マーリン
今回のエクストラクエストの達成条件は、馬車の耐久度を残したまま、目的地兼ゴールに到達。
馬車の耐久度が0になったら、クエスト失敗。
女性は馬車と呼んでいたが、牽引する生き物は馬ではなくロバだった。
馬よりも機動力は劣ってしまうが、僕らを乗せた馬車を難なく動かす力は備わっている。
しかし、本当の意味で恰好の的だ。
面倒に感じた光樹が、馬車から降りて、いけしゃあしゃあとロバのスピードに付いて行けるほど遅い。
現在の布陣は、馬車に乗っているのは僕と小雪、茜。
馬車から降りている光樹は、余裕で歩いていて。
レオナルドは『ソウルオペレーション』による逆刃鎌の騎乗で移動。彼に関しては、時たまにロバの様子を伺っている。そんな彼と戯れながら、キャロルも後を追っていた。
ふと、光樹が尋ねた。
「レオナルドさん、生き物に詳しいんですの?」
「いえ、何となく動物の気持ちが分かるんです。墓守系のジョブスキルみたいなもんで、俺個人の能力じゃないです」
「へ~。ええなあ。剣士にはないんです? レオナルドさんみたいなもん」
「えっと……俺にもわかりかねます」
呑気な会話を繰り広げる中、レオナルドはしっかり『ソウルサーチ』と『ソウルシールド』を展開していた。
『ソウルシールド』に関しては過剰かもしれないが、しないに越したことはない。
馬車が安定しているので、小雪もスナイパーライフルで照準が定め易いようで。
まだ、遠方にいる妖怪を見事に撃ち抜いている。
ポツポツとだが、草原に妖怪が出現してきた。
まだ、数は少ない。
小雪の射撃と光樹レベルの接近攻撃で十分対処可能。だが、不安要素がある。
レオナルドが疲れたらしいキャロルを抱えながら、ロバの様子に気づく。逆刃鎌で馬車に寄り、キャロルを馬車の座席に置きながら告げた。
「ルイス。ロバを休憩させてもいいか? 疲れてそうだ」
彼が感じられるのは曖昧な感覚だけ、それでも休みなしに移動し続けた以上、ある程度の疲労はあるか。僕も「わかった」と草原の一角にある池の畔に馬車を停車させた。
ロバの疲労も問題だが、一番警戒するべきは妖怪の襲撃。
生憎、プレイヤーのようにキャロルとロバを薬品で身体強化することは出来ない。
茜も不安を抱き、僕に尋ねる。
「ビックリするくらい、何も来ないね。本当に大丈夫かい? これ」
小雪も銃弾の数を確認し、僕に告げた。
「銃弾も余裕ありまくりですけど、デカイ奴が来たら、レオナルドさん達に任せていいですか」
僕も「そうですね」と頷く。
目的地にはほど遠いほど距離が開いている。まだまだ序の口という奴だ。
事前に把握していた四面の雑魚妖怪しか出現しないが、ここでは本来四面に登場しない妖怪が現れないとは断言できない。
僕がレオナルドのMPを回復しながら、周囲を見渡す。
草原の草を適当にもぎ取ってキャロルとロバ、それぞれに餌を与えているレオナルド。
珍しく黙りこくっている光樹は、細目を薄っすら開いて、何かに視線を注ぐ。
つられて、僕が光樹の視線を追うと、草原をかき分ける白い影が一つ。
野生の兎やそれ以外の動物。妖怪、とも判別しにくい。
光樹が黒曜石の剣で草を除ける。そこから銀髪の青年が姿を現した。
しかし、青年の容姿。質素な上着に古びたズボンの恰好をよく観察すると泥だらけ。
如何にも訳ありです!と体現する恰好だ。
お構いなく、キャロルが青年に駆け寄って「ぶ! ぶぶっ!」と体から声を鳴らす。
キャロルの行動で、僕以外のレオナルドたちも存在に気づいた。
レオナルドはキャロルを撫でまくりながら落ち着かせ、青年に尋ねる。
「お前、妖怪なんだな」
青年は気づかれた事が意外そうで「え?」と目を丸くした。
キャロルを抱きかかえつつ、レオナルドが言う。
「コイツは、俺達じゃ気づけない事を教えてくれるんだ」
自慢げにキャロルは撫でながら「う~」と満足気に音を鳴らす。
あまりの展開に、青年……正確には青年に化けた妖怪が困惑を隠せずにいる。
だが、それも最初の数秒くらいで、改めて僕らに話そうとした。
「あの。僕は『マーリン』と呼ばれています。……こんな事を急に話しても、信用されないと分かってます。でも……」
マーリン、か。
由来となっている『アーサー王伝説』の魔術師……いや、あまり由来元から連想しなくていい。問題はコイツの役割だ。
今後の流れを手に取るように想像できる。
アーサーからの暴力には耐えられない。
死を感じたマーリンは、人間達に協力を求める事にした。
人間達――僕ら、プレイヤー達はマーリンと協力しながらアーサーを討伐する……そんなところか。
本当に面倒くさい。
ひょっとしなくても、後に僕らが夏エリアに二号店を建てたら、そこに上がり込むに決まってる。
ああ、これだから意味ありげな隠しイベントは嫌いだ。
運営は良かれと思ってイベントを考えているんだろうが、拒否権が皆無なのはどうかしている。
僕が苛立った溜息を吐き出したか否かの瞬間。
光樹がマーリンを叩き切った。
あまりの事に、僕もすぐに言葉が出て来なかった。
小雪が驚愕の声を上げているのは聞こえる。
「が、はっ……!」
グロデスクな描写は規制されているので、マーリンからホログラムが散っているエフェクトが発動していた。
マーリンは傷を手で押さえた動作を行う。
僕らを他所に、光樹はマーリンの様子を伺って再び剣を構える。
すると、マーリンは草むらの中へ飛び込んでしまう。姿が揺らめきながら、マーリンは跡形なく消え去る。
流石にこれは、茜も光樹に叱りつけた。
「ちょっと! いきなり攻撃するなんて、アンタどうかしてるよ!!」
光樹はその場にしのぎなリアクションなのか、オロオロしながら弁解する。
「ホンマすんません! 今回も同じパターンやと思って……」
「途中まで喋ってたじゃないか!? 内容が頭の中、入って来なかったのかい!」
レオナルドはキャロルを抱きかかえてマーリンが消え去った草むらを眺めた。
無表情で不思議そうな顔立ちは、キャロルにそっくりだった。
しかし、光樹がマーリンを攻撃したのを咎めるどころか、僕にこんな事を尋ねるレオナルド。
「ルイス。あれって何の妖怪だったんだろうな」
普通なら、今はそんな事を言ってる場合じゃないと誰かが指摘し、有耶無耶になりそうな話だが。
これは僕も疑念を抱いた。
彼の問いかけに、僕はしばし悩んでから答える。
「外見だけではなんとも言えないね。だけど、君が引っ掛かる点は分かるよ。マーリンはあまりにも無防備だった。いくら、アーサーの件で人間に助けを求めようにも、見ず知らず
の人間相手に警戒心が足らなすぎる」
ガレスのような警戒心があってもおかしくない。
多少、距離を取るなりすればいい。
百歩譲って、警戒心を怠った馬鹿だとしても、マーリンは上級妖怪に分類される筈だ。攻撃手段の一つもないのか?
千歩譲って、攻撃手段があったにも関わらず逃げた馬鹿だとしても不自然な部分がある。
「マーリンはあまりに落ち着き過ぎている。暴力を受けているようには見えないね」
そういう性格なのだと言われれば、それで終わるが……レオナルドはこんな事を言い出した。
「もしかして、アイツ……アイツが『ぬらりひょん』?」
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夏エリアのバックストーリー、もう紐解かれる!?
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