襲撃
マザーグース達――『特別なお客様』が食事を取ってもランクの経験値に加算される。
だからこそ、僕も手を抜かずに彼らの料理を作っていた訳だ。
遂に、二号店建設に到達した。
他プレイヤーなら、余裕で到達しているランクだが、少人数の客相手、限られた売上では中々、上手くランクは伸びない。
早速、二号店の建設……と行きたいが、僕とレオナルドは少し話し合う。
二号店を一体、夏エリアか秋エリアのどちらに建てるか。
夏エリアに関しては海岸沿いか山中か、立地で庭の影響等が異なる。
秋エリアは、夏エリアと違って影響はない環境だ。
錬金術師が溢れかえっている現状、秋エリアは瞬く間に立地争いが始まっているらしい。
……それでも僕は、レオナルドに伝える。
「悪いけど、二号店は秋エリアに建てたいんだ」
レオナルドは、意外そうな表情で聞き返した。
「なんでだ? 夏エリアの山中がいいって話し合ったじゃん」
「本当の所、そうしたいのだけどね。夏エリアに店があると、例の隠しイベントが進行してしまうと思ってね」
「あっ」
レオナルドも僕の指摘で理解したのだろう。
レシピイベントでも、一通りクリアしたら現在のようにマザーグース達が現れるようになった。
つまり、夏エリアも同じ。
更に、秋エリアの隠しイベントは、ミナトから概要を聞かされ把握したので、回避しやすい。
マザーグースが以前、触れていた縄張り関係で秋エリアに訪れないと分かっている。
妖怪達もいない。
そう。僕とレオナルドだけで、ゆっくり出来る場を設けられる。
夏エリアの隠しイベントを回避する為でもあるが、一番の目的はこれだった。
レオナルドが申し訳なく頭をかいて「そうだな」と答えた。
僕らの話を立ち聞きしていたメリーが割り込む。
彼女は相当心配気味だった。
「ちょ、秋の層に行くの!? いくら『空亡』が秋の連中を壊滅させたからって、危険なのには変わりないわよ!? おじい様も、秋の層の『いつ……』……じゃなかったわ! アイツの名前を迂闊に喋るのだって不味いんだから」
名前を口にしてはならない禁忌の存在。僕は設定に便乗し、不安げなメリーに話す。
「僕ら人間は『ティアマト』と呼んでいる妖怪だね」
例の、ミナトを呪った妖怪。
それが隠しイベントに登場し、秋エリアのラスボスに位置する。
ゲーム上では『ティアマト』だったり『秋の大王』だったり『名無し』だったり……色々な異名で呼ばれるが、本来は決して名を口に出してはならない。
メリーは不思議そうに首傾げた。
「変な名前ね。原型がないじゃない」
「原型に結びつかないから、いいんだよ」
「そうね! その方が安全よ。人間はうっかりアイツの名前を言っちゃうんだから。……って違うわ! 『ティアマト』?の脅威は消えてないって、おじい様も仰ってたわよ!? 本当に気を付けなさいよね!」
過剰に心配しているメリーだが、レオナルドも『ティアマト』の話をミナトから聞かされたので。
彼女の不安は当然だと納得した表情を浮かべる。
レオナルドが、ずっと問いたかった事をメリーに尋ねた。
「なあ、ロンロンに呪われたって奴がいるんだけどさ。ロンロンって、人間を呪うような奴じゃないよな?」
「え」
眼球ないメリーの顔全体が、信じ難いほど歪んでいる。
ロンロンの呪いに関する質問よりかは、ロンロン当人に関する話題に嫌気を感じてる風だ。
彼女の隣で、キャロルを抱きかかえていたジャバウォックと顔合わせながら、メリーは激しく首を横に振る。
「ないないない! 別にアイツを擁護したいんじゃないんだけど、絶っっっっっっっ対ありえない!! 人間が無理矢理悪評流してるだけよ!」
「やっぱりそうだよなぁ」
彼なりの納得をしたかったのだろう。
メリーから純粋な意見を聞いて、レオナルドはジャバウォックが抱えるキャロルの頭を指で撫でてやる。
僕は時刻を確認し、なんやかんや深夜を回っているのを知る。
今日は仕方ないか。
「レオナルド。そろそろ僕はログアウトするよ。二号店の建設は明日にしよう」
「げ! 明日、大学だ。俺も寝よ」
レオナルドは迅速に「悪い、先に落ちる」と別れを告げてログアウトした。
僕は笑み浮かべ「また明日」と告げ、彼を見届ける。
明日は土曜日。それでも選択した講義の都合か、レオナルドは大学に向かうようだ。
僕も仕込みの準備だけして、ログアウトするつもりだった。
レオナルドが立ち去ったのを見届け、メリーも意味深な様子で僕に言う。
「じゃあ、私も行くけど……」
何だろうか。
適当に心配の言葉でも投げかけた方が良いのか。
傍らでキャロルをマットに降ろすジャバウォックを他所に、メリーはモジモジした様子だった。
僕に用?
仕方ない。渋々、僕はメリーに言う。
「この間の事は気にしなくていいよ。コンテストに行きたい気持ちはマザーグースも同じだったからね」
「……本当?」
「そうさ。彼は怒っていないから、安心してね」
納得しにくい僕の言葉に困惑するメリー。
混乱させるつもりじゃなかったんだが、面倒な。
レオナルドは珍しく、カサブランカやロンロンの一件でメリーに気使う余裕がなかったらしい。
こういう役割は、普段、レオナルドがやる。僕なりに話を切り上げるとするか……
僕は気さくに、それでいて気弱な優しさっぽい顔を作って言う。
「それより……近頃現れた侵入者の件が心配だ。メリーも気を付けて。何が起こるか分からないんだからね」
「わ、わかっているわよっ」
ふんっと僕に対するメリーの態度が、レオナルドよりも冷たいのは好感度のせいだな。
彼女に好かれない点は何とも思わないが、どうも釈然としない。
メリーを含めた妖怪達全員、料理を提供するだけではしている。あまり好感度は左右しないんだろうか。
僕が漸くログアウトボタンを押そうとする。
しかし、反応がない。
観察すると、ボタンの色合いが灰色に変色している。この色は――イベント発生時の?
奇妙な軋む音がワンダーラビット全体に響き渡り、一般的なプレイヤーには侵入不可となっている筈の、店の扉が開かれたのだ。
ブクマ数468突破しました!
またもや一悶着発生?
このイベントは以前、運営サイドが話し合っていた特殊イベントの一つです。
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。
(追記:次回は8/13深夜投稿になります)