秋エリア
呪い。
という要素は僕も知っているが、未だ報告数が少なく、常時、攻略班は情報を求めている。
デメリットを受ける事もあれば、そうでもない事もある。
例えば、呪い持ちの鍛冶師は曰くつきの武器『妖刀』などを作製する事が可能だ。
呪いの武器に関しても、極端なメリットとデメリットを得られるピーキー仕様らしい。
人によっては、それを求める。
ただ、基本的にはデメリット要素が大きい。
ステータスの低下、常時異常状態化、スキル発動不可、成功率の急低下などなど……
自棄に高値を払う事になっても、素直に払って呪いを解く事が推奨されている。
まあ……呪いの隠し要素を探す物好きなどは、あえて解かないようだ。
レオナルドから事情を聞かされ、一応、僕らはミナトの元に尋ねてみる事にする。
彼の店内に僕らが転移し終えたか否かのタイミングで、レオナルドの手にある透明な『探知炎』が青紫色に変色した。
出迎えてくれたミナトを前に、レオナルドが申し訳なさそうに「すみません」と頭下げる。
対するミナトは、焦りすらない様子だった。
表情に出ないタイプとは言え……呪いに関して、最低限の事は確認しなくては。
僕から話を切り出す。
「突然、すみません。その……呪いの件で少しお伺いしたいことがあります。よろしいですか?」
「……ああ。分かりました。そこに、おかけください」
理解が早いミナトは、僕らにそう促す。
僕らと対面になる形で座ったミナトが手元にメニュー画面を広げながら、淡々と説明した。
「ご心配なく。私が受けたのは、コンテストに支障を来す呪いではありません。実際に見て貰った方が早いかと思うので、こちらを」
「?」
確かに、僕が心配したのはそこだが……ミナトがメニュー画面を僕らの方に向け、見せると。
おびただしい数の文字で、画面が埋め尽くされていた。
呪い、じゃなくバグの間違い……じゃないんだな。
レオナルドの『探知炎』が反応している以上、これは呪いの一種で間違いない。
絶句している僕とレオナルドを他所に、ミナトは話を続ける。
「このように、メニューやステータス、手持ちのアイテム欄からスキルまで、私が閲覧する情報がこのように判別不可の状態になるだけものです」
漸くレオナルドが「いや」と突っ込む。
「ヤバイじゃないですか! ミナトさん! こんなだと、何がどれなのかも分かんないですし」
「いえ。そこまで問題ではありません。あくまで内容が読めないだけです。スキルの位置は変わっていませんし、アイテムも種別に並び替えれば大体わかります。最悪、手元に取り出せば、何のアイテムか判別できます。ああ、あと。公式のお知らせと運営からのメッセージに呪いは掛からないようです」
二度手間だろ、それは。
ということは……以前、青薔薇の染料を見せて貰った際は正常だったから。
あれ以降に呪いがかかった、と。
当の本人は涼しい顔で平然としているので、本気で問題ないようだ。俄かには信じがたいが。
普通であれば死活問題レベルの呪いを、放置する精神も異常だ。
念の為、僕は心配気味に言う。
「今回、ミナトさんにはお世話になりますので、そのお礼にレオナルドが呪いを解くというのはどうでしょう?」
少し、ミナトの返事は遅れた。
基本はデメリットが多い呪いだが、その解呪に躊躇するのはメリットもある呪いなのか。
あまり探るのは心象よくないので、詮索は中断する。
僕は微笑を作り「まだ、レオナルドは浄化を覚えていないので遅れますが」と話に付け加える。
ミナトが無表情で答えた。
「それがレオナルド様にも難しい話なのです。私を呪ったのは上級妖怪。通常の浄化で解呪できる類ではありません。……ご心配をかけて申し訳ございません。お二人の、お気持ちだけ頂きます」
◆
ゲーム内で上級妖怪に分類されているのは、基本的にメインクエストボス。
自我があり、会話が出来る妖怪たち。
ミナトは秋エリアの隠しボス――『ティアマト』の呪いを受けたらしい。
彼の詳細なステータスは、試しにパーティを組み、僕らの方で確認しようにも、やはり文字による画面汚染により不可能だった。
実際に『ティアマト』から呪いを受けているかも定かではない。
……一応、イベントの支障にはならないと判断しておく。
僕らは秋エリアの『花畑エリア』に足を運んでいる。まずはそこの素材集めからだ。
少し肌寒い秋エリアを快適に過ごす為、僕らはジョブ衣装とは別の秋服を着ている。
僕はベージュのチェスターコートに白ニットを着て、黒ワイドパンツを穿く。
レオナルドは黒のアウターに灰のインナー、僕と同じ黒のワイドパンツという恰好だった。
比較的プレイヤーが少ない小川で水を汲みつつ、レオナルドは浮かない表情をしている。
ミナトの呪いが気がかりなのだろう。
採取を終えた僕は、手元で『季節』のコントロールを試しながら話す。
「仕方ないよ。上級妖怪の呪いを解くには『浄化資格』を取得した祓魔師が四人必要なんだから」
全季の僕は、『季節』を二季や三季という細かい微調整も自在にこなせるようになれる。
この状況で最も力を引き出せる『秋』の季節に『冬』の季節も組み合わせ、『秋冬』の二季のエネルギーを掌に浮かべ、もう片方の手に取り出した瑠璃石に付与する。
すると、メッセージが浮かぶ。
[『秋冬の瑠璃石』が完成しました!]
素材の概要を確認しよう。
『秋冬の瑠璃石』
効果:プレイヤーの季節に『秋』が含まれていると特殊攻撃の威力上昇(中)
プレイヤーの季節に『冬』が含まれていると防御力上昇(小)
……ふむ?
もう一度試してみると。
『秋冬の瑠璃石』
効果:プレイヤーの季節に『秋』が含まれていると特殊攻撃の威力上昇(大)
プレイヤーの季節に『冬』が含まれていると防御力上昇(微)
これは……面倒な。
ランダムというより感覚に近いのか?
恐らく、プレイヤーの季節調整の具合で効果も影響を受けるようだ。何もここで厄介な判定要素が必要になるなんて。
新薬の調理は、時間はかかるが器具で季節をコントロールできるだけあって、難しさを痛感する。
僕が季節に苦戦していると、レオナルドは言う。
「流石に四人必要って条件難しくしすぎじゃねーかな」
珍しくゲームへの不満を述べるレオナルド。
浄化に複数人必須というのは、確かに手間のかかる条件だろう。
だが、案外そうでもない。僕は、納得できない表情するレオナルドに告げる。
「さほど厳しい条件ではないよ。他プレイヤーにパーティ招集をするのと感覚は同じさ」
「まあ、そうなんだよなぁ」
「……ただ。アイドル騒動で墓守系が少なくなってしまったからね」
「うーん」
項垂れるレオナルドに、傍らで草を貪っていたキャロルが心配して近づく。
キャロルを撫でて気を紛らわせるレオナルドは、眉間にしわ寄せ、思いつくことを喋る。
「知ってる墓守系の奴って、ホノカんところにいる凪しかいねーんだ。そうじゃなくても、墓守系を見かけないんだよ」
「強いて挙げるなら、攻略班に頼むしかないかな。情報交換がてら浄化に協力してくれそうだ」
僕の意見に、レオナルドは顔を上げて感心していた。
「お~……攻略サイトの?」
「うん。でも、どうかな。攻略班と言っても複数存在するんだよ。マギシズの場合は三つ。お互いに情報の奪い合いをしてる連中だからね。呪いの情報……上級妖怪の呪いとなれば黙っちゃいない。変なトラブルに発展しないか不安だよ」
「それは……ううん、確かに面倒だなぁ」
気が遠くなりそうな反応をするレオナルド。
一先ず、小川の水を汲み終えたようで立ち上がり、僕に「次はどっちだ?」と尋ねる。
そんな僕らに近づく影がある。
素材集めのプレイヤーかと思えば、恐る恐る話しかけて来た。
「あ……あのぉ。お久しぶりです」
……誰だ?