええ、何か特別な場……たとえば、何かの記念日や催しの依頼でしょうか? それに合わせた料理を提供させて頂きます」
向こうが少々悩んだらしい。
数秒の沈黙を破って、冷静な声色で喋った。
「特別な場ではない。普通の、私を含めて十五人前後を想定した料理を十種類ほど作って欲しい。そうだな……一日三食、一週間分だ」
とんでもないな。
大体、そんな量を食えるのか? バンダースナッチと違って食事の経験はあるんだろうな??
……まあ。そもそも、この予約は受付ない。
最初から、僕はコイツの要望を叶える気は皆無だからだ。
「分かりました」と答え、僕は話を続ける。
「大凡見積もって二十万マニーとなります」
「金か」
酷く淡白な声で聞き返してくる。僕は一言加えた。
「そちらで食材を用意して頂けるのでしたら、その分、料金から差し引く事も可能です」
「……いや、いい。金を払おう」
「分かりました。そうですね。料理のお引き取りですが、一週間分をまとめて、というのはオススメしません。時間が経つにつれ、料理も傷んでしまいますし。何より相当量になります。一度に運ぶのは大変でしょう」
「一週間分まとめてで良い。明日、引き取りに来る」
僕が料金に関する話をする前に、向こうが一方的に話を終えてしまった。
少し開かれた扉の合間から、何かが投げ込まれ、ジャバウォック達が全員構える。
それは――袋。
中身に関しては、僕視点だと即座に判明した。
何故なら、僕の視界内でハッキリとメッセージで表記される。
[200,000マニーを入手した!]
いや、待て。ちょっと待て!
僕は慌てて確認したが、思わず舌打ちをしてしまった。
マニーが勝手に手持ちへ移動している! なんだこの糞仕様は!!
この手の金は、ロクでもない手段で確保したものに違いない。
受け取ったとしても、イベント上、妖怪から金を受け取ったなり何なり良からぬ屁理屈で、悪い方向に向かいかねない。
ああ、それとも何だ?
プレイヤーに支障をきたす方向にはならないのか? 少しは説明しろ!
大体、適当に二十万なんて高額を要求したのが、そのまま用意されるとは思いもしなかった。
そもそも、料理を渡す際に支払うようお願いするつもりだった。
金を受け取る前に、マザーグース達が対応して貰えば……と期待していたのに。
ジャバウォックが分裂体を消し、じーっと僕に視線を注ぐ。
メリーも「どうすんのよ!」と怒りを露わにしていた。
僕は落ち着いて告げる。
「明日、確実に奴は来る。このことをマザーグースに伝えて欲しい。……待ち伏せが出来る訳だ」
「……いいけど。本当に来るかしら?」
メリーは疑っているようだが、僕は自分なりの考察を伝えた。
「君にも心当たりがあるだろう? 妖怪が食事を必要とするケース。……そう、バンダースナッチと同じ、エネルギーを賄う為さ」
複雑な表情を浮かべ、メリーは戸惑う。
「それ……本当なら、どうしよう。でも、食事でエネルギーを確保できるって知識は、普通の妖怪にはないわね」
マザーグースに似たお人好しさか、メリーは少し不安そうだった。
バンダースナッチと似たような境遇相手だったら、同情してしまうのだろう。
ジャバウォックは、キャロルを撫でながらポツリと呟く。
「食べて寝る子は育つ」
育つ……純粋に力を増す? 僕は追求してみた。
「つまり、恐怖のエネルギーとは別に、力を増す為だけに食事を必要とするのかい?」
ジャバウォックはキャロルに、その辺りで取った草を与えており。
キャロルは、草をスナック菓子のように貪っていた。
結局、不穏要素を残したまま。僕はログアウトすることにした。
◆
翌日――7月2日、土曜日。
コンテストに提出する『不思議の国セット』を完成させようと、最後の練り切り作製から始めた。
途中、運営から例のイベントに関する問い合わせの返答が送られてくる。
向こうからの返答は要約すると『詳細は明らかに出来ない』だった。
先のネタバレだから、触れられない意味なんだろうけど。
本当に大丈夫なのか?
「よし、と」
完成した『不思議の国セット』を提出。
後に取り消せない旨を最終確認するメッセージに対しても『はい』の選択ボタンを押す。
一つ終えた。
運営から『神隠し』イベントの報酬期限を注意されるのを無視し、他のメッセージを確認。
多くはコンテストで使用する家具や食器などの完成報告だ。
中でも窓枠にはめ込む予定の『ステンドグラス』を作る鍛冶師系プレイヤーの気合は凄まじい。
これは映えると自信満々の作品のようだ。
だが、二号店の建設も――
加えて、例のイベント関連も解決していないまま。
今日、マザーグースに対処して貰うとして……僕はレオナルドがログインするまで、暇つぶしに庭をいじっていたが厭きる。
途中から『神隠し』イベントの報酬に目を通した。
鶏だ。
食費も抑えられるし、卵を料理に使える。戦闘能力は……残念ながら低めだ。
メインは卵の生産だから、仕方ない。
早速、選択肢をする最中。庭で操作していた僕に話しかける者が
「あ~! 良かったわ~!! ルイスさん、ルイスさん! お久しぶりです~~!!」
………。
一瞬、何事かと疑ったが顔を上げた先に居る男は、方言訛りのある声は、紛れもなく光樹だった。
そんな彼と共に現れた者もいる。
久方ぶりに見た黒髪短髪に栄える赤い瞳の男性アバター。胡散臭い笑みを作って手を振っているのは、アルセーヌだった。
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厄介者再び現れる。
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追記:次回の投稿は8/16になります