危機
カサブランカの反射神経の良さは、ステータスの補正ではなく、生粋の類のようだった。
VRで現実の経験を活かせる事は有名な話。
VRMMOでは特に、界隈を賑わせるプレイヤーの多くがそうだったりする。
脳が刺激されることで、プレイヤー自身の中で眠っていた才能が開花した……なんて夢物語をウワサに聞くほどに。
「おや、困りましたね」
光悦や歓喜の感情もなく。穏やかな表情のまま、淡々とカサブランカは呟いた。
「顔を出す時間が徐々に縮まっているようです。さて、どうしましょうか」
彼女は本気で困っていない。
むしろ、状況を楽しみ。どうやって敵を倒そうかと模索していた。
「くっそー! 間に合わない!!」
格闘家の少女は裂け目を発見し、突撃していくが、拳が届く寸前で鳥の妖怪は裂け目に引っ込み、裂け目も閉じてしまう。
弓兵と銃使いの女性二人が主軸になる筈が、木々のせいで上手く狙えないようだ。
動きの遅い鍛冶師と武士の初心者二人は、敵を探し、右往左往している内に頭部を射貫かれて消滅する。
リーダーの剣士は機動が速い方で、積極的に敵へ向かうが、やはり間に合わない。
盗賊の女性だが……格闘家の少女と同じく素早い部類なのに、挙動がおかしい。彼女も裂け目に到達する前に、敵が引っ込んでしまうパターンだった。加えて敵からの攻撃も受けてしまう。
「最悪! コイツら動き早すぎるでしょ!! 一面でこんなの出るワケ!?」
「おや? 動きが遅いのは貴方の方では」
意外にも指摘したのはカサブランカだった。
余裕気取る彼女を、同じ女性である盗賊は「はあ!?」と苛立った声を出す。構わずカサブランカは言う。
「ゲームによっては所持アイテムを重量に含めるらしいですね。アイテムを沢山抱えているから、動きが鈍いのでは?」
「え―――? う、嘘、ちょっとそれ早く言いなさいよ!?」
「私、アイテムをさほど持ってませんから、気づけませんでした。すみません」
白々しい謝罪をするカサブランカを無視して、盗賊の女性は僕の方へ近づこうとしていた。
恐らく、アイテムを代わりに持って欲しいと頼むつもりだろう。
だが、彼女と僕との距離は大分ある。それに到達する前に、彼女は攻撃を受ける。
僕の思惑通り。盗賊の女性は死角から矢に射貫かれ、消滅した。
盗賊は体力が少ない方だ。さっき一撃受けて死ななかっただけ十分と言える。
いや……レオナルドから貰った装備で、ステータスに補正を受けていたのかもしれない。
しかし、このままでは全滅は免れない。
異常なカサブランカを差し引いて、腕の立つ剣士たちでも決定打に踏み込めないとなると……
「レオナルド。まず、周りの木を切って欲しい。そうすれば弓と銃は当てやすくなるはずだ」
「……攻撃はどうする。俺、体力ねえんだよ」
「僕が盾になるよ。体力は多いし、回復アイテムもある。それに――言うほど敵の攻撃力はないみたいだ」
「は? 防御高いおっさんがすぐ死んだじゃねえか」
「防御が高いだけだよ。他のプレイヤーが攻撃されてゲームオーバーになったのは、急所の頭部を狙われたから」
僕は立ち上がると、籠を頭にかぶって周囲を観察する。
すると、やはり死角から矢が飛び、頭部を狙う。僕が被っていた籠に矢が刺さり防御する形になった。
レオナルドの驚く声が聞こえる。
「盾兵の彼が倒されたのは防御貫通の攻撃だったからだ。武器でこうして防ぐのは武器の耐久力でダメージを差し引いている。ステータスの防御は僕たちの肉体の数値。背後から沢山攻撃を受けたなら、防御力分ダメージは軽減されていたはずだ」
「そういうことかよ……」
本来の討伐方法はパーティーの誰かがヘイト役をひきうけ、素早いジョブか銃・弓の遠距離から攻撃する。簡単な連携を求める敵だと分かった。厄介だが、一面のボス攻略の形としては簡単だろう。
レオナルドも立ち上がり、僕は作製していた『挑発香水』を取りだした。