呪い
アルセーヌから届いたメッセージはある意味、彼らしい内容だった。
『例の光樹って奴、特定したぜ』
メッセージを見たレオナルドは、やれやれと溜息をつく。
アルセーヌ……遠藤は決して愉快犯という訳ではない。
特定したと言っても、マギア・シーズン・オンラインのサーバーにハッキングをかけた訳じゃない。
彼は、以前にレオナルドが特定された根拠の一つになった『声』と、光樹の性格から、それらしい人物に目星をつけたようだ。
まあ、特定したから何をする訳じゃない。
自慢のようにレオナルドとの会話の種にするだけだ。こういったパターンは、今回に限らない。
レオナルドが送られて来たメッセージにある動画を再生してみる。
動画はテレビの生中継映像。それも将棋の対局だった。
光樹が将棋をやっている、と話には聞いていたが。
映像で対局しているどちらかが光樹なのか? とレオナルドが注目する。
盤面の映像に切り替わりつつ、実況解説を行う女性の声が聞こえる。
もう一人、実況解説役の男性の声は自棄に耳に付く。
『あ~、その手でいきはったんですか。無理や無理、読まれますのに』
実況者には興奮混じりに饒舌な者もいるが、彼に関しては悪意はないだろうに、あれこれ駄目だの、無理だの、毒吐いている。
視聴者から何か言われないだろうかと、聞いてるレオナルドもハラハラする。
その解説者こそプロ棋士の『葭川光樹』。
ゲームでは『光樹』と名乗っていたが、声色から性格まで、間違いない。本人だ。とレオナルドすら納得するほどだった。
加えて、アルセーヌから更にメッセージが届く。
『俺の情報網じゃ、こいつが覆面審査員かは分からないな』
何時ぞやに話していたコンテストの覆面審査員。
有名人が参加する話はレオナルドも聞いたが、光樹の場合は……どうなのだろう?
アルセーヌにはこう書かれていた。
『そいつ、SNSはやってねぇもんだから、色々手間取っちまったぜ』
『味にうるさいとかグルメですって話は全然』
『プライベート関係は軒並み不明。将棋関連のイベントとかに顔出しするのは、あるってだけ』
『でも、VRと無縁そうな奴が急に来るってのは不自然だよな?』
『目につけられてないか、警戒しておいた方がいいぜ、相棒』
少なくとも、この間は共にパーティを結成し、夏エリアのメインクエストを攻略しただけだ。
最後まで、ルイスの料理を食べたい旨は光樹から語られることは無かった。
そんな暇がなかった、かもしれないが……
アルセーヌに返事をする前に、レオナルドは『育成所』の手続きに関して、熱弁してくれた女性NPCに話す。
「すみません。保留にして貰えますか」
「保留!? 早くしないといい土地は取られてしまいますわよ!」
「俺も建てたいんですけど、錬金術師の友人に餌や牧草の相談をしてからじゃないと」
NPCの彼女から話を聞くに、餌もそうだが、寝床に使用する牧草も相当数必要なのだ。
一個人で用意できる量ではないと聞き、レオナルドは悩む。
複数ペットを飼育するのに『育成所』がなければならない訳ではない。
けれど、ワンダーラビットの狭い店で住まわせるペットの大きさも、駆け回れる広さも必要。
女性NPCが唸りながら言う。
「ギルドと提携なされば問題ありませんよ? 錬金術師の方も必要素材をギルドに依頼なさればよろしいんですから」
「俺の友人はギルドが好きじゃないんで……ちょっと」
「個人でやっていくには限界がありますのよ! 必要素材も多くなってくるんだから――」
「わ、わかりました」
それでも、ルイスはギルドと関与するどころか、ギルドを嫌悪して距離を置きたい筈だ。
ギルドランキング一位『太古の揺り籠』とのトラブルは、つい最近の話になる。
あのトラブルの後、ルイスは不機嫌全開だった。
本人は普通に沈黙し続けたつもりだろう。
実際、凄まじい剣幕で周囲の人間は、ルイスに茶々入れる気すら起きず、慰めすら躊躇する雰囲気に押されてしまった。
儀式前に、ケロッと機嫌が直ったルイスの変貌っぷりに、また周囲は困惑していた。
レオナルドが『育成所』を立ち去る前に、女性NPCが一つ尋ねる。
「貴方! 『清メノ間』には行かれたかしら。祓魔師になった以上、あそこには必ず立ち寄りましょう」
「清め……? わかりました」
キャロルを抱きかかえながら『育成所』から出たレオナルド。
攻略サイトに目を通し、一応寄っておこうと『清メノ間』に足を運んだ。
祓魔師はペット育成以外に、もう一つの役割がある。
以前、ブライド・スティンクが触れていた『魂の浄化』。祓魔師らしい能力でもあるが、戦闘に活かせる訳ではない。
『清メノ間』は訓練所の教会とは違う教会を指しており。
内部は、鮮やかなステンドグラスがはめ込まれた窓から光が差し込み、豪勢な燭台がひと塊、要所要所に設置されていた。中央には魔法陣的な模様が描かれてある。
シスターの衣装を纏った女性NPCが深刻な表情で言う。
「ようこそ。ここは秋の層にあります『清メノ間』……貴方は初めてお目にかかる祓魔師のようですが」
レオナルドは咄嗟に軽く頭下げつつ、答えた。
「あ、はい。そうです。最近、祓魔師になったばっかです」
神妙なシスターが話を続ける。
「噂程度でもよろしいですが……『呪い』についてはご存知でしょうか」
レオナルドは「まあ」と相槌をした。
今日までレオナルド達には無縁だったが、近頃、アップデートの影響で確率が上昇したと噂される要素。
『呪い』
正確には、妖怪の呪いである。シスターが念の為か説明をしてくれる。
「呪いとは、妖怪が己の一部を人間に埋め込む現象です。正確には、妖怪の力――『妖力』や妖怪の魂を分け与える事……自我のない下級・中級の妖怪が死に間際に残す悪足掻きのようなもの……それでも人によっては、悪影響を及ぼす呪いがあります。その呪いを浄化するのが、祓魔師の役割の一つです……」
『呪い』は元々サービス開始からある『永久デバフ』だ。
シスターが語っている通り、生産職にとって重大な作製成功率に関係するデバフを受けたり、戦闘に支障を来すデバフを受けたり……
無論、この『呪い』を解く手段はある。
春エリアと夏エリアにも『清メノ間』があり、そこで割と高値を払うことで『呪い』を浄化して貰えるのだ。
とは言え、あまり話題にならないのは――呪いと遭遇するプレイヤーが極端に少なかったから。
無知なプレイヤーは、バグの一種かと勘違いする事もあるらしい。
シスターが付け加える。
「ただし……お一人で完全な浄化が可能なのは下級・中級妖怪だけです。上級妖怪は別格……一人で浄化するのは不可能です。……もし、上級妖怪の呪いを解くには四人以上の祓魔師が浄化を行わなければなりません」
上級妖怪。
即ち、ダウリスたち。
メインクエストのボスたちを指しているが、彼らも呪いを与える事はあるのだろうか?
少なくとも、現時点でそういった報告は聞かない。
ダウリス達は大丈夫……と油断するのは良くない。
でも、レオナルドはよっぽどの事がなければ、彼らが人間に呪いをかけないとは思う。
「まず、秋の女神様による試練をお受けになってください。浄化の訓練はそれからです」
秋の女神の試練?とレオナルドは首を傾げたが、メッセージで届いた内容には『解放条件:秋エリアのメインクエスト六面ボス『ウシュムガル』をクリア』と表示されていた。
最後にシスターから告げられた。
「ここまでの話を聞き、お分かりかと思いますが……祓魔師は妖怪の呪いを受けてはなりません。これは……護身として肌身離さずお持ちください」
彼女から渡されたのは、手で掴むにはちょうどいいサイズの透明な筒。その内部に半透明の炎がふわふわと浮いている。
レオナルドが手にすると青紫色に炎が変色。
突然の現状にレオナルドが「えっ」と声漏らして驚き。
シスターも息を飲んで言う。
「あ、貴方の身近な人間に……呪いを受けている方が、います。すぐに確かめて……」
「え? え、どういう……」
戸惑うレオナルドの前にメッセージ画面が表示された。
『祓魔師は呪いを受けたプレイヤーを判別する事が可能です。「探知炎」が青紫色に変わった場合、貴方のフレンドの中に呪いを受けているプレイヤーがいます』
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