行列
ガウェイン戦終了後、全員でワンダーラビットの前に転移した矢先、各々で軽い反省会のようなものが行われた。
真っ先に、小雪が項垂れて謝罪する。
「ご、ごめんなさい。途中で銃弾が尽きてしまって……フリマで魔石競り落としまくったんですけど、現環境だと水系の魔石は需要高くてなかなか」
小雪があげた『フリマ』、フリーマーケットのことだ。
生産職の個人経営店とは違い。
いらない素材や装備、アイテムを出品するもの。
銃使い系に需要ある魔石を、魔法使い系が小遣い稼ぎに出品するのが多い。
近頃では、複数の魔法で構成された強力な魔石が出品されるようになったのだ。
疲れ切って体を伸ばしているキャロルを撫でて労わるレオナルドが「フリマかぁ」とぼやく。
レオナルドや僕がフリマに縁遠いのは、そこに目当ての代物が無いからだ。
生産職にはありがたい素材が販売されている事もあるが、そこで金をかけるぐらいなら自分たちで集めればいいし、今ではワンダーラビットの会員が素材提供をしてくれる。
何より所詮、フリマはネットオークションと変わりない。
詐欺的なものが発生する事案を噂で聞く。
光樹は申し訳なさそうに謝罪の言葉だけ投げかけた。
「いやぁ、水の剣。壊してしもうてすんません。自分も可能な限り、壊れんよう気ぃつかったんです」
ガウェイン戦に向け、茜からオリジナルの水属性が付与された剣を貸して貰っていた光樹。
しかし、小雪が銃弾が尽きたように、水の剣も耐久度が尽き、破壊した。
茜が複雑な表情で「いいや」と返事をする。
「あれはちょっとした打ち損じみたいなもんだよ。商品として出せない奴だから、別にいいんだけどね。むしろ、アレで戦い続けられた方がビックリさ」
武器の作製も失敗はある。
鉄は熱いうちに打て、的な作業工程次第で、武器の性能に変化が発生する。
茜が貸してたのは、所謂『失敗作』だ。
問題の水属性付与されたミスリル製の剣は、攻撃力と耐久度が平均的な数値より下回っていた。
それを光樹は、極振りした攻撃力と耐久度を摩耗具合を計算しつつ、長く戦えるよう調整していたのか。
しかし、それ以上の問題が一つ発生してしまった。
光樹が問題に触れる。
「レオナルドさんこそ、途中で武器壊れてしもうたけど……大丈夫です?」
ガウェインとの死闘。
とくに終盤は、僕も含めた全員の打つ手がなくなり、トドメがレオナルド任せになってしまった。
その際。
レオナルドのジョブ武器『死霊の鎌』を含め、鉄製の逆刃鎌、銀製の逆刃鎌が破壊。
耐久度がある青薔薇の逆刃鎌だけで渡り合っていた。
頭かきながらレオナルドが茜に「あれ、作って貰ったのにすみません」と申し訳なく頭下げる。
僕は気持ちを改めるべく、レオナルドに言う。
「これを機に新しい逆刃鎌を作って貰おう、レオナルド。ジョブ3になれば色々と変わってくるからね」
茜も一息ついて「そうだね」と同意した。
「あそこまで長く使ってくれる方がありがたいよ。……まあ、青薔薇の奴は、無茶苦茶手間かかったから壊されたら心臓止まるかもだけどね」
レオナルドも手元に残った青薔薇の逆刃鎌を握りしめ「気を付けます」と気持ちを引き締めている。
途端、「ああっ!?」と光樹が素っ頓狂な声を上げた。
「アカン! 明日仕事入ってますのに、こないな時間になってますわ!! 自分、寝ます! 本日はありがとうございました!」
レオナルド達が「お疲れ」と掛け声をする前に、嵐の如くログアウトする光樹。
ジョブ3の昇格には、まずジョブ武器の上限解放を行い。夏の女神が祀られている神殿で儀式をする。ジョブ2の昇格で春の女神が能力を解放してくれたのと同じものだ……まあ、その程度は彼自身調べられるだろう。
僕らは早速、ジョブ武器の上限解放を行い。夏の神殿に転移する。
独特な熱帯夜の中、神殿前には珍しくちょっとした行列が出来ていた。
あの儀式も一度に可能なのは十二人、パーティの上限人数だけ。
夏の女神による儀式や説明を行うイベントが強制的に始まるので、多少時間がかかるとは言え……一体なんなのだろうか。この数は。
行列に並ぶ他プレイヤーが僕らに気づく反応が幾つか聞こえる。
僕が聞きたいのは行列の原因なのだが……耳を澄ませば、それらしい会話があった。
「おいおい、なんだよ。この行列」
「何でも『太古の揺り籠』が占領してるんだと」
「げぇっ!? あそこかよ! つーか、何で誰も通報しないんだよ!?」
「通報も何も……『太古の揺り籠』のギルドメンバーが普通に儀式をやってるだけだから、どうしようもねえんだよ。その代わり、百人くらい一気にだけどな」
「ひゃ……」
「百人は大袈裟かもしれねーけど。とにかく、そのくらいの規模でやってるんだよ」
『太古の揺り籠』……あまり関わりたくない奴らだ。
ギルドランキング、不動の一位に君臨し続ける廃課金ギルド。
他のオンラインゲームに課金要素があるように、マギア・シーズン・オンラインにも課金する部分はある。
本来、課金は時間に余裕が無い社会人向けのものだ。
生産職なら、生産工程の短縮、素材収集が面倒ならドロップ率上昇、ボス戦を優位にする為のステータス上昇などなど……種類は様々だ。
連中は、時間に余裕がありながら課金を用いて他ギルド、他プレイヤーと差をつける。
それに目を付けたのか、有名なVRMMOプレイヤーが多く所属していた。
金も、時間も、人材も豊富。
手の施しようがない勢いで『太古の揺り籠』は突き進んでいる。
運営もその辺りを理解しており、前回のアップデートでは課金制限を設けた。
だからだろう。
恐らく、『太古の揺り籠』は新人育成を始めたのだ。
プレイヤースキルが優れたVRMMOプレイヤーが、初心者の育成に励み。
将来的に、彼らに貢献度稼ぎを行って貰う。
他ギルドに人材が流れないよう、食い止める効果もあるのだろう。
彼らは『太古の揺り籠』の噂を知りもしない無知なプレイヤー達と思われる。
このご時世、そんな間抜けがいるのかと懐疑的になるが。
意外にいる。
美味しい話に流されるまま乗っかってしまう人間、SNSで話題になってて流行に乗っかるだけの人間、SNSなど事前情報を見ず始める人間……
行列を観察しレオナルドは「しばらく、かかりそうだな」と呟き、確認する。
「俺は大丈夫だけど……ルイスはどうだ? 茜さんと小雪は??」
茜は「平気だよ」と答え、小雪も「問題ないです」と頷く。
僕も普通に笑みを浮かべて返事をかえした。
「二度手間はしたくないからね。今日中に終わらせてしまおうか」
行列の最後尾に並ぶ僕ら。
前方を『太古の揺り籠』が占領しているとはいえ、それでも他プレイヤーが多いのは、彼らがこの時間帯にログインが集中する社会人だからだ。
きっと、僕らと同じようにガウェイン戦をクリア。
儀式を済まそうと目論んだところ、『太古の揺り籠』と鉢合わせてしまった。タイミング悪かったのだ。
しばらくすれば、僕らの背後にも他プレイヤーが並び始める。
レオナルドも振り返って、様子を伺っていた。
すると、何かに気が付いたようで、レオナルドは彼の背後に並んでいた者に話しかけた。
「お前、ひょっとして急いでるか?」
妙に感じたので僕もレオナルドの方を伺えば、彼が話しかけているのは少年。
肩につかない長さの短髪から、タンクトップからカーゴパンツまで深く渋い橙色の色彩。
服装の上から、琥珀の飾りを付けた鎧を着ている。
ジョブは『守護騎士』らしく盾を背負っていた。
……おい、待て。こいつ。
僕がレオナルドを制止する前に、レオナルドは悪気なく話を続けた。
「もう夜遅いし。急いでるなら、俺達先に譲るけど」
それを聞くなり、少年から初老が近そうな男性の声が吐き出された。
「そうか。なら私達の後ろで並べ。私を含めた、後ろにいる塵の後ろにな」
「え、ええ??!」
レオナルドは外見と声のギャップに驚愕しているようだが、噂通りの奴だった。
こんな見た目ながら、ギルドランキング一位の『太古の揺り籠』のギルドマスター。
『琥珀』と呼ばれる廃課金野郎だ。
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見た目詐欺は需要があれば許される?
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(追記)次の更新は7/31になります。
更新間に合わず、申し訳ございません。