ベディヴィア
夏エリア、メインクエスト五面ボス『ベディヴィア』。
僕らが転移されたのは道中ステージと同じ、日本風の木造住宅ばかり並ぶ廃村。
ケイの時と同じく、妖精『しき』は登場せず、プレイヤーの承認で開始されるものだった、が。
開幕早々に、小雪が悲鳴を上げた。
「あああああああああ! 私に付きました!! 撤退、撤退!」
彼女の短い半袖にしがみ付いている男性。
夏に似合わない薄汚れたフードつきのコートを羽織り、目元に覆いかぶさるか怪しい黄土色の前髪がチラリと見える。
これが『ベディヴィア』。
袖もぎ様、あるいは袖もぎさんと呼ばれる袖の神であるらしいが、妖怪に分類されている。
小雪が激しく振り払おうとしても、袖から手を離そうとしないベディヴィア。
戦闘開始早々、ベディヴィアはプレイヤーを一人選択。
そのプレイヤーの袖を握りしめ、決して離さない。あらゆる攻撃を受けても、プレイヤーが死亡するまで離すことは無い。
衣服破壊が不可の仕様を利用して来た厄介なボスだ。
ちなみに、袖なしの衣服で挑むと、ベディヴィアの縦横無尽な特殊戦闘スタイルの餌食になる。
……そう。
袖を握っている方が弱体化する不可思議な存在だ。
だが、遠距離型の小雪に憑りつかれては困る。
素直に僕らは撤退をした。
再度、ボス戦に挑むと、ベディヴィアはレオナルドの袖を掴んだ。レオナルドが叫ぶ。
「俺の方にいる!」
レオナルドが『ソウルオペレーション』による逆刃鎌の浮遊移動と『ソウルターゲット』の加速を用いて上空に浮上。
僕は攻撃できなくても、彼とベディヴィアの行動を観察する為、追跡し続ける。
ベディヴィアは袖を掴み続け、更には空いた片手で、何かを掴むような動作を見せた。
風だ。
袖を掴まれたプレイヤーが上空に移動すると、ベディヴィアは手で掴んだ風圧をプレイヤーにぶつけてくる。
しかし、こういう攻撃パターンは他プレイヤーによって検証済みだ。
無論、レオナルドはジョブ武器の『死霊の鎌』を浮遊操作し、高速回転させベディヴィアに攻撃。
小雪が遠距離からスナイパーライフルで確実に射撃。ベディヴィアに的中する。
加えてキャロルのトランプ攻撃がくる。
レオナルドは双方の攻撃が当たりやすいように、逆刃鎌の軌道をコントロールしていた。
ベディヴィアの体力は確実に減っていくが、怯まず片手で掴んだ風圧をレオナルドにぶつける。
回避できずにレオナルドは攻撃を食らい、体が吹き飛び廃村の建物に衝突。
逆刃鎌の浮遊移動と『ソウルターゲット』で体勢を整えようとしたが、途中でビクリとも動かなくなっている。
ベディヴィアが地面を掴んでいるからだ。
『ソウルターゲット』との綱引きが続けられる中、レオナルド達を中心に、地面に亀裂が走る。
このまま、巨大な地面の一部が切り取られるようだ。
レオナルドは辛うじて大鎌でベディヴィアを斬りつけられる。
攻撃範囲が広いお陰だ。
僕が『魔力水』でレオナルドのMPをキープしながら、茜たちに呼び掛ける。
「今です! 茜さんと光樹さん、攻撃してください!!」
そう。
地面を掴んだままのベディヴィアは、ある意味、身動きできない状態だ。
畳みかけるには都合がいい。
光樹は『コスモスラッシュ』を使用して、茜はベディヴィアに掴まれそうな地面をスキル技で叩き割る。
ベディヴィアは怯んだ訳ではないが、地面を掴むのを止めた。
このままタコ殴りされるのを理解できないほどのAIは備わっていない。
レオナルドが体勢を整えつつ、逆刃鎌の浮遊移動で上空へ。
次は、ベディヴィアが掴んだ風圧を廃村にあったため池に叩きつけ、水を掴んでみせた。
◆
一方、こちらは運営サイド。
妖怪関連のメインストーリーを担当する『メイン班』の代表者数名。
その他の関係者を交えた会議が行われていた。
彼らがこうして面合わせる機会は、今日まで幾度もある。
所謂、妖怪関連の話とイベントストーリーの整合性が取れているか確認する為にだ。
メインストーリーではこうだったのに、イベントではキャラの意思性格がおかしい。
イベントストーリーの考案者や、シナリオ執筆担当者の把握が曖昧だと総スカン食らったり、炎上するのは耳にする話である。
しかしながら、今回はイベントストーリーの話ではない。
幾つかの確認と共に、今後のイベントに関する話題。
その切っ掛けは、ルイス達が夏エリアの隠しイベントの正式ルートを発見した事に始まる。
会議には、イベントの実況席に座る姿が有名な開発部ディレクター・中田も参加。
開口一番に、中田は『メイン班』に尋ねる。
「早速ですが……今回のケースが発生した場合の特殊イベントの進展はどうなっていますか」
『メイン班』は気まずそうに話を切り出す。
「あ~……時間がかかると言いますか」
「そもそも、春エリアのジャバウォックイベントを攻略したプレイヤーは、レオナルドしかいません」
「今回のケースは想定外とは思っていません。将来的には、レオナルドと同じようなプレイヤーも多く現れるでしょうし。早急にシナリオイベント追加するのは待っていただけないでしょうか」
ゲーム面以外の、キャラ人気でユーザーを惹きつけるのも手段の一つだ。
案の定、バンダースナッチなど人気に火がついたキャラが多くいるのだから、コンテンツの展開は慎重にしなければならない。
ネタが尽きてしまえば、ユーザーもやり込みがいが無くなり、離れて行く。
焦らし。
あるいは出し惜しみという奴が必要なのだ。
しかし、『神隠し』イベントでクリア報酬の際、案内をした女性・間宮がマイペースで喋る。
「でもぉ。実装しなさ過ぎるのも良くないと思いますけど~。さっきのジャバウォックちゃんみたいに、ちょっとしたアクションとか会話しか無いじゃないですかぁ」
沈黙していた女性、『イベント班』の班長も意見を述べる。
「春エリアのマザーグースが侵入者を野放しにしておく訳がない。ムサシを経由して他ユーザーに認知されれば、確実に指摘されるぞ」
嫌々仕方なく『メイン班』の一人が言う。
「……一応、シナリオは完成してます。問題はシステムの方です。ユーザー全体が納得できる形に持っていければいいのですが……」
◆
ベディヴィア戦に勝利した後、僕ら全員項垂れた。
キャロルも体を伏せて、休憩したい意思表示をしている。光樹が思わず口走った。
「は~しんどぉ。ギリギリですわ」
本当にギリギリだった。
倒せた実感すらないほどベディヴィアの猛攻は激しく、後半以降はレオナルドに体術をかけて完全に身動きを封じ攻撃の盾にする……など。
ソロで挑んだら、一体どうすべきかパニックになる死闘ばかりだった。
茜が「あともうちょっと……」と戒めの呪文を繰り返す傍ら。
レオナルドにメッセージの通知があったらしく、メニュー画面を開き「ルイス」と声かけてくれる。
僕に見せてくれたのは、マザーグースからの手紙だった。
内容は簡潔。
『春の層に侵入者が現れた。これは警告だ。侵入者に心を許すな。店にも家にも入れるな。入れたら終わりだ』
酷く分かりやすかった。
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