ギルド
僕が安堵したのは『錬金術師』の昇格で調理に影響があるのは季節要素のみということ。
きっと、他プレイヤー達も僕と同じ心境だろう。
普通に学校生活を送る僕に代わって、深夜にかけて情報収集に命を注いだ攻略班と廃人プレイヤー達の情報網によれば、『錬金術師』の新要素は――鉱石類を使ったもののみ。
鉱石に季節を付与する事で、新たな素材に変化させる。
また、攻撃系の薬品同様。鉱石にも季節の付与し、攻撃手段として発揮する。
つまり……動植物から鉱石類まで使用素材の範囲が広がっただけ。
人によっては、残念だと評価がある。
一部で『魔法』のような特殊攻撃の『季節』を得られるのだと勝手に期待されていただけだ。
素材消費型の生産職としては、普通で無難だと僕は感じる。
良くも悪くもバランスを考慮する運営である。
仮に、これで真っ向勝負が出来るようなら、パワーバランスが崩壊しかねない。次のバトルロイヤルで錬金術師が上位を占め兼ねないだろう。
まあ、そういった極端な調整、ぶっ壊れを起こさない堅実な姿勢は良いのだが、如何せん面白みや話題性に欠けるというか……
運営に不満要素がないと、また個人プレイヤーにヘイトが向くので勘弁して欲しい。
もどかしいな。
情報を表示する携帯端末の画面端で、アプリにメッセージが届いたサインがある。
恐らく、レオナルドからだ。
残念だが僕はメッセージに返事ができない。何故なら……
「レンレン~、誰かからメッセージ届いてるよ! 返事しないの~~?」
僕の携帯端末を覗き込んでくるコイツ。
いっつも絡んでくる調子のいい男子がいるせいで、最近、放置製造の確認すらできない。
メッセージもそうだ。
他人のプライベートを考慮しない糞野郎が。僕は唸るような溜息をして、携帯端末をしまいながら言う。
「元ギルドメンバーからの奴だよ。受験勉強に集中したいと説明しても戻って来いって、うるさいんだ」
「え~、だったらブロックしちゃえばいいじゃん」
「ブロックしたらしたで叩かれるだろう。だから、無視することに決めたんだ」
何であれ、錬金術師になろうが大差ない。
次のコンテストイベントに向けた素材集めの為、レオナルドと秋エリアのマルチエリアを巡って、素材を集め……それから『不思議の国セット』で使用する素材を決定。
期限までに料理提出は出来るだろう。
僕の傍らで呑気にお喋りする男子が聞いてくる。
「レンレンって魔法使いでしょ? 賢者の情報は見ないの??」
渋々、僕は答えた。
「もう見たよ。他のジョブ3の情報も目にしておいて損じゃないだろう?」
「っていうかさぁ~。レンレン、夏休み中はゲーム解禁されるの? ほら、前に取り上げられたって言ってたじゃん」
僕は手元を止める。
本当に面倒くさいものだ。睨むように男子へ視線を向けながら、返事をした。
「逆だよ。夏休み中は受験勉強以上にやる事が多いんだ。今年は、父の関係者に挨拶回りする予定だよ。将来、お世話になるかもしれないからね。情報を見てるのは気晴らしさ」
「ウッワ! なにそれー!?」
男子の表情は相当引いた様子だった。
先程までの調子のいい、能天気な雰囲気と変わって、苦い顔で僕をジロジロ見る。
「意味わかんないよ、レンレン! ねえ、マジで遊ぶって発想無いの? 社会人じゃないだからさぁ~……」
再度、溜息を吐いて僕は述べた。
「君の方こそ、甘いんじゃないかな。適当に大学受験して、サークル活動で無駄な四年を過ごせば、あっという間に社会人だよ。将来のことを真面目に考えた方がいい」
「俺の親と同じ事、言ってる~レンレン」
嫌な話は聞きたくないと拒絶の姿勢をする男子が、馬鹿らしくて仕方ない。
親にも言われてる癖に、何もしないで後悔するのはお前の方だ。
馬鹿と一緒にいると、こっちまで馬鹿になる。
僕の周囲からは、クラスメイト達が揃いも揃って語り合っていた。
「錬金術師の昇格条件判明した!? あ~~早く帰りたいなぁ~~~!」
「クッソ! まだ『剣聖』の昇格条件ってわかんねーの!?」
「分かってないジョブ3の条件って『剣聖』と『守護騎士』と……『戦車』?」
「『怪盗』もだよ。早く『怪盗』になりてーなぁ」
くだらないお喋りで盛り上がれるなんて、羨ましい。
話を吹っ掛けられても、合わせられるようにとマギア・シーズン・オンラインを始めたが、本当にどうしてこうなったのか。
アイツらと同じように話が出来る相手は、レオナルドしかいない。
近頃、無性に家へ帰りたいと思うようになった。
◆
レオナルドと僕が合流したのは、すっかり日が暮れ、夜の九時過ぎだった。
祓魔師の性能と『育成所』について話を聞かされ、僕も悩む。
キャロルが、快適に店内を駆け回る中。
僕に対し緊急のメッセージが届いた。何事かと思って表示すると運営から『イベント報酬の交換期限が迫っています!』との旨が。
忘れていた訳ではない。
未だ、色々考え続けていたが、そろそろ決断した方がいいか……
『神隠し』イベントの不備の詫びで配布されたクリア報酬。ペットの交換期限が迫っている。
ムサシの動画視聴者は『牛』を進めていたが、牛こそ食費がギルドレベルの素材収集率がなければ賄えない。
飼えれば、確かに便利だ。
飼えるものなら、牛以外にも鶏も確保したい。崖を自在に昇り降りできる猿も悪くない。海鮮物の収集にも……という具合に。
欲しい奴は相当ある。だが、それにはワンダーラビットの会員による素材量では賄えない……か。
レオナルドも悩んでいる。
彼は、彼個人の理由で強くなるべく、複数のペットを所有したい。
食費の少ない小動物じゃ戦闘力に期待できない。中型、大型のペットとなると食費もスペースも確保しなくてはならない。
育成所を建設しようにも個人で賄うには限界がある、か。
秋エリアから採取された『秋小麦』を使い、パンを焼く工程を観察する僕に、レオナルドは慎重に話を切り出す。
「ギルドもギルドで大変みてーだ。マーティンとホノカから話は聞いてるけどさ。ギルドの敷地を広くしたら広くした分、家賃?を払わなきゃ駄目なんだってさ」
「うん」
僕は焼き上がった『バターロール』を石窯から取り出す。
熱々のパンをレオナルドにも差し出し、試食してみる。
……小麦は秋エリアの方がいいか。いや……そうでもないのかな。用途や料理に合わせて、変えていくのは悪くなさそうだ。
レオナルドが口をもごもごさせ、目を見開きながら「美味い!」と感想を言う。
ありきたりな感想の筈が、僕は自然と満足感を抱き、微笑を浮かべて「良かった」と声を漏らす。
話を戻して、ギルドの家賃について僕が教えた。
「その家賃が貢献度なのさ」
「あー。だから貢献度貢献度って躍起になるんだな、皆」
「貢献度は維持費以外にも土地開発や建造、拡張、NPCを雇うにも必要なんだ。人によってはいくらあっても足りないらしいね」
「へー」
上の空として聞き流している風な反応のレオナルド。
彼はきっと、ペットの育成や僕の素材などを考慮した将来図を脳裏に描いているのだろう。
ギルド連中が必死に稼ぐ貢献度。
基本的には、クエストクリアが最も多く貢献度を稼げる。
中でもメインクエストボス討伐、マルチエリアのレイドボス討伐が多くの貢献度を獲得できる。
ギルドによっては、クエスト周回を義務化するものがあるほどだ。
無論、他にもギルド系列の店の売上、商品の作製などでも貢献度は得られるが、やはりクエスト周回には劣る。
僕は肝心な部分に触れた。
「それと……ギルドを設立するには最低でも五人。メンバーが必要だよ」
眉間にしわ寄せ、悩ましい表情を浮かべるレオナルド。
しかし、ふと顔を上げ、僕に聞き返す。
「ルイス。ギルド建てるかどうかってのは考えないのか?」
「最初と今は状況が違うよ。下手に絡まれるから、ギルドから疎遠になりたかっただけさ。もう十分目立ってしまった以上、妥協はできる」
「おお。そっか」
少し表情が和らぐレオナルド。
だけど、重要なのはそこじゃないと僕は伝える。
「ギルド経営をするには信頼できるメンバーが必要だ。経営店と同じ、アイテムや設備などの管理はギルドマスターの一存でコントロールできる。でも、ギルドマスターが不在で機能が回らなくなるのは効率的じゃない。生産職は特にそうさ」
「確かに」
レオナルドは頷く。
ギルド内で素材アイテム等は共有される。
だからこそ、勝手にアイテムを使ったり、持ち逃げするなど。ギルド内のトラブルがあると耳にする。
見ず知らずの人間をメンバーにはしたくない。
それに、ギルド経営に方針転換するなら必須なのが幾つか。
「最低限確保しなきゃいけないのが鍛冶師と刺繡師。その次に素材収集役の盗賊、貢献度稼ぎができる主力になれるプレイヤー……そんなところかな」
刺繡師は物のついでに聞こえるが、ギルド所属していると個人経営店が相手にしないケースがある。
ギルド関係に無縁でありたい。
自分の作った武器が原因で、貢献度に影響したなどと因縁吹っ掛けられたくない。
そんな自意識過剰な警戒も虚しく、実際にその手のトラブルが発生する。
一先ず、僕はレオナルドに告げる。
「ギルドの件は保留だね。設立しようにもメンバーが揃わない」
「おう、わかった。……難しいな」
一段落済んだところで、レオナルドが何か思い出し、半透明の炎が入ったガラス筒『探知炎』を手にした。
ブクマ登録してくださった皆様、ありがとうございます。
ギルドの土地開発は、都市開発シュミレーションみたいなのを想像して貰えれば分かりやすいです。
続きが読みたいと思って頂けましたら、ブクマ・評価の方を是非よろしくお願いします。
追記:8/6分の投稿は間に合いそうにないので、8/7深夜にかけ二作投稿する予定です。